マキシムとミニムの今
ある日の修行の帰りのことだった。真っ直ぐ家には帰らず、たまには遠回りして散歩でもしようとフォトと二人で街へ繰り出した。
普段行かない場所に行くと新たな発見もある。例えば知らない店や、知らない人の集まり。こんなところに武器屋があったのかとか、普段見かける人はこの辺りに住んでいたのかとかだ。
「あれ、この音はなんでしょうか?」
「ん? 音?」
フォトがどこかから音が聞こえると言うので、耳を澄ます。
すると、遠くからカンッ、カンッ、と音が聞こえてきた。金属音だ、鍛冶屋でもあるのだろうか。
思えば、この時代に来てから鍛冶屋に行ったことがない。武器はもう揃っているので行く必要が無いのだ。
音の鳴る方へ歩くと、そこにあったのはやはり鍛冶屋。金属を叩く音が懐かしい。これは500年前から変わっていない。
「わたし、鍛冶屋さんに行くのは初めてですっ!」
「フォトの剣を新しくするのもいいかもなー」
最近、フォトの剣が壊れたのだ。今は俺が持っていた剣を使っているが、昔の剣なのでどうせなら今の技術で作られた剣を使わせたい。
むしろ、ただの金属剣でエクストラスキルに耐えられているのが俺からしたら異常なんだ。魔法とか掛かってるのかな。
鍛冶屋の前まで来る。ハンマーを持った職人が俺たちの存在に気が付いたのか、顔を上げた。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
「やんす」
そこにいたのは、俺とフォトのよく知った顔だった。髭面の男と背の低い男。
元荒くれもののマキシムとミニムだ。つい最近まで建築関係の仕事をしていたのに今は鍛冶屋か。幅広いな。
「えっと、この間ぶりです」
「おう、確か家が完成した時ぶりか。よく会うなァ」
「会いすぎだろ。どこにでもいるなお前ら」
「こっちのセリフでやんす!」
ある日はアイスクリーム屋で、ある日は回収班で、ある日は大工で。その後、この修業期間にも何度か会っている。
俺がこの時代に来て少しの頃は本当に歩けばいたものだ。正直怖かった。
今はゴールドランクの冒険者らしい。もう少しでダイヤモンドにもなるんだとか。
「それで、今回は鍛冶屋か。すごいな」
「まだ始めたばかりだけどな。なんでも、国が急遽武器を大量に作ってほしいとか言い出したんだとよ」
「国からの依頼か。戦争の準備かな」
武器を大量に補充したいとなると、そのくらいしか思いつかない。
恐らくだが、いつ魔王候補が攻めてきても大丈夫なように良質な武器を全員の兵士に行き渡らせたいのだろう。
それと、砂漠の国サンドアグリィとの交渉のため、ある程度の戦力を確保し見せつけるか。サンドアグリィは他国と仲が悪いからな。500年前もそうだった。変わってないなあの国は。
「それで、武器ってのはどんなの?」
「最近マリンアビスから交易が増えてるマリンインゴットと、かき集めたオリハルコンを使った武器だ。片手剣や両手剣、槍から斧まで様々だな」
「マリンインゴットとオリハルコンの合金か。そりゃいい」
マリンインゴットはマリンアビスの特産品だ。海底からさらに降りた場所にしかない鉱石で、マリンアビスにある洞窟からでしか採掘ができない貴重な鉱石だ。
貴重とは言っても、入手難易度が高いだけで量はある。そのため、マリンアビスは最近交友関係を築いたプレクストンに大量のマリンインゴットを輸入したのだ。
もちろん質もいい。昔のマリンインゴットは魔力を帯びてるくらいしか特徴の無い鉱石だったが、今は純度が高くなり一般的な金属よりも強力な金属になった。
「あ、あのっ! わたしの武器も作ってはくださらないでしょうか!」
そわそわしていたフォトがそう言い出した。
何か言いたそうだなと思っていたらそういうことか。確かに、武器を新調するならいい機会かもしれない。俺の渡した武器も昔なら最高峰の剣だが、今じゃただの高級な剣だ。
「フォトさんの武器をでやんすか!? もちろん引き受けるでやんす!」
「バカヤローミニム! 今のオレたちの腕じゃフォトさんの武器に値しねェだろうが!」
マキシムはミニムの頭を叩きながらフォトに謝り始めた。おもしれー奴らだなぁ。
「確かにそうでやんす!!!」
「そうですか…………残念です」
しかしそうなるとフォトの武器を新調するタイミングが掴めない。フォトも、どうせなら知り合いに作ってもらった方が気分が乗るだろう。戦闘において、気分はとてつもなく大事なのだ。
今いる職人に作ってもらってもいいが、そうなると今の武器でよくね? という気持ちになってしまう。
「それじゃあどうすればいいんだ? できればお前らに作ってほしいんだが。愛剣は思い入れがあった方がいいしな」
「作りてェのは山々なんだけどなァ、どうしてもオレ様じゃまだ実力が足りてねェっつうか……」
自らの実力不足を嘆いているようだ。諦めて普通の職人に頼もうか。
と考えたところで、あることを思いついた。今実力が足りていないのなら、技術を身に着けるまで待てばいいのでは?
「! なら、実力が足りればいいんだな? 上達するまで待つぞ」
「ほお? それなら話は別だな。いつになるかは分かんねェが、その依頼引き受けた。器用大富豪と言われたオレ様の実力を見せてやるぜ!」
おお、いつになくカッコイイ。
「サポートするでやんす!」
いやサポートかよ。
と言っても、今までのミニムを見るに基本的にはマキシムのサポートをしてるんだよな。
ミニムにもできないことはないが、マキシムの方が腕があるので品質や効率を求めたらサポートに回った方がいいと考えたのだろう。じゃないとゴールドランクになれない。
「とりあえず今使っているのがこの剣なんですけど…………」
フォトがマキシムに剣を渡した。それ一応名剣だからな、500年前の。
「ほお、こいつはなかなか…………これを越えりゃいいのか?」
「そうです!」
「よっし、任せとけ!」
それはそれで心配だ。でもまあ、器用大富豪ならそのくらいは余裕なのだろう。
実際、職人や手伝いで短期間にゴールドランクになった実力なのだ。この二人はやろうと思えば何でもできる、そんな才能を持っている。
それなら。
「なあ、俺からも一つ頼まれてくれないか」
「何だ?」
俺は『倉庫』スキルの奥深く。遠い昔に手に入れたものを取り出した。
真っ黒な石と、光り輝く石。暗黒石と、月光石だ。
暗黒石は魔界の暗黒山で手に入れた石だ。正直馬鹿なの? ってくらいに魔物が現れる山だった。二度と行きたくない。
月光石は隕石が落ちたサイハテの山で発見した石だ。光り輝いており、未知の魔力を秘めている。
なんでこんな貴重な石を加工せずに持っていたのか? 作る機会がなかったんだよ。昔の鍛冶屋にそんな技術はない。
「こいつは…………?」
「この二つを使って二刀の剣を作ってほしい。片方が暗黒石を、もう片方が月光石を使った剣だ」
「おいおいおい! それは流石に無理だ! お前、マスターランクになったんだろ? 流石にそれはその道の職人に頼んでくれ!」
これはほぼ確実だ。暗黒石は魔界だし、月光石は次の隕石まで手に入らない。
「あのなぁ、この石はとんでもなく貴重で、多分もう手に入らない代物なんだ」
「なら尚更…………!!!」
「だから、信用できねぇ奴には渡したくねぇんだ。お前らは知り合いだからな」
「…………そうか」
マキシムは深く考え込む。ミニムはもう何を言ってもマキシムに殴られそうなのでフォトと話をしている。
「どうだ? 引き受けてくれないなら諦める。この石は研究者にでも寄付するさ」
この石を欲しがる者はたくさんいるだろう。まあ、研究したところでそこまで有用ではないと思うが。
なので、研究者に渡すくらいなら武器にしてしまいたかった。今使っている武器を超える可能性だってあるのだ。
「オレ様の信頼できる人に相談してもいいか?」
「まあ、それくらいならな。この話はその人と、お前らと俺たちだけの話だ」
マキシムが信頼した人ならセーフだ。
「よし、引き受けた」
「ほんとか? よっし、決まりだな」
「ああ、決まりだ! 覚悟は決めたぜ!」
「アニキ! あっしはその石を研究したいでやんす!」
「頼むぞ! 細かい作業はお前の得意分野だからな!」
なるほど、ミニムの得意なことが分かった。いいコンビじゃないか。
帰ってから、俺はリーナにマキシムとミニムの話をした。あいつらは、これからさらにでかくなるだろう。最初に言っていた、人の上に立つという目標もすぐそこだ。
あいつらが頑張っているのだから、俺が頑張らないわけにはいかない。いつか、その剣を手に取れる日を夢見て修行を続けよう。




