逆転
「あーはっはっは!! スバラシイ! スバラシイです! 私が魔王になったらこの量の魔力を自由に使えると考えるだけで笑いが止まりませんよ!」
離れているというのにナイアドの笑い声は甲高く無性にイライラする。リュートの数倍イラつく。魔族だからかな。
『今なら……!』
そんな中、ペンダントからドロップが飛び出した。鳴り続ける音はドロップにとっても辛いはずだ。少しでも気を緩めたら俺のように狂ったり、気を失ってしまうだろう。
『ドロップ! 何をするつもりだ!』
『わたしがサウンドジュエルを止めてくる! 後はお願い!』
『……了解』
まだみんなはもがき苦しんでいる。必死に息を止めて、空気を吐き出さないように耐えているのだ。
だが、それも時間の問題だろう。急いで決着を付けなければ。
ドロップが水の中を移動する。水の精霊は水中を自由に動き回ることができるのだ。瞬間的に遠くへ行くこともできる。そこに水があるなら。
「大精霊!? まだ残っていたのですか!?」
「あんたの作戦は失敗だよ! いっけええええええ!!」
ドロップがサウンドジュエルに触れていく。四つのサウンドジュエルの色が青から無色に変わった。
それと同時に音も鳴り止む。身体の自由が戻っていく感覚、指、動く。足、動く。指の先から、足の先から身体が動くようになり、やがて全身が戻ってくる。
集中。洞窟全体に満たされている水は魔力の塊。この状況は絶好のチャンスだ、これを利用するほかない。
『ドロップ! 力を貸せ!』
『えっ? あ、あれね! まっかせて!』
テレパシーでドロップを呼ぶ。ドロップが俺の目の前まで瞬間移動してくる。剣を構え、スキルを発動させる。
水の流れが変わる。剣に魔力が集まっていく感覚。水が剣に吸い込まれて消えていく。それと同時に俺の右手に鋭い痛みが走った。またこの感覚か。今は耐えるしかない。
「はっ!? な、何をするつもりですか! させませんよ!」
俺が力を貯めていることに気づいたナイアドが妨害するために魔弾を打ち込んでくる。何発か受けるがこの程度の魔弾でダメージを負う俺ではない。
しかし強く突き飛ばされるような衝撃を受けてしまうため、さらに大きな魔弾は集中力の妨げになるだろう。そこで。
「これならば、どうですか! ……ッ!?」
フォトの出番だ。
ナイアドが巨大な魔弾を俺に向けて撃ったタイミングで、フォトが水中で『ブラスト』を発動させたのだ。
渦巻くような魔力の衝撃により魔弾が俺の身体に当たる前に消滅する。それと同時にスキルのチャージが完了した。一気に水が消え、地面に着地する。
「――――――刻むのは輝きの激流、降臨せし水の精霊。『バーストエレメント』オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
剣を大きく振ると、内包されていた魔力と水が一気に放出される。それは激流の槍、複数人がいなければ使えない合体スキル。
空中に流れた一筋の激流は、ナイアドの身体を包み込み、泡を破壊し、天井まで突き飛ばした。
「ガッ……ハァ!?」
激流に流されたナイアドが壁に背中をぶつけ肺の中の空気を吐き出す。
部屋に充満していた魔力を全て込めた一撃。水の四天王バルカンを倒した時と全く同じ技。作戦。
先程まで空中に流れていた激流の跡がキラキラと青く光っている。戦いを終えた光を見て膝をついた。
「勝った……」
遥か天井まで飛ばされたバルカンが一切動かないまま落ちてくる。気絶しているのだろうか。
魔力を一気に削られたのだ、無理もない。元々は直接攻撃というよりも魔力を蒸発させる技なのだから。
「キールさん!!」
ボーっと眺めていると、フォトが名前を呼びながら抱き着いてきた。思わず頭を撫でてしまう。あれ、身体が勝手に。まだ暴走してるのかな? 違う意味で暴走してるか。うん。
「おっと、フォト……お疲れ」
「はい! よかった、キールさん、生きてる、生きてます!!」
「うん、俺は生きてるよ」
「うわああああああん!!」
死ぬと思っていたのか。実際絶望的な状況だったもんな。
俺もフォトが無事で嬉しい。復活してからも残っていた吐き気を耐えられたのはみんなを溺れさせたナイアドに対しての怒りからだ。
「キール」
振り向くと、リュートが真剣な顔で立っていた。
「リュートか、どうした」
「なんだよ、今の技」
「秘密だ」
「そればっかっすねぇ!? でもまあ、仕方ないかぁ」
自分にも秘密が沢山あるんだろう。リュートはそれ以上聞いてこない。
「あたしはすごい気になったけどね。あたしにも秘密かい?」
「もちろん」
「そうか、残念」
ヴァリサさんは……特に隠してなさそうだ。技とか隠すところないもんな。基本体の強化だし。魔力まで筋肉なんじゃないの。
「まさか、あんな指示を出すとは思いませんでした。『洞窟全体を使った攻撃をされたら俺の援護をしろ』なんて……」
「杞憂に終わるだろと思ってたんだが、俺もまさか本当にあんなことをしてくるとは思わなかったよ」
フォトには二組に分かれる前にそう指示したのだ。「洞窟全体を使った攻撃をされたら俺の援護をしろ」ってな。
今回は大精霊の力を借りる『バーストエレメント』を使ったが、当初は一人版の『チャージブラスト』を使う予定だった。久しぶりだな、この技を使うのは。大精霊がいないと使えない限定的なスキルだ。
「立てこのやろっ! って、なんだ気絶してるじゃん」
リュートがナイアドの両脇を掴んで持ち上げようとする。本当に起きたらどうするんだ。
「まあ落ち着いて。あたしがこれ預かってきてるから」
「なにそれ」
ヴァリサさんが二つの輪っかのようなものを取り出した。俺も気になる。なにあれ。
「吸魔の手枷。これがあると魔法が使えなくなるんだよ」
ほう、ならスキルは使えるな。とか思ったけどスキルも使えないんだろうな。魔力を吸収する道具だろうし。
「へぇ、それつけてればヴァリサもゴリラじゃなくなるんだな」
「一回つけてみるかい? カギは破壊するけど」
「こわっ!?!? すんませんした!!!」
笑顔でとんでもないことを言ったヴァリサさんに苦笑いする。やはりこの二人何かあるな。そういえば帰ったら聞こうと思ってたんだったか。絶対聞いてやる。というかヴァリサさんに聞けばすぐにわかりそう。
「今のはリュートが悪いな」
「リュートさんが悪いですよ今のは」
「謝ったでしょお!?!?」
辛くてきつい戦いの後だというのに、洞窟内には笑い声が溢れていた。
ひとまずの悪は去った。俺たちの仕事は、拘束したナイアドをギルドまで運ぶことだ。
今の人間界が魔界とどのような関係なのかもよくわかっていない。ナイアドがただ魔王になりたくてあんなことをしたのだとしたら、これですべてが終わったことになる。
だが、問題はバルカンだ。四天王は確かに500年前に倒した。なのに明らかにバルカンを元にした魔人が現れた。
それならば、他の四天王の力も持っているのではないか。わからないことは大量にある。それもギルドに戻ってナイアドに聞けばいいことだ。
今は勝利を噛みしめて喜ぼう。




