戦いの休息
プレクストン防衛線が始まってから、二日が経過した。
ウルシュフスと時折召喚されるゴーレムを倒し続け、辺りには異常なまでの魔力が充満している。
魔力に鋭くなくても簡単に気付くくらいには濃いのだ。そのおかげで魔法使いの実力が出しやすくなっている節はあるが。不安もある。
それは、相手の有利な状況でもあるということだ。
しかしこればかりはどうにもならない。こちらにも利点はあるのだから、どっこいどっこいというところだろう。
いや、もしかしたらこれが狙いなのかもしれない。とにかく、今できることは備えることだ。それ以上の対策などできない。
今日もしばらく戦闘を行い、時間が来たら別部隊と交代した。仕事自体はそこまで大変ではないが、長く続けると集中力が途切れてしまう。
休憩所に向かっている途中、見覚えのある大男が簡易拠点の整備をしていた。その隣には当然のように背の低い男もいる。
「よお、忙しそうだな」
「おおキールじゃねぇか! お前も大変なんだろ? 休め休め」
布の家の骨組みだろうか、それを設置しているマキシムとミニム。俺とフォトの屋敷を建てたのもこいつらだったか。いろんな職業になれるのは便利でいいな。
しかし、よく働くな。昔のこいつらからは想像もつかない。
「話し相手になってくれよ。この辺りは雰囲気が暗くてたまらん」
「まあ、いいぜ。調子どうよ、その剣」
「相変わらず凄い剣だ。俺の魔力によく馴染む」
剣、というのは暗黒石と月光石を素材にした剣だ。
片方は闇の魔力が、もう片方は光の魔力が入っている。これは新たな属性という扱いなのだろうか。属性というものは四種類ある。火、水、風、土。その四属性が基本だ。
だが、この剣や俺の魔力はそのどちらにも該当しない。元々は光の属性を持っていたらしいのだが、それに魔王の影響で闇の属性も入ってしまったらしい。
まあ、そのおかげで使えるスキルもどんどん増えたんだけどな。
「お前らさ、これからどうするんだ?」
「あん? まだ決めてねーよ。まあこれからもフラフラ仕事探しながら生きてくさ」
確かマキシムの目標は上に立つことだったか。もうかなり達成しているな。マキシムとミニムと言えば、手伝い系冒険者の頂点と言っていいほど極めた人物だ。
金も十分稼いでいるだろう。まだ他に目標を見つけられてない感じか。なら、俺のこれからの目的に巻き込めるかもな。
「そうか。ミニムもそうするのか?」
「ぶえっ!? キールさんじゃないでやんすか!」
「今気づいたのか……」
それほどまでに集中していたんだな。細かい作業が得意なミニムは特に集中力を要求されるのだろう。
とりあえず、マキシムに話した内容などをミニムに一から説明した。
「あーそうでやんすね。これからもアニキについていくでやんすよ」
「そうか。それはミニムの本当にやりたいことか?」
これも一応聞いてみる。
「もちろんでやんす。アニキの手伝いがあっしの生きがいでやんすから!」
「お、おうそうか。まあほどほどにな」
「うっす!」
ちょっとどうなのって思ったが、この二人にも色々な過去があるんだろうな。
人によって目的の種類も変わってくる。フォトは勇者と俺の背中を追いかけているし、これもそれと同じような感じなのだろう。
「じゃあ、頑張れよ」
「おうよ、お前もな。というか、お前が頑張ってくれなきゃ困るんだ」
「そうでやんすよ」
「はいはい。それなりに頑張るさ」
それだけ言い残すと、その場を後にした。
布で作られた沢山の家は、クリム火山の集落を思い出す。あそこの家もこんな感じだったなぁ。
さて、やることがなくなってしまったな。リーナの手伝いにでも行くか。
* * *
「次の方ー」
奥から聞こえてきた声に従い、部屋に入っていく。
そう、ここはリーナが担当する医療所だ。毎日毎日忙しいリーナを休ませてやろう。
「おっす、やってる?」
「ちょ、何しに来たのよ!? って、けが人は?」
俺が邪魔をしたのではないか、とリーナは疑いながら俺の背後を見た。そこに人はもういない。
ま、休ませるためだからな。当然だ。
「軽い怪我の人が多かったからな。勝手に治した」
俺のスキルならば軽い怪我くらい簡単に治すことができる。ちょちょっと治療したら解決って寸法よ。
椅子に座り、背伸びをする。あー、やっと座れた。
「ったくあんたは……で、何しに来たの?」
「忙しいリーナさんに休憩を届けに来た。あと、暇だからな」
「暇って、仕事は?」
「今は休むのが仕事だ」
これは嘘じゃない。休んで、次の交代までに疲れを持ち越さないようにするのだ。
全員が万全に近い状態で戦う。こちらの戦力を落とさないようにしなくては。
「休めてるのそれ?」
「何もしてないよりはずっといい。他に休むとしたら寝るくらいだからさ」
「そ」
そ。って、まあこいつなりに感謝してんのかな。
身体的には何もしない方がいいのかもしれないけど、精神的にはこうやって話をした方がいい。
この戦いが始まってから人々の雰囲気はどんどん暗くなっている。何が起こるか分からない不安で皆押し潰されそうなのだ。
「……いつ終わるのかしらね、この戦い」
「多分、まだ始まってもないよ。だから怖い」
まだ本格的に攻めてきているわけではないのだ。こちらの気が滅入るのを狙っているのだろうか。なるほど、フォボスの言う通りあの二人は随分と性格が悪いらしい。
というか魔王候補全員性格悪い。フォボスがマシに見えるくらい性格悪い。
しばらく雑談をしていると、奥の方から怪我人と思われる人が入ってくるのが見えた。仕事の始まりか。
「さて、もう少し手伝うか」
「はあ? 休みなさいよ」
「少しくらい甘えろって」
「……分かったわよ」
リーナが倒れたら本当に執事に殺されちゃうからな。最近こいつがお嬢様なことを忘れかけている。
魔力はまだまだ余裕だ。そもそも、戦闘自体は楽なのでほとんど疲れていないし、魔力回復の方が早いので魔力を温存する必要もない。
俺は、怪我人の流れが終わるまでの間治療を手伝ったのだった。




