夢のマイホーム
ある晴れた日の午後のことだ。
数回マリンアビスに行ったり、プレクストン内で修行をする日々を過ごしていると、マキシムとミニムから呼び出しがあった。
内容は、頼まれていた家が完成したというもの。
本来はもっと時間をかけて完成させる予定だったのだが、王国が俺とフォトが家を建てていると聞き人員を増やしたらしい。王国も、俺たちが敵対しないように必死なのだ。
まあ、悪い気はしない。過去の王国は俺に対する当たりが強かったからなぁ。
「これは……」
「流石にでっかいな。ようやく狭い宿から解放されるぞ」
完成した家の前に立ちながらそう呟く。
家は家なのだが、予算が多かったせいか、二人で暮らすには……というか五人以上いても広すぎるくらいの屋敷になってしまった。
まあ、リーナも一緒に住むことになったし三人暮らしだな。それでもくっそ広いけどな。
「私が一番乗りよ!」
「転ぶなよー」
リーナが一目散に家の中に入っていった。箱入り娘なので屋敷には興味を示さないと思っていたのだが、どうやら知らない場所に行くのが好きなので屋敷とかは気にしないらしい。
冒険が好きなんだなぁ。マリンアビス以外の場所にも連れて行ってやりたいが、砂漠の国サンドアグリィに行くのはもうしばらく先だろう。マリンアビスの冒険はまだまだ終わっていないのだ。まだ行っていないドームもある。
「あ、見てくださいキールさん。この庭、残ってますよ」
「ほんとだ。確か……こんな感じだったか?」
大工に頼んで俺とフォトが最初にあった場所である庭をそのまま残してもらったのだ。
俺はその庭に立ち、石像になってしまった時のポーズを取る。剣を突き出し、石化を受け入れるポーズ。
「いえ、もう少し腕を左です。はい、そうです。あ、つま先の向きが違いますね。それと、もう少し切なそうな表情でお願いします」
「流石勇者オタク……」
忘れかけていたが、フォトは俺の大ファンだったのだ。
細かいポーズの指定を受け、身体を動かす。なるほどなるほど、こんな感じだったな。
石化していた本人よりも覚えてるフォトに驚きつつ、屋敷の中に入る。
「おお、やっぱり広いな」
扉を開けてまず最初に見えたのは、二階に続く階段だった。
巨大な階段はお城にあるものととても良く似ている。同じ作りなのだろう、これから住む家とは思えない。
右を見ると、突き当りまでの間に部屋がいくつも見えた。左を見る。全く同じ、部屋に繋がるドアがいくつも見える。
これは確実に使わない部屋だらけになるぞ。掃除が大変だし、メイドを雇ってもいいかもしれない。
「なあ、流石にこれだけ広いと掃除も大変だしメイドとか……」
「! 掃除ならわたしがやりますよ!」
胸の前で両手をぐっと握りしめながら、フォトは俺に詰め寄ってくる。
「お、おう。そうか。まあ、無理のない範囲でな」
「はいっ!」
掃除が好きなのだろう。フォトは気合を入れながらそう言った。
しかしいくら掃除が好きでもこの広さは大変だろう。俺も手伝うか。それかリュート辺りを呼ぼう。
あ、マキシムとミニムとかどうだろうか。あいつら何でも屋だし、掃除もするだろ。
なんて思っていると、リーナが部屋から出てきた。俺たちを見つけると、たたたっと駆け寄ってくる。
「キール! 私の家にそっくりよここ!」
「そうか……嫌じゃないか? 広くて寂しいとか」
ベストーハにあったリーナの屋敷と似ていることにより、閉じこもり外に出れなかった生活を思い出してしまうのではないか、という心配をしていた。
せっかく旅に連れて行ってやると言ったのに、まだマリンアビスやプレクストン周辺の街にしか行けてないのだ。またあの生活に戻ってしまうのではないか、という気持ちにさせたくない。
「どうして? 嫌なわけないじゃない。街に行けば子供たちに合えるし、キールとフォトもいるし、寂しくなんかないわよ?」
リーナは最近になって学校に通い始めている。
プレクストンの学校は子供たちが剣の訓練をしたり、魔法を覚えたり、文字を勉強したりする場所だ。
文字の勉強に関してはリーナの得意分野なので、プレクストンの歴史などについても勉強をしている。
一人だけ飛びぬけているのは気まずいのではと思っていたが、どうやら友達を作って上手く打ち解けることができたらしい。
「そうなんですか! では、今度わたしも学校に行ってもいいですかね? 学校でのリーナちゃんを見てみたいので」
「もちろんいいわよ! 私の優秀さを見せてあげるわ!」
学校でのリーナか。話を聞く限りじゃ普通に仲良くできているみたいだが……実際どうなのだろうか。
リーナが他の子どもと仲良くなっている様子が想像できない。リーナは誰にでもこういった態度を取るので、生意気だと思われて孤立してしまう可能性もある。
「キールも来るのよね?」
「あー、そうだな。行ってみてもいいかもしれん」
気になるからな。子供は苦手だが、リーナのためと思えば構わないだろう。
「決まりね。それじゃあ、私は二階を調べてくるわ!」
そう言うと、リーナは階段を上り始めた。元気だなぁ。
「子供ができたら、あんな感じなんですかね……」
「どした?」
床や天井、壁などを見ているとフォトが立ち止まっていたので声を掛ける。
先程何かを呟いていた気もするが、まあ気にするほどでもないだろう。
「な、なんでもないです! あの部屋、見てみましょう!」
フォトが指差したのは階段付近にあった扉だった。他の部屋と違い、屋敷の中心付近に続く扉だ。
扉を開けると、大きな長テーブルが目に入った。奥には鍋などが見える。調理場だろうか。
「食堂と、調理場か。広いな」
「こっちはお風呂場です!」
階段付近には二つ扉があった。その片方が食堂で、もう片方がお風呂場。うん、広すぎないか?
食堂はまだ分かるとして、お風呂場の広さが異常だった。風呂屋と同じくらい広い。泳げるぞこれ。
おそらく、ここが一番の衝撃だろう。一階を調べてみたが、残りの部屋は客間や倉庫、作業場だった。その他には空き部屋がいくつか。
二階も調べようと思ったが、フォトが夕飯の買い出しをしたいと言い出した。なので、リーナも呼び三人で買い物をした。
ちなみに、リーナに聞いた話だが二階は寝室があったらしい。そして空き部屋がまたも大量だとか。
フォトが夕飯を作ってくれた。三人で食事を取り、各自お風呂に入る。あ、本当に泳げたよ。
さて、後は寝るだけだ。リーナはやはり子供、もうすでに眠そうだ。せっかくなので俺とフォトも早く寝ようと思う。
「私はこの部屋よ。おやすみなさい」
「おやすみなさい、リーナちゃん」
「おう、おやすみ。さて、どの部屋にするか」
部屋に入っていくリーナを見届け、今度は自分が寝る部屋を選ぶ。
よし、端の部屋にしよう。階段から少し遠いが、このくらい遠い方が音も聞こえなくていいだろう。
ガチャっと開ける。そこには、家具はあるもののベッドが無い部屋があった。
「まあ、そういう部屋もあるわな」
仕方がない。その隣の部屋にしようか。
ガチャ、ベッドがない。
「んんん???」
次、ない。
次、ない。ない。ない。ない。ない。
次、ここリーナの部屋だわ。
あれ? あれ??? ベッドどこ? リーナの部屋にはあったよな?
「キールさん! あの、ベッドがなくて……」
「俺もだ。奥からここまで調べたけどなかった」
フォトも調べたのだろう、かなり焦っている。
「でしたら、まだ調べていない部屋はここだけですね」
「この部屋か」
リーナの部屋の隣、ベッドがなかった部屋とは反対側の部屋だ。
ここでなかったら、床で寝ることになる。というか、あってもフォトに寝かせるから俺は床確定だ。
意を決して扉を開ける。そこには――――――
「ダブル……」
「……ベッド!?」
二人で協力して言ってしまうくらいの衝撃だった。
だってダブルベッドだぜ? なんで? 部屋いっぱいあるじゃん。
「で、では。二人で寝ましょうか」
「えっ?」
「だ、だって、今まで何度も一緒に寝て来たじゃないですか」
「それもそう、か。よし、寝るか」
シングルベッドに二人で寝たこともあるのだ。今更だ、今更。
だから緊張する必要なんかない。ゆっくりとベッドに寝転がる。うん、柔らかい。これなら寝れそうだ。
隣を見る。フォトの顔がある。うん、寝れなそうだ。
「キールさん」
「な、なんだ?」
結局ドギマギしてしまう。心臓を落ち着かせるために深呼吸だ。
あ、フォトに息当たってないよな? ダメだどうしても気にしてしまう。
「また、こうして一緒に居られるのがわたしすんごく嬉しいんです」
消え入りそうな声でそう言う。噛みしめるように、目を瞑る。
「……俺もだ。何度か、本当に危ないこともあったからな。正直まだ怖いよ、俺は」
「伝説の勇者様でも、ですか?」
「いや、あの頃は失うものがなかったからさ。その分、強くなれるんだろうけど。やっぱり怖い」
強くなれるのは目標が増えた、ってところかな。
意欲が増すんだ。みんなを守るために強くなる、俺の力不足で守れなかった時に後悔しないように。頑張れる。ただ世界を救うという気持ちでは、おそらくあまり強くはなれなかっただろう。
魔王を倒すための旅もそうだ。ただ使命として世界を救う。作業だった。
弱くもなったが、強くもなれた。
「……分かります。わたしも、キールさんがいなくなったらと考えるととても怖いです」
「心配させてごめんな。でも、いつかこの戦いも終わるんだ。それまで頑張ろう」
「キールさん……」
フォトがこちら体を寄せてくる。そして、ぎゅっと抱きしめた。
柔らかい感触にドキドキしながらも抱きしめ返す。ああ、やっぱりこうして抱きしめると思い出す。雨の中血だらけのフォトを抱きしめたあの日を。
「好き、です」
フォトがそう小さく呟く。
今度は聞き逃さない。はっきりとこの耳で聞いた。
「……それは、俺が勇者だからじゃあ…………」
「勇者様だからじゃなく、キールさんがいいんです。キールさんが、好きなんです」
ずっと聞きたかった言葉、ずっと信じたかったこと。
フォトが俺ではなく俺を通して伝説の勇者を見ていると考えて、何度も苦しい気持ちになった。
だが、それは今否定された。
「……俺も、フォトが好きだ」
きちんと目を見て口にした。月明かりに照らされたフォトの顔に、すうっと雫が伝った。
泣いているのだろうか。俺の言葉が嬉しくて泣いてくれたのだったら、とても嬉しい。
ああ、俺も泣いてしまいそうだ。
「キールさん…………」
「フォト…………」
お互いの顔が近づいていく。そして、唇が触れる…………直前。ガチャリと部屋の扉が開いた。
「「っ!?」」
咄嗟に布団を被り、顔を隠す。冷静に考えてみれば、来たのはリーナだ。顔を隠す必要はない。
「リ、リーナか。どうした?」
身体を持ち上げ、部屋に入ってきたリーナを見る。眠そうに目をこすっていた。トイレだろうか。
「眠れないの」
「そそそ、そうなんですか。じゃあ、三人で寝ましょ?」
「……ぅん」
おお、普段は素直じゃないことが多いのに、眠くなるとここまで素直になるのか。
少し残念な気持ちもあるが、急ぐ必要はない。今は三人の時間を楽しもう。
リーナを俺とフォトの間に寝かせ、見守る。
ああ、幸せだな。子供ができたら、こんな感じなのだろうか。




