キレーネの過去
「これはあたしの過去。記憶に張り付いた幻影の世界」
幻影。ただ、魔法でそう見せているだけの世界。
ここまで精密に幻影を見せることができるのは、よっぽど幻術に長けた幻術士か、大きなトラウマを抱えているか。
この場合は後者なのだろう。キレーネが幻術に長けているという情報はないし、向こうも今まで使ってこなかった。
幻術を解くことはできる。簡単だ、脳内でこの世界を幻影だと理解し、見ようとしなければその時点でこの世界は消え、元の世界になるだろう。
だが、俺はその世界を見続けた。燃える民家、逃げ惑う魔族。
そして、無抵抗の魔族を虐殺する人間たち。
「これが、お前の過去か」
心の底から幻滅していた。人間の汚い部分、それは500年以上も前に何度も知ったはずなのに、この時代に来てから目をそらし続けてきた。だから、自分に幻滅する。人間に幻滅する。
確かに、これだけの地獄を経験すれば、人間を恨むのも仕方ないだろう。
「そう。だから、あたしは人間を許さない。お父さんとお母さんを殺した人間を、一生許さない」
その言葉と共に、世界が変わる。今度は室内だった。
先程の集落の、どこかの家だろう。そこで、三人の魔族が人間に追い詰められていた。
親子だろうか。緑髪の子供は物陰に隠れているようで、人間は子供には気づいていない。
夫婦が殺された。人間は子供に気付くことなく、その家を去った。
「あんたは、これを見てどう思ったの? 当然だとか、思ったの?」
「いや、こういうこともあるなって。そう思った」
「……ッ」
キッと睨んでくる。俺はその目を真っ直ぐに見つめる。
「俺もさ、魔族に滅ぼされた村を見てきた。だから、魔王を倒そうって思ったんだ」
最初は勇者になったからだった。勇者として旅立ち、冒険をして。
そしたら魔族に襲われている村を見つけて。魔族を憎んだ。気持ちはよくわかる。
「やっぱり、復讐が目的だったんだな」
「え、復讐……?」
「……違うのか?」
驚いた。俺はてっきり、このことがあって人間を許さず、怒りで滅ぼそうとしているものだとばかり思っていた。
「違うよ。あたしはただ、同じ過ちを繰り返してほしくないだけ。人間がいたら、魔族は幸せになれない。生き残ったあたしが、魔界を、世界を変えるの」
「え?」
視界が狭い。それは知っていた。
だけど、まさかここまでとは思わなかった。いや、それほどまでに追い詰められていたのだろう。
親を目の前で殺された者の気持ちは分からない。俺はそれを経験していないし、親というものをよく知らない。
だが、同意はできないが理解はできる。目の前のキレーネは正しくあろうとしている。それは確かだ。
「もちろん復讐心もあるけどさ、もうその襲ってきた人間たちは滅んじゃったし、どうにもできないじゃない? だから、人間を滅ぼすの。そうしなきゃ、いつまた人間が魔界に攻めてくるか分からない」
「……そうか。方法はどうあれ、魔族の幸せを願っての行動なんだな」
「なに? 馬鹿にしてるの? 分かった気にならないで」
自分のことは自分にしか分からない。同情なんてされたくない。その気持ちは痛いほどわかる。俺だって、似た気持ちになったことがある。
親がいない、魔王を倒す使命がある。可哀想な目で見られたことも何度もあった。
「悪い」
「……これだから人間は」
キレーネは、人間が全員悪だと考えているのだろうか。
俺も、昔はそうだった。魔族は悪だと、そう決めつけていた。
幼い頃から魔族は悪で、それが当然だったからそれに疑問を持たなかった。魔族もまた、人間が悪だと思うことが当然だったのだろう。
しかし、実際に魔族と、人間と関わることで考え方は大きく変わってくる。
後はキレーネがその偏見を理解しているかどうかだが。
「人間にもいい奴はいるんだぞ」
「知ってる。人間を観察してきたから少しは分かってるつもり」
「……なら」
「でもね。それでも、あたしは人間を排除する。いい人間がいるのは否定しない」
決まりだな。そこまで理解しているのなら、そこまでの覚悟があるのなら今更話し合いなんてしない。
元々話し合いなんてするつもりはなかったが、気持ちの問題だ。どういう気持ちで戦うか、そういう問題になってくる。
「そうか。それだけの覚悟があるのなら話は終わりだ。真正面からお前を倒す。お前が人間全員を滅ぼすと言うのなら、俺はそれを阻止する」
「そ。あんたが優しいのは分かったから、早く終わらせようよ」
『魔力開放Ⅲ』の限界が近い。
キレーネもまた、『魔王化』による負荷が大きいのだろう。汗を掻いている。
俺も、覚悟を決めた。この戦いが終わった後に実行しようと思っていたが、撤回だ。この戦いを終わらせて、すぐにでも計画を実行する。
気が付くと、辺りは燃え盛る集落に戻っていた。今更この幻影を振り払う気はない。この土地で、キレーネを倒す。
「そうだな。さっさと終わらせよう。敬意を払って、出し惜しみはしない」
放出されていた魔力のオーラが黒く染まる。
オーラは次第に形を変え、俺の身体を包み込んだ。
「な、なに……?」
魔族の正義、人間の正義。二つの正義がぶつかり合う。魔王もまた、正義だった。
キレーネと同じように魔族の幸せを願って戦い、人間に敵対される覚悟を持った奴だった。
なら、俺は自分の正義を貫く。正しい人間、正しい魔族。その両方を救済する。
そのために手に入れた力。そのために、与えられた力。
「『魔王化』」
「――――え」




