家族の再会
ルグレ・プリート。デウスの妻であるユニの父であり、カレットの祖父に当たる人物だ。
彼は街の中央付近に住んでいる。娘をよく愛する頑固者として巷では有名だった。
そんな頑固で有名な彼であるが、この数年、とある考えが変わってきていた。
『あの愛娘が心から愛した人物が悪人であるわけがないだろう。』
そう思い至り、ルグレは自分の力でデウスについての情報を集めた。
住人からは変人、狂人、殺人鬼など、とにかく危険な人物だと聞いた。一方城に関わりのある人物たちからは英雄、慈悲深い人、 憧れというようなとても愛すべき人物だと聞いたのだ。
娘の選んだ相手。どちらを信じるかと言われれば都合の良い方を信じたい。
ルグレはあの日のことを悔やんだ。あの日から、本当にデウスはルグレの前に現れなかった。カレットの顔も見れていない。今更会いたくなってしまった。
しかも今、何かとんでもないことが起きている。2人は無事だろうか。
ここにもし避難してきたら、僕は君たちの味方だと言って家に入れて保護しなくては。最初は警戒されるかもしれないが…。特にデウスくんは遠目から見てもかなり酷い虐めにあっていた。心の傷も相当深いだろう…。
彼の好きなクロワッサンはいつも用意していた。ユニが彼の好物について何度も話していたから覚えていた。
……僕は、彼らにどう思われたいんだろうか。
街の騒音が落ち着き、ルグレは外に出た。あちこちから煙が上がり、本で読んだ戦争というものを彷彿とさせる。
2人ともどうか無事でいてくれ。
そんな時、遠くから誰かが歩いてくる音が聞こえた。
カツカツ、コツコツ。
キラリと陽の光に宝石のような薄緑の髪が輝いた。
「…デウスくん…?」
不気味な姿をした彼は僕を見て微笑んだ。
「やぁ、お義父さん。長い間会ってませんでしたが、御体の調子はいかがですか?」
「うん、すごく健康だよ。…美味しいクロワッサンを置いているんだ。外は危ないから家に避難するといいよ。」
少し妙な気配がするものの、ルグレはデウスを家に招き入れようとした。
「今更ですか。」
「えっ…」
それがデウスには気に食わなかった。
「お義父さん、貴方は今誰と話しているのか、自覚は無いんですか?」
「…誰ってデウスくんだろう?」
「そうと言えばそうですけどね。」
デウスはルグレに近づくと、ルグレを地面に押し倒し、馬乗り状態で拘束した。そしてゆっくりと刀を抜く。
「ねぇお義父さん、僕はみんなの望み通り、変人で、狂人で、殺人鬼になったんですよ。でも、みんなの望みを聞いたというのに、誰も喜ばないんです…。お義父さんはどうですか?嬉しいですよね?」
ルグレは必死に考えた。命乞いをする訳では無いが、こんなのはルグレの望むデウスではないのだ。
「…僕は、嬉しくないよ。」
「…は?」
「だって、今君は全く幸せそうに見えないじゃないか。」
思い違いかもしれないが、一瞬だけデウスの瞳が赤く見えた。
「…貴方の話が全く分からないんですけど。お義父さん、何が言いたいんですか?」
「僕は、君にも幸せになってもらいたいんだよ。ユニがいなくなった苛立ちで、君とカレットに酷いことを言って終いには顔も見たくないなんて言ってしまって、とても後悔しているんだ。何も知らなかったのに、噂だけを聞いて知った気になっていた。もっと早く君を知っていれば良かったんだ。」
「すまなかった。許されるつもりは無いよ。」
ルグレは目を閉じた。デウスに起こった全てを理解し、覚悟を決めたのだ。
「お義父さん、僕は未来永劫、ユニのことを誰よりも愛していますよ。」
そう囁いてデウスは刀をルグレの心臓に突き立てようとした。
しかし、液状の銀色の何かがデウスを覆った。
「父さん、やめて!!」
その声の主はカレットだ。ヴァロナも一緒にいる。銀色の何かはカレットの水銀刀のようだ。
デウスはすぐに水銀を切り刻むと、全員から距離を取った。カレットはルグレに駆け寄る。
「おじいちゃん!」
「カレットか…立派な青年になったなぁ。」
ルグレはカレットの頭を撫でると嬉しそうに微笑んだ。
「ルグレさん、怪我は無いか?」
ヴァロナがルグレの身を起こした。服が汚れているだけで特に外傷は無さそうだ。カレットとヴァロナはホッとした。そして、デウスに向き直る。
「街をここまで破壊したのは、父さんなんだってね。ねぇ、どうしてこんなことをするの?」
「……どうして…?」
どうして、と言われれば、結局、どうしてなんだろうか。
「わからない。」
「自分が何をしているのか、なんで人をこんなにも殺したいのかもよくわからない。」
「あぁ、そうだ。家を燃やされたんだ。家にあった家族の遺影も全部無くなったんだ。」
「ユニ、ユニに会いたい。」
「…お義父さん、ユニはどうして今半分しかいないんですか。」
「ほら、今貴方を助けに来たその子ですよ。」
「その子が半分だけユニなんです。」
デウスは突然引きつったような笑い声を上げ始めた。
「アッハッハッハッハッ!もうなんにもわからねぇや!全部全部どうでもいい!!早く死にたい!二度と生まれたくない!!!でも全員殺したい。お前も、お前も、お義父さんも。」
カレットは父の狂気に怯えた。しかし、ここで退いてしまえば、後悔しかないということだけはわかる。
「…あー、カレットだったよな。いいよなお前。お前には俺がいるんだぜ?でも俺にはいない!パパもママもユニもオレオル様もオレオル様の御家族も全部全部奪われた!!そして、やっとできた友達もろくな奴じゃなかった……。」
そう言ってヴァロナを睨み付けた。ヴァロナはそれにたじろいだ。
しかし、退いてはならない。
「デウス!俺はお前の味方だよ!手紙も薬と一緒に入れてただろう?まだ読んでないのか?」
「手紙…?あの紙屑のことか。棄てたよあんなもん。読めやしねぇしさ。でもあの薬は持ってるよ。毒薬だろ?早く死ねってか。」
ケラケラと笑いながら薬の瓶をチラつかせる。
しかしそれに怒ったのはカレットだった。
「ヴァロナさん、毒薬ってどういうことですか?!」
「…本当にデウスを救うには、かなり特殊な殺し方をしなくちゃならない。肉の一片も、骨の一欠片も残さない方法。それがあの毒薬なんだよ。」
カレットに教えるように囁いたつもりだったが、デウスにも聞こえてしまったようだ。
「へぇー便利だな。まぁもうしばらくコイツは持っておくとしよう。」
デウスは毒薬をしまうと、また何かブツブツと呟き始めた。
「…ユニに会いたい、ユニに会いたい、ちゃんと愛してるって言いたい…。」
デウスを中心に何かの陣が広がっていく。
キラキラと光る陣がずるりと蠢き始めた。
「アドベント・テラリウム終式九二七型、メモリーテイル…。」
そう唱えた瞬間、地響きが聞こえた。
「おじいちゃん、俺たちから離れないでね!大丈夫だから…」
陣に沿って一気に何かの蔓が壁の様に生えた。そして至る所に色とりどり、様々な花が咲き乱れ始める。
うっかり綺麗だと思ってしまった瞬間だった。
目の前にハエトリグサのような巨大な植物が生えた。そしてカレットたち全員をその口で捕らえると、空に向けて打ち上げるように放り投げた。陣の外に追い出すつもりのようだ。
「父さん!!」
デウスは陣の中央にいる。そして蹲るところまでは見えた。花の壁はまるで迷路のようになっていた。
今、上空何メートルだ?これで地面に叩きつけられたら死ぬよな?
「う、うわああああああああ!!!」
とてもじゃないが、魔法を使う余裕も、黒い翼で飛ぶ余裕も無かった。
もうダメか…?
「カレットォ!!」
その声とともに、地上で3人ともキャッチされた。
「イオタさん!」
「間に合って良かった…こっちですごい音がしたと思えばお前たちが空から降ってくるから…」
「ありがとうございます…!」
「カレット!」
「アイちゃん!みんな!」
「イオタを追いかけてきたんだ!」
集まれる人間は今ここに揃っている。
「父さんを、助けなきゃ…!」
一体何が救いであるのかも分からない。しかし、何をするべきかだけはよくわかるのだ。
この迷路を抜ければデウスがいる。
カレットたちは迷路の入口を探すことにした。




