真実を知る偽物
交代で睡眠を取りながら球体を観察する。常に大きくなる変化に次いで、召喚されるウルシュフスの数が減った。
こちらとしては嬉しいのだが、不気味だ。なぜ減らすのか、魔力を抑えているのか?
とにかく、戦闘に割く人数が減ったことにより休める人間も増えた。今俺は休憩中だが、眠れないの球体の観察をしている。
「そういやお前さ、フレンちゃんにあのこと言ったの?」
「いや、まだだけど?」
一緒に暇つぶしをしていたリュートにそんなことを言われた。あのこと、とは俺が勇者であることだろう。
フレンは勇者の子孫として生きてきた人間だ。だが、俺に子供はいないし、血縁者に心当たりもない。
なので、フレン・マグナキールは偽りの勇者なのだ。当時の王国に勝手に勇者にされたどこかの誰かの子孫でしかない。
だが、それを伝えるのはあまりに酷だろう。ずっと勇者の子孫として、勇者として生き続けてきたのだ。今更そんなことを知ったら戦えなくなってしまうかもしれない。
「言っちゃった方がいいんじゃない?」
「でもなぁ、かなりショックだぜ? この戦いが終わったら言うよ」
「そっか、大事な時だもんね」
そう、大事な時。もちろんフレンが気にしない可能性もある。でも多くの場合は気にするのだ。
もし俺がフレンの立場だったら、かなりショックを受ける。勇者としての誇りとか、そういうのが全部なくなってしまうような、そんな気持ちになってしまう。
だから、言わない。ゆっくり時間が取れる時まで。
「おい勇者ァ!」
「ちょ、って今くらいはいいか」
声を掛けてきたのは、元魔王候補のフォボスだった。俺のことを勇者と知っている数少ない? 知り合いの一人だ。
こいつがこの世界に馴染むまでかなり時間かかったんだよな。王国とも交渉して火の国ごと同盟組んだり。見た目が竜族で鱗とかあるせいでみんなに怖がられるし。
今は自由にやってるみたいだが何かやらかしそうで怖い。
「どした?」
「もうすぐ戦闘だろォ? ならよ、主戦力の勇者様に一声かけようと思ってな」
フォボスはそう言いながら俺の座っていた隣に腰かけた。五年前に本気で殺し合った魔族とこうして座って話をしているというのは不思議な感じだな。
「心にもないことを……」
「ぼ、僕いない方がいいかな? いない方がいいよね!?」
ちなみに、リュートはダークフェニックスの件もあってかフォボスが苦手だ。嫌いってわけじゃないが、怖がっている様子がある。
「うるせェ、テメーも話せ」
「ごめんなさいっ! って話すって何さ」
「あいつら……キレーネとディオネのことだ」
キレーネとディオネの情報はナイアドとフォボスから事前に聞かされている。
まあ、二人共そこまで詳しく知っているわけじゃないらしく、性格くらいしか分からなかった。
キレーネが嫉妬深く、戦闘を楽しむ残忍な性格。ディオネが静かで堅実な戦い方に、こちらも残忍。
フォボスが話すということは、それ以外の情報があるのだろうか。
「お前な、そういうのは他の人たちにもだな」
「どうせあいつらはお前ら辺りが倒すだろうが。話すのは戦力だっての」
「戦力、か」
向こうの戦力は未知数だが、戦い方や使う魔法、道具が分かれば多少は戦いやすくなる。
そして本人と戦うことになるのは確かに俺かその周りの誰かだろう。なら、わざわざ全員に教えて動きにくくさせる必要はない。
「この戦いで全てを出すなら、あいつらが使う物も想像がつくンだ。例えば、四天王の魔力を利用した何かとかな。オレ様だったらアーマーだな」
「ナイアドは魔人だったか。確か、残りの四天王はカリストと、タイタンだったな」
カリストが風、タイタンが土だ。
カリストの特徴は風そのものになること。空気中に消えるため倒すのが大変だった。倒し方は、攻撃時に姿を現したところを攻撃するか、拘束すること。
タイタンの特徴はとにかく大きくなること。ナイアドの作ったバルカンの魔人よりも何倍も大きい。本体は人間サイズであり、そこまで大きくはない。最初は手や足を大きくして攻撃してくる。最終形態が巨人だ。
「よく覚えてんな。その二つの魔力はストックしてあンだ」
「こええ……」
「とりあえずそれには気を付けないとな。他に何かあるか?」
そこまでは予想できた内容だ。リュートが異次元の話に戸惑っているが、魔界はこんな感じだぞ。今のうちに慣れてもらわないと困る。
しかしそれ以上の情報があるとは思えないな。
「あいつら、魔王の魔力を使うかもしれない」
「魔王の!? どういうことだそりゃ」
でも確かに四天王の魔力が残っているなら魔王の魔力が残っていてもおかしくはない。
だからと言って、まさかそれを扱えるというのか。
「魔王って、お前が倒した?」
「ああ、強力なスキルはあるが使うのは自身の補助くらいで、基本の戦闘は素手での攻撃。奥の手が石化スキルとかいう化け物だ」
「なにそれぇ……」
俺も戦いながらその化け物っぷりに驚いたものだ。全ての属性の最強スキルを自在に扱えるのに、戦闘スタイルは補助と物理攻撃。
隙ができた時に必ず属性の最強スキルを当ててくる。あれほどの脅威はない。
ほんと、なんで倒せたんだろうな。もしかしたら、お互いに何かを諦めていたのかもしれない。何も背負わずに、ただぶつかり合っていたから勝てたのだ。
「その魔王の力を使って攻めてくる可能性がある。あいつらは二人で協力してっからよ、もう力の奪い合いはねェんだ」
「なるほどな。今まで手を出せないでいた魔王の魔力を、あの二人は惜しげもなく使えると」
「そゆことだ。オレ様から伝えられるのはこのくらいだなァ。期待してるぜ、勇者様」
「うっせ」
それだけ伝えると、フォボスはどこかへ行ってしまった。あいつらも別の陣営で参加してんだよな。端の方だっけ。
この情報が手に入ったのは大きい。魔王との最終決戦ができるのだ、気持ちも弾む。あの頃よりも大きな感情を乗せて戦える。なんと嬉しいことか。
「なんか眠くなってきちゃったよ。僕もう寝る」
「俺も寝ようかね」
フォボスとの会話は緊張感があり、なんというか疲れる。ま、それだけ本気になれるからいいんだけどな。
疲れたら眠くなる。それは仕方ないことだ。まだ休憩時間だし、仮眠を取ろう。
部屋に向かおうと角を曲がる。すると、ドンッと何かにぶつかってしまった。人か?
「おっと、悪い……ってフレン?」
ぶつかってしまったのはフレンだった。俺はしっかり前を見ていたはずなので、元々座り込んでいたことになる。
どうして、こんなところに。
「――っ!」
俺が声を掛ける前に、フレンは走り去ってしまった。
「あ、おい! なんで……」
「もしかしてさ、フレンちゃん聞いちゃったんじゃない? 勇者って話。じゃないとこんなところにいないよ」
「……かもな」
やっちまった。俺たちの会話を盗み聞きして、ショックで動けなくなっていたのだ。
だから、しゃがんだ状態で角にいた。俺たちが来ることが分かってもすぐに反応できなかった。
「俺、追いかけて――――」
――――風が吹いた。
不思議な風だった。まるで、どこかに向かっているような斜め上向きの風。
振り返る、おい、まさかこのタイミングで来るってのかよ。ふざけるな、どこまでも間が悪い。
上空にある球体は、空気中の魔力を次々と吸収していた。そして、今までとは比べ物にならない速度で巨大化していく。
「な、なんかヤバくね!?」
「リュート、みんなを起こしてくれ。俺はあれを確認しに行く」
「おう! でも……」
「フレンは……何とかしてもらうしかない。少し時間が出来たら話すさ」
「頼んだ!」
お互いに逆方向に向かいながらハイタッチする。
上空にある球体を見据えながら『スカイ』を発動させた。噴射する風を操り、空に飛び立つ。
始まってしまう。最悪のタイミングで、戦いが始まる。
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