ナイアドの正体
扉の先には、丸太に縛り付けられたナイアドがいた。手にはしっかり吸魔の手枷が付けられている。
向こうもこちらの存在に気づいたようだが、声を出す気配はない。もう少し近づいてみようか。
「よう」
気さくに話しかける。フォトたちには口を出さないように言ってある。ナイアドを直接倒した俺ならば交渉がしやすいのではないかと提案したのだ。
「ふん、ご機嫌ですね。そんなに私を倒せたことが嬉しいのですか」
「変わんないみたいだな」
良くも悪くも、ナイアドは全く変わっていなかった。あの時、俺達を苦しめた時と同じ口調で会話が続く。
「ずっと気になっていたのです。貴方は何者なのですか」
「まあ待て、物事には順序ってのがあるんだ。先にお前の話を聞かせてくれ」
「……私の話をすれば正体を明かすのですか」
「さあ? 情報次第だな」
こうすることで俺に隠していることがあると思わせることができる。ナイアドがどこまで俺に興味があるのかは知らないが、少しは効果があるだろう。
「ナイアド、今回の事件はお前ひとりの犯行か?」
「……今回の事件を起こしたのは私一人です。ですが、私以外にもやろうとしている者はいます」
「話すのか」
驚いた、味方を売るなんて。
「ええ、どうせなら邪魔をしたいですから」
「邪魔?」
「そうです。私は魔王になると言っていましたよね? 今、魔界には魔王候補が私合わせて四人いるのです。魔王になる条件は、人間界の支配と、その実績。四人の中から魔王に相応しい者を決めようとしていました」
「なるほど、つまりお前にとっては他の三人は敵なわけだ」
なんとなく予想はしていたが、やはり複数人いたか。
そうなると他の国も危ない、似たようなことが起きるかもしれない。だが対策のしようがないだろう。せいぜい危機感を持つくらいだ。
「ええその通りです。私が魔王になるのに邪魔でしかありませんから」
「お前の部下は? 流石に一人で人間界を侵略するわけじゃないだろ?」
「下調べのつもりだったのです。数か所にサウンドジュエルを設置し、様子を見る。各地に散らばったサウンドジュエルの影響により実力者は分散するでしょう? そこで、守りが弱くなった街などを部下を連れて一気に攻める、という作戦でした」
「俺たちが出ばなをくじいたわけだ」
今回ナイアドを止められなかったら、さらに各地にサウンドジュエルが設置されていただろう。
いや、下調べと言っているし、サウンドジュエルの準備もできていなかった。ということは計画を進めるのはまだ先だったか。
「しかしいいのかよ、そんなこと話しちまって」
「構いません。私たちは人間を侮っていたようです。もう勇者はいないとはいえ、実力者はいたのですね。驚きましたよ」
「そりゃどうも」
まあ勇者本人なんだけども。バルカンに意識があったら危なかったかもしれない。あの状況で勇者バレとか笑えないからな。
「じゃあ次に……四天王を魔人として召喚する技術。ありゃなんだ?」
「我が国には四天王バルカンの魔力が記録されていますから、その記録をもとに作り出したのです。魔人召喚を改造しただけですよ、莫大な魔力は必要ですが」
「その莫大な魔力ってのは精霊で補ってたのか」
「精霊である必要はないんですがね。魔力の効率がいいから使っていただけですよあれは」
「そうなのか」
まあ魔力を送るだけなら精霊である必要なんてないもんな。台座に魔力を送り込む装置を取り付けとけば同じこともできるし。
「で、我が国って言ってたよな。王様なの?」
「ええ、魔界は今四つの国に分かれていますから」
「ああ、それで敵対してるのか」
ということは本当に魔王じゃないか。ただ、前の魔王が魔界全ての王だったから魔王を名乗れないんだろうな。
ふむ、この時代にも魔王が現れるとは。俺が出るべきか? いやしかし、俺がいなくても何とかなるんじゃないだろうか。魔法で魔王に対抗する。いいじゃんか。
「他に聞きたいことは?」
「んー、というかそこまで話すんなら他の国の王様についても話すんだろ? 俺が聞く必要なんてないしなぁ」
「そうですね、話すつもりでしたよ。ただ、私の国についてはそこまで話したくありませんが」
「まあそれは仕方ないだろ、自分の国だしな」
俺を冒険に送り出したあの王様なら、平気で自分の国を売りそうだ。人間よりも魔界の方が治安が良かったまである。昔の話だが。
「んじゃあ細かい話はギルドに任せるわ。みんなは質問ある?」
「特にないですね……」
「あたしも」
「僕もないかな」
みんな総じて聞きたいことはないらしい。単純な理由だったもんな、疑問なんてない。
「よし、リンクス。どうする?」
「……おみゃーの話がまだにゃ」
「そうですよ! 早く教えるのです! さあ!」
「縛られてるのに急に元気になったな……はあ、分かった。話すよ」
ついにこの時が来てしまったか。だが残念だったな、俺は既に設定を考えてきている。
「にゃら一人ずつ質問にゃ。フォトにゃんからお願いにゃ」
「えっ!? わ、わたしですか?」
「フォトにはもう話してある。ヴァリサさんからでいいか?」
フォトから質問されても答えることが特にない。むしろ俺よりも俺に詳しいくらいだ。
「あたしからだね。キールやフォトが戦うときに使ってるの、あれは何? リュートくんの技と同じ系列?」
「スキルだ。知らないのか? 昔はスキルの方が主流だったんだぞ?」
「スキル……聞いたことはあるけど、あれがそうなんだ」
ほう、知ってる人は知ってるってわけか。話では、スキルを魔法と勘違いして使っている人は少なくないらしい。それくらい境界線が曖昧なスキルもあるのだ。
「そ。んで俺はそのスキルを代々受け継いで使ってる奴ってわけ。リュートもそんな感じだ」
「僕の技がスキルだって知ったのは最近だけどね」
「リュートくんと同じかぁ。よし、あたしの質問は終わりだね」
「次は僕から。ドロップちゃん、何者!?」
なんだその質問は。何度も話したことがある相手が妖精じゃないと知ってモヤモヤしているのだろう。
だとしてもその質問の使い方はなんだ。
「精霊だ。ヴァリサさんはなんとなく気付いてたよな?」
「まあ、ハニビーネの森に行ったときに精霊王と会ったからね。関係あるのかなとは思ってたよ」
「僕だけよく知ってなかったの!? じゃ、じゃああれだ、なんで精霊と知り合いなんだよ。聞いたことないぞ精霊と話すとか」
「質問は一人一個だ」
「無駄にしちまったぁ!!!」
リュートのテンションのおかげでカミングアウトまでの緊張は無くなった。簡単なことだ、嘘をつかず、本当のことを話すだけ。
「にゃら……」
「と言ってもリンクスやナイアドの質問はなんとなく予想できるから一気に話そうかな。どうせ質問はあれだろ? 『お前は何者だ』だろ?」
「そりゃそうにゃ」
「さあ、早く話すのです!」
だろうな。俺について知りたいことがあるのなら、俺が何者なのかを聞いてくるはず。リンクスと初めて会ったあの時も、何かを隠しているのはすぐにばれた。
だから、ここは嘘をつかずに、本当のことを話してしまおう。周りからの目もこれからは気にしないといけないからな。
バクバクとうるさい心臓を鎮めるように、深く息を吸った。そして、言葉として吐き出す。
「俺は――――――」




