何かを掴んだ日
「リュート!」
全身からプスプスと、火口でフォボスと戦った時の俺と同じように焦げたリュートに声を掛ける。
息を切らしながらチラリとこちらを見るリュート。もう魔力をほぼ使い切ったのだろう。今にも倒れそうだ。
「……………………ああ、キールか。勝ったよ、僕」
「おう、よくやった! じゃあこれ飲んどけ」
赤い液体の入った瓶を渡す。
中に入っているのは魔界製の魔力回復ポーションだ。傷を癒す効果もあるので重宝されている。プレクストンに売っているポーションはあまり質が良くなかったので、人間界でのポーションの技術は進歩していないのだろう。
「うわ、なにこれ。怖いんだけど」
「回復薬だ。それ飲んで寝とけ」
このポーションを飲んでしばらく寝ておけばかなりの魔力を回復することができる。
傷を癒す効果と合わせて全力を出すには申し分ないほどの回復効果が期待できるのだ。
「おーい、意識はあるか」
「…………ガ………………ア、アア」
絞り出すような声、意識が朦朧としているのだろう。見ると、心臓付近に深い傷がついている。出血がひどい、これでよく意識を保ってられるな。
「よかった。でももう動けないか。とりあえず出血止めっから大人しくしとけよ」
傷を塞げば血も出なくなる。それだけやって後は回復かな。
こっちの魔力も考えてほしいってもんだ。回復スキルはあるが、今の状況だと役に立たない。応急処置をするには便利だがドラゴンほど身体が大きいとあまり効果が無いのだ。
ならばどうするか、そう。同一化ですね。俺の加護『ソウルヒーリング』を一時的にインフェルノにも適用させる。
『ソウルヒーリング』は生きているのなら適用されるスキルなのだが、これがめちゃ強い。
常に回復し続けるため、生存率が段違いになる。もしかしたら、このスキルのせいで石化されても死ななかったのかもしれない。聖水掛けたくらいで石化は治らないもんな普通。
「声我慢しろよ」
「ナ……ニヲ…………」
右手に力を入れる。当然、このスキルは誰にでも適用させられるわけではない。
この状況だからできるのだ。相手がドラゴンで、怪我をしている。この状況だからこそ。
「ッスーーーーー……………………そいやっ!!!」
「――――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」
思いっきり傷口に手を突っ込む。
ぐにゅんと嫌な感触。それと同時にべっとりと血が手を濡らす。
さらにここから、魔力を流し込む。するとパスが繋がり魔力の流れが変わる。俺の中にインフェルノの魔力が、インフェルノに俺の魔力が流れ始める。俺が雷竜と契約しているからこそできる技だ。
これで完了。後は近くにいれば魔力を共有することができる。雷竜本人ならばこんなことしなくても近くにいれば繋がるんだけどな。
「ふぃー、これでよし。回復はするけど、まだ動いたらダメだぞ」
「感謝スル」
「いいってことよ。というか、悪いな。いつ戦闘になるかわからないからなるべく短期間で回復する手段を取らせてもらったわ」
「ソウ、ダッタカ。ダガ、仕方ノナイコトダ…………」
隣でずっと回復スキルを使い続けてればいつかは傷が塞がって、後はドラゴンの自然治癒能力でどうにでもなるんだけど、流石にいつ敵が攻めてくるかわからない今は速さを優先した。
あと数分近くにいれば傷は塞がる。俺も訛った身体を動かせるよう、今のうちにスキルを試しておくか。
* * *
数時間が経った。空はもう暗く、インフェルノの炎がなければ何も見えないほどだ。
ヴァリサさんは早くもエクストラスキルを会得した。流石のセンスだ。だがまだまだ成長する。最大威力になるまではまだ時間がかかるだろう。
対してフォトは、戦闘訓練に移行していた。何かを掴んだのだろう。しかし形にはできていないようで、剣のゴーレム相手に試行錯誤を繰り返している。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
空からリュートが降ってくる。また落ちたか。
「これで何回目だよ、そろそろ慣れろ」
「難しすぎるだろ!! 飛んでるインフェルノの上に立つとか!!!」
そう、リュートはインフェルノに乗って戦う竜騎兵に挑戦しているのだ。
『炎竜の魂』を手に入れたリュートが効率よく戦うには、竜騎兵、つまりドラグーンになる必要がある。
ドラゴンの近くにいればドラゴンも、乗っている本人も強くなる。ドラゴンと共に出すエクストラスキルだって、簡単に習得することができる。
「それができなきゃ竜騎兵にはなれねーぞ。『炎竜の魂』を手に入れたんだから、それを最大限に使えないと勿体ない」
「そんなこと言われても……はぁ、やるしかないか」
「その調子その調子」
飛行中のドラゴンの背中に乗る。難易度は高いが慣れれば何とかなる。
それに空からの攻撃手段があればこちらがかなり有利になる。相手も空を飛べるのだから、対空戦力を強化するのは当然だ。
再び迎えに来たインフェルノに乗るリュートを見守りつつ、フォトの元へ向かう。隣でうっらぁ! と叫ぶ大剣を持った女性がいるが気にしないでおこう。
「フォト、調子はどうだ」
「あっ、キールさん。一応、少し力は出るようになったんですけど…………」
「おっ、マジか。見せてくれ」
思ったよりも形になっていたようだ。スキルとして発動させることはできてきたのかな。
そもそも一日で、数時間で完成させる方がおかしいのだ。全員センスがあって助かる。俺にはそこまでのセンスがなかったから羨ましいぞ。
「分かりました。見ててくださいね」
「おう」
両手で剣を持ち、目を閉じるフォト。
すると、ぶわっと空気が変わる。発動させたか。戦いの空気を感じ取ったのだろう、剣のゴーレムがフォトに向かって走り出す。
「はあああああああっ!!!」
『神速』と似たような高速移動。高速で動きながらも、剣の威力も格段に上がっている。
全身強化か。しかし様々な強化スキルを同時に行っているのと大差はない。加速するスキルと攻撃力を上げるスキルを使えば再現できてしまう。これは、まだエクストラスキルではないな。
しかし、持ち前の戦闘センスで剣のゴーレムを圧倒する。おいおい、あれかなり強い騎士のコアじゃなかったのかよ。
「どう、でしょうか」
「使い勝手はいいが、まだ完成してないな。むしろ未完成でここまで戦えてるのはすごいと思う。というか、完成したらとんでもない強さになるな」
「そうですか…………わたし、頑張りますっ!」
ぐっと胸の前で両拳を握るフォト。頑張るぞいってな。
しばらく修行をしたが、もう夜も遅い。慣れない火山での行動だったため、皆疲れがたまっているだろう。今日はこの辺にして、疲れを癒すべきだ。
「おう、頑張ってくれ。だけど、今日はそろそろ――――――――」
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!」
悲鳴。空から誰かが落ちてくる。
ドスン、重々しい音と共に地面が揺れる。砂埃が上がり、視界が遮られた。
適当に魔力で風を動かし、砂埃を吹き飛ばす。そこにいる人物をジト目で見ながら、こう言い放つ。
「リュート、帰るぞ」
「……………………ういっす」




