ヴァリサ道場とキールの師匠
「はあ? 旅に参加しない?」
「ああ、あたしはもう行かなくていいと思ったんだ」
ある日、ヴァリサさんに呼び出された俺は、ヴァリサさんにもう旅についていかないと言われた。
何かあったのだろうか、不安があるとか? 旅をしているメンバーでヴァリサさんはしっかりと活躍している。今までは言ってしまうとそこまでだったが、『顕現修羅』を使えるようになってからメンバー一の破壊力を手に入れたのだ。全く力不足ではない。
「それは、限界を感じたとか…………?」
「そういうのじゃないさ。やりたいことを見つけたんだ」
そう言ったヴァリサさんの顔は、真っ直ぐで覚悟が決まっているようだった。
そうか、何か見つけて、それをするために時間を使いたいと。なら、それを応援するのが仲間の務めだろう。
「やりたいことってのは?」
「うちの実家が道場でね。そこにリュートくんも通ってたんだ。知ってるよね?」
それは知っている。前に話を聞いたことがあるのだ。
ヴァリサさんとリュートが知り合いなのはその道場で一緒に修行をしていたからだと。そしてその道場がヴァリサさんの家だと。
「その家を継ごうと思っているんだ」
「なるほどね。そりゃ確かに大切だ」
ヴァリサさんが家を継いで、道場で弟子を育てる。
これまで何度も旅をして力を手に入れたヴァリサさんならば、いい師匠になるだろう。俺の師匠も旅をした経験があるらしい。旅が必須なのかは知らないがその経験を活かすのにはいいだろう。
「だから次の遠征にはついていけない。ごめんね」
「仕方ないだろ。応援するぞ」
プレクストンに残ってもヴァリサさんは修行を続け、しっかりと強くなるだろう。それに、旅のメンバーを抜けたとしても仲間でなくなったわけではない。
「応援ついでに、道場まで来てくれないかな」
「いいけど、なんで?」
「うちの道場がキールが通っていた道場かもしれないから。先代から聞いた話なんだけど、勇者と関わりがあったんだってさ」
「確かに俺は昔道場に通ってたな。ってことは、師匠の道場なのかもしれん」
師匠の道場の弟子は俺一人だった。あの頃のプレクストンはまだ小さく、剣士も少なかった。
兵士になりたい子供は王城が運営する剣士学校に行ってたからな、あんまり道場の需要がなかったんだ。
「じゃあさ、色々話聞いて確かめてみて。昔話も聞かせてよ」
「ああ、分かった」
そう応え、道場へ移動する。
* * *
昔話。思い出してみれば、子供の頃はそもそも戦おう、街の外に出ようという人がいなかった。
魔物や魔族に怯えながらの生活。魔王の影響で増えた魔物による被害で、子供は家の中に籠っていた。
そんな中、強くなりたいと思っていた俺は師匠に誘われた。
『道場?』
『そうだ。お前に才能があるかは知らないが、試してみるつもりはないか?』
『どうせやることねーしな。よし、やる!』
その日から、俺は剣を握って生きることになる。
師匠から剣の使い方を習い、体を鍛えた。
『師匠、弟子って他にいねーのかよ』
『多くの弟子を取ると、しっかり教えることができないからな』
『来ないだけだろ』
道場にいたのは俺だけだった。師匠はあんなことを言っていたが、おそらく弟子が来ないだけだと思う。
剣士学校に通う子供も街にはいたが、俺にはそんな金はなかったので、無料で教えてくれる師匠は本当にありがたかった。
『師匠、どうして俺を弟子にしたんだ? 金ないのに』
『あん? なんだろうな、同じ目をしてた、とかだ』
『はあ? なんだよそれ』
あの時は何を言っているのか分からなかったが、きっと、強くなりたいという気持ちが同じだったのだろう。
『俺ぁ昔旅をしてたんだけどな、仲間を失ってからもう旅をする気が起きなくなっちまったんだ。だから、お前に旅をさせたいのさ』
仲間、そういえば師匠にも仲間がいたんだったか。それを失って、戦えなくなったと。
その意志を継ぐために、俺を育てたのだ。戦えなくなった自分の代わりに強くなってくれと、そう言われたのだ。
『分かった、俺、旅するよ』
『そりゃいい。でもな、強くなってからだぞ』
『わ、分かってるよ』
俺にとっての勇者の誇りは、師匠の意志を継ぐことだった。
いつからだったか、それを忘れてしまったのは。いや、忘れたことさえ忘れていた。ただ人のために戦うことが、勇者としての誇りだと勘違いしていたのだ。
『お前は剣は普通なのに、スキルだけは一人前だな』
『なんだよ、別にいいだろ。剣術が普通でも、力さえあれば圧倒できるし。力もスキルでさらに強くできる。力を上げて殴れば勝てる!』
あの頃の俺は単純だった。剣術の腕が普通だったので、持っていたスキルで強化しひたすら力を上げて倒せばいいと思っていた。
まあ、結局そこまでの才能はなかったので普通に様々なスキルを使いながら戦うことになるのだが。
『レベルを上げて物理で殴る、だったか。そう言うのもいいな、単純で分かりやすい。あと、教えやすい』
『教えるの下手だもんな』
『なんだと!? 修行増やすぞ』
『うげっ』
今にして思えば、あれが道場の方針を決めた言葉だったのかもしれない。
ヴァリサさんが物理に特化していて、昔の俺の戦い方と似ているのはそれが原因だ。
リュートも攻めて攻めて攻めまくる戦術だったか。それも道場の方針だろう。
『勇者に選ばれただと?』
『ああ! 俺の強さが認められたんだ! これで旅に出られるぞ!』
『そうか。なら、出発前に伝えておく。絶対に、途中で挫けるんじゃないぞ』
『? おう、頑張るよ俺』
まだ子供だったんだ。だから、師匠の言葉が上手く伝わらなかった。
その時の俺は普通に負けずに頑張れという意味の言葉だと思っていた。だが、その言葉に込められた意味はそれだけではなかった。
きっと、自分と同じようになるなと伝えたかったのだ。仲間を失ったり、負けた後に戦えるように。
* * *
「そんなことが…………」
昔のことを思い出しながら、俺はヴァリサさんに話をした。
話をしながら思い出したこともあったので、帰ったらフォトにも同じように話をしてみようか。
「本当にここがキールの通ってた道場なの?」
「場所は全然違うけどな。間違いなくこの道場は師匠の道場だ。レベルを上げて物理で殴る、ってのは師匠の口癖だったからな。それが今も言い伝えられてんだろ?」
用事でプレクストンに帰ってきたとき、師匠との会話の中でその言葉が何度も出てきた。
その頃には師匠の道場も弟子が増えていた。きっと、その弟子はひたすら力を鍛えて求めていたんだろうな。
「うん。レベルが何なのかはよくわからないけどね」
「俺もだ。スキルのレベルとはまた違うだろうし。なんだろうな」
スキルレベルの話とも思えない。どういう意味だろうか。
まあ考えても分からないので、今の弟子たちはひたすら鍛えているんだろうな。多分それで合ってるよ。
「ヴァリサさん参加しないのかぁ。あいつらにどう説明するか」
「ん? みんなにはもう伝えたよ?」
「えっ?」
え、なにそれ。俺だけ知らされてなかったの?
確かに今日呼び出されたのがおかしいと思っていたのだ。どうせならみんなに一気に伝えるだろう。なのに伝えられたのは俺だけ。
「いやだってさぁ、本来の目的はキールをここに連れてくることだからね? みんながここに来たら大変でしょ」
「確かに、だとしてもなんか仲間外れにされたような」
「ごめんって。それじゃ、あたしも頑張るからキールたちも頑張ってね」
納得はできないが、まあいいや。
仲間の新たな門出を祝って、今日は酒場で飯でも食べようかな。
「おう、いいお土産話持ってくるからな」
次の遠征はどこだろうか。もう王国は全て制覇した。残す大陸はサイハテの孤島か、亜人大陸か。
行くのなら、亜人大陸か。人間とあまり関わらないあの大陸に協力を求めるつもりはないが、修行や他種族との交流にはいいだろう。それこそ、俺たちの知らない技術があるかもしれない。




