リュート出発
野を越え山を越え、馬車はクリム火山を目指して進み続ける。
「なんでついてきちゃったの……」
「何回目だよそれ」
もうお分かりだろう。俺は、俺達はリュートと同じ馬車に乗っている。
家ができるまで狭い部屋なのだ。どうせだから旅行がしたかったし、家があるのに高い宿屋に泊まるのは嫌だったからな。
「何度でも言うよ! なんでついてきたの!? 暇なの!?」
「ああ、暇だ」
「なんだお前!!」
「まあ落ち着けよ。俺もお前の一族は知ってるんだ。それにリンクスも言ってただろ? 『せっかくだし向こうのギルド長に連絡してほしいにゃ!』ってさ」
「ちょっと似てるのやめてよ気持ち悪いなぁ」
渾身のモノマネが光る。本人の前でやると殺されるからやらない。やるならここぞというときだ。
どんな時だそれ。
「それにしても、移動ってのは退屈だよなぁ」
「そういうもんでしょ」
「いや、俺の場合は走った方が速いからさ」
正確には俺とフォトは、だ。
『神速』ならばそれほど疲れないし、魔力の消費も少ない。ぶっちゃけただの高速移動だし。
「お前がおかしいんだそれは。500年前の人間ってみんなそうなの?」
「だから俺はそれなりに強い方だったんだって。『神速』を使える人間だって限られてた。一端の兵士じゃ使えなかったな」
「うわっ、自慢だ」
「逆に俺が自分のこと弱いって言ったらどう思う?」
「うわっ、煽りだ」
「だろ?」
「うん」
ここで会話が途切れる。
「暇だぁ」
「だな」
二人して馬車に寝転んだ。
フォトとヴァリサさんは別の馬車だし、俺たちの乗っている馬車には他の客がいない。
ナイアドが捕まってから、魔界から侵略者が来るかもしれないという情報は瞬く間に広まったのだ。何かあった時のために、自分のいる街から出ないという人は多くなった。
さらにだ、数少ない戦える冒険者も遠出はしなくなったのだ。すぐに戦えるようにと言い訳はしているが、出先で事件に巻き込まれたくないというのが本心だろう。
だって、一番最初に狙われたプレクストンが一番安全なんだからな。
「そういやさ、途中の街で休憩するんだっけ?」
「うん、数日ね。物資の運搬を少なくしたいからって色々あるんだってさ。あーあやだやだ、みんな弱気になっちゃってさ」
「さっさと解決させたいんだけどな。相手が魔界だから行きたくても行けない」
魔界へ行くには俺一人の力ではどうにもならないのだ。
「それなんだけどさ、魔界ってどうやって行くの」
「魔界はな、転移スキルを無理やり発動させて……あれ?」
「ん?」
「いや、昔は転移スキルは未完成だったんだよ。人間界の空間を移動する未完成のスキルがあってさ、それを別の世界へ無理やりつなげるんだ」
スキル『空間転移』。それを一時的に進化させ、『世界転移』にする必要があった。
「元のスキルでさえ未完成なのにそれを無理やり!? 大丈夫なのそれ」
「大丈夫じゃない。ほぼ一方通行だからなあれは」
「あれ、じゃあ勇者はどうやって帰ってきたんだよ」
「…………さあな、方法は聞いたことない」
「ふーん」
一方通行だと知っているのも俺くらいか。しかし帰る方法はあるはずだ、なにせ俺は魔界で石化され人間界に戻ってきたのだから。
とにかく、転移スキルを研究してたあの爺さんの子孫か、弟子が受け継いでいるかもしれない。
「とにかく、今の時代ならもしかしたら『空間転移』が完成しているかもしれないんだ。もっと言えば『世界転移』も……いや、『世界転移』が完成してたら魔界に行くか」
「逆に衰退してるかもね」
そう、それが俺が危惧していることだ。
スキルが衰退したこの世界、今も『空間転移』が残っているとは限らない。
魔法で再現できているとも考えられない。一応俺も『空間転移』の原点は持っているし作ってみようかな。
「それが問題なんだよな……ま、もし時間があるなら調べに行くさ」
「向こうの戦力が分からないもんねぇ、人間側も強い奴が集まらないと」
「ギルドがやってくれるだろ」
「やってくれるかもだけど、こっちには何の情報もないじゃん。僕あんまり強い奴とか詳しくないし、帰ったらギルマスに聞きまくってやる」
そうか、確かに俺ってこの世界の戦力とかよく知らないわ。
ギルドのランクも、ヴァリサさんよりも高いものがあるという。プレクストンにももっと強い者はいるのだ。それを知らなくては作戦も立てられない。
「魔界側もナイアドが帰ってこないから慎重になるだろうし、ナイアドみたいに油断はしてくれないかもな」
「ううわ、やばいねそれ。もっと強くならなきゃ」
「その意気その意気」
「キールももっと強くなってよ主力なんだから」
「もっと強くねぇ……ま、頑張るわ」
これ以上強く。考えたこともなかった。
今は自分が持っているスキルを使ってどう倒すかだけを考えている。それは魔王と戦う前から変わらない。
魔界に行ってからは、スキルの成長もあまりなかったな。新しい技も、作ってみようかな。
なんて思いながら会話を続けた。ああ、いくら今作戦とか話し合いをしても暇なことは変わらないんだよな。