500年の乖離
時は数刻前に遡る。栽の都を一通り見て回ろうと、霊残は兄の声と共に風のように走る。有り得ない場所から花が咲いたり、雷が降り注いだり、街は悲惨な状態だった。
「兄ちゃん、どういうことだと思う?」
『どうと言われてもな…。一体誰がこんな…』
そう会話をしているときだった。
霊残が何かに躓いた。誰かに足を掛けられたらしい。とてつもない速さで走っていたのだから転べばひとたまりもない。飛んだ勢いのまま霊残は空中で前転をして体勢を立て直した。
「さすがイオタだ。」
パチパチと手を叩く音。
「…毘沙門天。」
ニンマリと奴は笑う。
「なぁイオタ。お前と俺はこの500年近く、とても良いライバルだった。ここいらで最終決戦なんてどうだ?」
「ライバルだと…?ふざけるのも大概にしろよ。」
「ふざけてなんかいない。俺だって頑張らなきゃならなかったんだ。言狼や閏の中で最も強いお前の足止めをする役割をな。」
「お前さえいなければ…。」
「救えた者は多いだろうな。お前の血を継いだ白いヘルゲートはもれなく俺が殺してきたからな。」
「…っ!!」
霊残は龍の幻影を作り出そうとした。
「効くと思うか?」
毘沙門天が刀を振るうとゴウッと風が舞い、幻影をかき消した。
「俺はいつも負けてやってたんだ。しかし今回は勝てと言われた。」
「言われた…だと?」
「少し運命が違えば、俺たちは仲良くできていたのかもしれないのにな。」
ヒュッと消えたかと思うと、霊残のすぐ側にまで間合いを詰めていた。
斬撃を刀を盾に防いだ。しかしその重みは尋常ではなく、50m程離れた民家の壁に叩きつけられた。
「お前が強くなった分だけ、俺も人間を食わされた。だから俺とお前の強さは同等なんだ。」
これといって平気だというような顔で霊残は立ち上がる。
「お前は誰の命令で動いているんだ?あのギリスとかいう奴ではないだろうし。」
毘沙門天は眉間に皺を寄せて呟いた。
「桜葉 記紀だ。」
『何!?』
「何故あんな奴に従うんだ!!」
「兄さんを護るためだ。」
「兄さん…?」
「フラギリス・ボースハイト。俺の大事な兄さんだ。」
「兄さんは弱いが、その分とても優しい人だ。だから奴は兄さんを利用したんだ。」
「兄さんは…無口で愛想の悪い俺の事も大事に扱ってくれた。俺の父さんがどんな奴だったかを知ったって、俺を愛してくれたんだ。」
「俺はあの人の弟でいられて心底幸せだ!だから、だから!奴の命令に従わなくてはならなくなった!!逆らえば兄さんを殺されるなら、俺はどんなことだってやる!!たとえそれがお前の家族を奪うことだったとしてもだ!!」
そんな叫びの中でもお互い攻撃はやめない。一瞬の油断が命取りになりそうだ。
しかしたった一つ、確実な勝機はある。
「とでも考えてそうな顔をしてるな。」
そう言われてギョッとした。
「お前、俺の刀はお前のものと違うはずだと思っていただろう。」
「…まさか」
「あぁそうだ。俺の刀もサンタマリア病を引き起こす。…言っただろ俺はお前と同時に強くなってきたんだと。」
『霊残、気にするな。お前なら十分勝てるはずだろ。』
そうだ。そうに決まっている。
しかし冷や汗が頬を伝う。
「お前たちの刀と同じ鍛冶屋に頼んだんだ。ものすごく面倒くさがられたが、正当な対価と謝辞を寄越せばすぐだったよ。『美術品としての扱いでなければなんだって構わない』…なんて言ってたなぁ。何でそう思ってしまったか…。今まで見てきたどんな刀よりも美しいのにな。ちゃんと見たか?お前ら。」
せっかくだから見てみろと毘沙門天は時間を寄越した。確かにとても綺麗だ。刃紋もまるで花のように美しい。そして日に照らせば仄かに青く輝く。
「美しいと伝えれば、鍛冶屋は嬉しそうに笑ったんだ。…もしお前が勝ったら、その鍛冶屋に礼を言いに行け。俺が勝っても、俺が伝えに行く。」
ここまで話していてひとつ確実に言えることがある。
毘沙門天とは、正しく生きていられたとしたら、本当に気遣いのできる優しい子であるはずだった存在だ。
しかしこちらとて、正しく生きていられたとしたら、ただの仲の良い兄弟で、円満な家庭であれたはずの人間なのだ。
譲れるものは無い。
背景が何だ?過去が何だ!?
そんなものが許しの理由になるものか。
被害者が興味を持つものは加害者の顔と名前と殺し方だけだ。
憎い。どう抑えるべきかわからなくなるほどに!
「お前に殺された俺の家族の分、お前を斬る。」
「やってみろよ。ヘルゲートのパパさん。」
霊残は静かに目を閉じた。
『霊残、落ち着け。お前の気持ちは痛いほどわかる。でも、恨みを晴らすことだけに囚われるな!』
「兄さんは黙ってろ!!アイツは俺の敵だ!!」
『霊残!!』
毘沙門天はおや、とその様子を伺う。そして勝利を確信した。
今の奴は少々まともではない。
500年も生きているんだ。どこかしら壊れ始めても仕方ないだろう。
「おい、イオタ。愚かな竜が1人で勝てるのか?」
たった一言煽れば良い。
霊残は挑発に乗ってしまった。
刀を地面に突き立てると周囲に木の芽が出始め、瞬く間に太い幹を作った。
「不死の樹海。」
『霊残、やめろ!!』
「レイラを…フラムを…みんなを返せ!!!」
「生きてさえいれば!明日もケオの料理が食べれたんだ!!!」
「生きてさえいれば…みんなと一緒にいられたんだ…!!!」
なにか嫌な気配を感じた毘沙門天は攻撃を仕掛けた。
「リフレソロジー」
集中さえしていれば、反射で霊残のいかなる攻撃も防げる呪文。
「ルーシーダットン!!」
霊残を樹海ごと斬りつける。
しかしバラバラに散った木屑に火が灯された。
「不死の火口。」
霊残の嫌に静かな声が響いた。
地鳴りとともに地面にヒビが入った。
ドォォォォオオンッという爆発音と共に浅いはずの地面から溶岩が吹き出た。
術を展開していて正解だった。反射で身を翻し、溶岩の粒を避けきった。
「チッ…」
霊残の舌打ちが聞こえる。
よく見ると頬の辺りに火傷の痕。
これは、死なば諸共とでも言いたいのか。
確実に殺しに来ている。
なんせこの500年で1度も見たことの無い技ばかりだ。
あぁ本当に。
罪と過去に因果を持たせるつもりは無いらしい。
怒れる竜に容赦など無い。
だったら、それ相応に立ち向かってやろう。
俺だって、兄さんのためならどんな事でもできるんだ。




