傍観者へ
私は本を閉じた。この本の話からまた40年。カレット・ヘブンズドアは老いぼれ、カルソには子供が生まれ、その子ですら一人立ちの時が近づいてきた。
「君は珍しいね。千の国から来た子はだいたいお祭りを楽しんで他の国へ向かうんだよ。」
私は話しかけられてびっくりした。
「あぁ、ごめんね。君に干渉してはいけないんだった。でもまぁ、老人の独り言と思って聞いておくれ。」
私はカレットのそばに向かった。
「この言霊円の話を正確に伝えたくて、たくさんの記憶を覗いては書き起こしてきた。稚拙な文章でごめんよ。でも前に書いたものを書き直す余裕が無いんだ。今はあの桜葉記紀のお母さんの記憶を見させてもらってるんだ。記紀はお母さん似らしいな。赤ちゃんの頃の記紀は本当に普通の可愛い子供だったらしいよ。」
シワシワの手で万年筆を握り、今見ている光景を書き記していく。
記紀のことを愛していた母の姿がありありと綴られていく。
ふと、一瞬だけ手が止まった。
そしてガリガリと凄まじい勢いで情景を記し始めた。
記紀の母の懐は記紀の幸せを願ってまじない師に幸福の魔法をかけてもらった。所詮ただの願掛け、験担ぎだと思っていたようだ。
まじない師は、こちらを見た。どういうことだ。しっかりと目が合う。ニッコリと微笑むと、こちらへ近づいてきた。
「そして近づいてきたまじない師は今この時代のカレットの首を切ってしまいましたとさ。めでたしめでたし。」
私は驚いた。
今まで部屋には誰もいなかったのに。
「やぁ。驚いたかな?僕の名前はダンケ。魔人だなんて呼ばれてるんだ。」
私はただただ口をパクパクさせるばかりで声が出ない。
ダンケはカレットの首をそこらへ投げ棄てるとこちらへ手を伸ばす。
しかし私自身に触ることは出来ない。
「はー、やっぱりすごいな千の国の技術は。君は遠い別の次元、ましてや別の時間から僕らを見てるのだろう?だが、君には一度だけこの世界へ干渉する権限がある。…今、僕に殺されるために干渉するなんでどう?愉快で楽しいよねぇ。」
私は首を横に振った。
「まぁそうかぁ。でもいつか時空を超える魔法は作るつもりだから、この媒体越しじゃなくて直接会えるかもね。」
ダンケは私の頭や肩をペシペシ楽しそうに叩いた。
「さて、カレット・ヘブンズドアは死んだし、どうする?」
ダンケは窓を開けて笑顔で振り向いた。
「君はさ、ここまでの話を読んで何を考えたかな?僕がたくさん違和感を用意してあげたけど、それについて考えたことある?瑞歩の刀はなんで裁の都にあったのか。アダムは小さい頃誘拐されてたのに、いつお母さんから呼春小梅なんていう短刀を受け継いだのか。現物はいいよね、簡単に仕込めるからさ。」
ダンケは手をヒラヒラと動かしながら馬鹿にするように笑った。
「じゃあ、たくさん苦しんでくれてありがとうね。あ、そうだ、記紀の倫理観を壊しておいたのもアイちゃんの病院から輸血パックを盗んでおいたのも僕だよ。」
私には何も出来ない。
「それじゃまた会おうね。」
そう言って姿を消した。
たった一度だけ、私はこの世界へ干渉することができる。
私はカレットが書いていた話に今起きたことを書き足した。
私には1つ確信できることがある。
それは、いつか奴を討つことができるだろうということだ。
奴が私を殺すのが先か、
私が奴の死を見届けるのが先か。
「幽影の業火」へ続く




