正義の子
裁きの時が来た。今この世にいない者を裁く不毛な裁判。この結果が誰を救うこともないが、結局は娯楽の一端でしかない。
デウスさんを有罪であると言うならばの話であるが。
私はそれに真っ向から反対する。
どちらも正義だ。正義の反対は正義である。悪ではない。
でも本音を言うと、私の心は私を善であると言いたがっている。民衆たちを悪と呼びたいと思っている。
しかし議論とは悪を打ち倒すためのものではない。自分の意見を様々な視点から見て、それから伝えたいことを伝え合い、支え合い、磨き合い、より良いものを目指していくものだ。私は、そういった裁きを下したい。デウスさんのことを少しでも分かってほしい。広い視野を持って話を聞いてほしい。
一歩一歩、広場に用意された舞台の階段を登る。ザワザワと民衆たちは声を止めない。
「皆さん、裁きの時間です。これより、デウス・ヘブンズドアの裁判を始めます。」
マイクに向かってそう言うと、少し声が少なくなった。
深呼吸。落ち着けば大丈夫。
「まずは一つ問いたい。皆さんはデウスについて何を知っていますか?」
パパはいつもより冷たい声でそういった。あちらこちらから「殺人鬼」「クソ野郎」「狂人」「化け物」と様々な罵倒が聞こえた。少し耳が痛い。
「どう思っているのかはわかりました。しかし、皆さんは『デウスはなぜみんなにそう思われているのか?』と考え、調べたことはありましたか?」
会場が嫌なざわつきに包まれる。少し怖くなってきた。
「そんなことはいいから、早く裁判を始めろ!!」
そんな野次が飛ぶ。
「静かになさい!!そのように結論ばかり求めるから視野が狭いままなのです!!」
それに対してパパは厳しく応えた。
「なぜと疑問に思い、調べることで人は視野を広げ、心を豊かにすることができます。あなた方にはその余裕が無いのですか?今まで何を思って生きてきたのですか?」
短絡的な正義ならば、振るわないことも正義だ。
ふとあの言葉がよぎった。
「人を思いやらずに押し付けるだけの意見を正義と呼んではなりません。人を思い、考え、その果てに導いたものこそ、あなたの正義なのです。」
振るう前に考えろ。誰がどんな理由でその行為に至ったのかを考えてから判断しなさい。
「全てのことを考え、導いた私の答えをお伝えします。デウス・ヘブンズドアは無罪です。」
一瞬だけ会場がシンと静かになった。
しかし直後怒号が飛び出した。
「俺たちは家族を殺されたんだぞ!!!」
「家を奪われた!!!」
「何を考えているんだ!!!!」
パパは、見たことも無い怖い顔をして反論した。
「デウスは家族や奥さんをこの国に蔓延る化け物に殺された!!お前たちはその話を一切信じず、挙句の果てには気が狂っただの、ホラ吹きだの、散々馬鹿にし、嘲笑い、蹴落とした!!
デウスはお前たちによって何より大事な奥さんの遺影や思い出がある家を目の前で燃やされた!!!
お前たちも、デウスにされたことを今までデウスにやってきたんだ。ツケが回ってきたんだよ!!自業自得にも程があるッ!!」
「今、これから我々にできることはデウスを裁く事じゃない!!隣人の話に耳を傾け、言葉でコミュニケーションをとり、心を伝え、手を繋ぐことだ!!」
「だから私は、こんな無意味な裁判でデウスに罪を背負わせたくはない!!私は、デウスを無罪であると主張し、これを判決とする!!」
パパは、みんなの話を聞こうとしなかった。聞いても無駄だ。なんなら散々聞いてあげてきたから、もう聞かなくても分かるんだ。でもそれはみんなにはわからないんだ。みんなにはパパが独裁者に見えたのだろうな。
「死ね!」
「殺せ!!」
できやしない罵倒を投げかける。
パパ、かっこよかったのかな。
まだわからないや。
ママのもとに戻ろうと思った時、
「死んでしまえ独裁者!!!」
単純明快な罵倒に、初めて違う音が混ざった。
誰か、手を叩いたんだろう。
慌てて振り返る身体とは裏腹に、頭はそう考えてていた。そう願っていた。
「パパっ!!!」
パパのおでこの辺りが赤かった。
会場には悲鳴が響いた。
マイクがドサッという音を拾ってから、何も音を拾わなくなった。
響いていた悲鳴が歓声に変わった。
「やっぱり俺たちが正しいんだ!!」
「悪は滅んだ!!」
「これで平和に暮らせる!!」
走った。
「パパ!パパァ!!!」
みんな僕をキラキラとした目で見てくる。
「見ろ!あの子だ!」
「小さな英雄!!」
「かわいい!」
「良い子だ!!」
大人たちは僕の手を掴むと、パパのことはそっちのけで僕を胴上げし始めた。
壇上に人影がある。ママだ。泣いてる。そばに行きたい。慰めなきゃ。でも、僕も泣きたい。
「パパ…パパ…!!」
「君は正義の味方だ!!あんな父親と違って素晴らしい子供だ!!!」
ねぇ、パパ、なんで僕はここにいるの?
なんでパパに近づけないの?
ママのそばにいてあげられないの?
ごめんなさい。
デウスさん、ごめんなさい。
神様、許してください。
僕を、パパとママのところへ行かせてください。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
もう言葉にもならない。
大人が怖い。逃げられない。
涙が止まらない。
カラスのお兄さん、僕が間違っていました。
浅い考えの正義は誰も救えませんでした。
取り返しのつかないことをしてしまいました。
「もうやめて…嫌だよ…」
それを聞いた大人たちは興醒めしたのか、僕を降ろしてさっさと帰っていった。それと同時に病院の人が大急ぎで来た。
ママやたくさんの大人たちはパパを取り囲んで何か話している。
僕は、パパの顔を見れない。見ちゃダメだって目を防がれた。
パパは病院に運ばれた。
助かるわけがなかった。
ママは泣いていた。
僕は、やっとパパの顔を見れたのに、もう何も出てこなかった。
「ママ…」
「ごめんね、まだママはパパとお話がしたいの。ライムは先生たちに遊んでもらって。」
ママ、僕もう子供じゃないよ。ママが辛いのも分かるよ。遊んでほしいんじゃない。ただ、僕がママのそばにいることを思い出してほしかったんだよ。ママは1人じゃないんだよって言いたかったんだ。
でも、ママがお喋りをしたいなら、僕はここにいない方がいいか。
ママ、僕のこと憎んでいいよ。僕のせいでこんなことになったんだ。
パパ、まだみんなに話したいことたくさんあったんじゃないかな。
みんながパパの話を理解して、自分で調べ物をして、パパのもとに話をしに来ることを楽しみに思ってたんじゃないかなぁ。
パパの葬儀はアリアド教会で行われた。神父さんや教会の子供たち、僕とママ以外は誰もいなかった。でもたくさんの手紙が届いた。行きたいけど、人々の相手で来れない。ほとんどそんな内容から始まる手紙だった。
僕は、大人が怖くなった。




