覚悟する弱虫
アダムを中心とした一行はオピスを探しながら街を歩いた。アダムはアイとつゆを護るように、ギリスや大黒天はアダムを護るように、ロアーは、ギリスを護るように。
「パパ、俺ももう強いからそんなに気を張らなくていいよ…」
アイが呆れた声で訴えた。
「アイちゃん、それは無理なお願いだね。だってあの黒蛇とこれから対峙することになるんだよ。パパがアイちゃんとつゆちゃんを護らないわけがないじゃないか。」
窘めるように、怒りを抑えるように、アダムは優しく優しくアイに笑いかけた。
アダムを護りたいアイからすれば不満はあるが、それがアダムの願いならと、アイはつゆを護ることに全力を尽くそうと誓った。
遠くから近くから、あらゆる場所で爆破音が聞こえる。その度にギリスはビクッと肩を跳ねさせた。
「ギリス様、さすがにビビりすぎですよ。そろそろ慣れてください。」
ロアーですら呆れた。
「そんなこと言ったって…いつ奴が来るかわからないし、俺はお前もアダムもみんな護りたいし…。」
「あなたみたいな弱虫に護られなくても大丈夫ですよ。私たちには大黒天さんがいらっしゃいますから。」
アダムが冷たく言い放った。
「…だよなぁ…。」
そんなギリスの肩をアイはポンポンと叩いて慰めた。
「大きくなったなぁ、アイちゃん…。」
「なんかギリスは小さくなったな。」
いくら冷たくされても、容赦なく罵られても、ギリスはアダムのことがまだ大好きだった。
その一方、大好きだからこそある決意を抱いていた。
ギリスは今日、強くならなくてはならない。
「オピスの奴いませんね…。」
大黒天が辺りを見回した。
「あっ」
つゆが何かを見つけた。アイの手を引いてそこまで走る。
「…ヘビ?」
「ヘビの赤ちゃんだね。」
弱った様子の赤ちゃんヘビが助けてと言うようにつゆを見つめた。黒い身体に黒くてきゅるんとした可愛らしい眼。
「一緒にくる?」
つゆはヘビを手のひらに乗せた。
「おい、毒があったらどうする?!」
アイは警戒する。それにつゆは微笑む。
「きっと大丈夫。ヘビちゃん、オピスっていう人を知ってる?」
明るくふざけてつゆはヘビに問いかけた。
それにヘビはこくんと頷いた。
つゆとアイは目を丸くして驚いた。
「パパ!このヘビがオピスの居場所を知ってるって!!」
「は!?ヘビが!?」
アダムが珍しく大声で驚いた。
「つゆちゃん、そのヘビを離しなさい!!もしかしたら奴が差し向けた敵かもしれないですよ!!」
それにつゆよりも驚いたのはヘビだった。
精一杯首を横に振る。そんなつもりは無いのだと必死に訴える。
「ヘビちゃん、あなたは敵なの?味方なの?」
その問いはYesかNoでは答えられない。だからヘビはスリスリとつゆの人差し指に頬擦りをした。
「ヘビちゃん敵じゃないって!」
絶対騙されている。そう思ったアダムは大きくため息をついた。
ヘビはアダムの興味が逸れたことを確認すると、つゆにオピスのいる方向を指し示した。まるで指をさすように頭をその方向に向けてクイクイと動かす。
「ヘビちゃん、そっちにオピスがいるの?」
ヘビは頷く。
「みんなー!こっちなんだって!」
つゆは全員に声をかけた。
どうせどこにも心当たりはない。
ヘビの示す方向へ歩を進めた。
そこは街の中でもよく目立つ高い塔の前。植物の蔓が這う、古い建物のようだ。
黒い髪に黒のコート。5本の黄色く細い帯状の飾りが揺れる。
「待っても待っても来ないから迎えに行かせたんだ。」
奴は振り向くとヘビの方に手を差し伸べた。
「赤ちゃんのくせによく出来たじゃないか。さ、戻ってくるんだ。」
やっぱりかとアダムはヘビを殺すためにつゆの方を向いた。
「…?!」
驚いたことに、ヘビはオピスを拒絶していた。首を横に振り、つゆの指に絡みついて嫌がる。
終いには威嚇までして見せた。
「ヘビちゃん…!」
「…それならつゆちゃんを全力で守るのですよ。」
アダムはまたオピスに向き直った。
ヘビは少し震えながらオピスに対峙する覚悟を決めた。
それを見て、ギリスも怖いという感情を押し殺そうと深呼吸する。
「怖いなら逃げるのも勝利ですよ。」
一瞥もくれずにアダムは呟いた。
「…。」
ギリスは知っていた。オピスの強さはペットの中でもNo.2だ。記紀に自慢げに話されたことがある。
オピスは相変わらずニコニコと笑っている。
「うんうん、久しぶりに見る顔がたくさんだ。特にアダム、久しぶりだ。これで会うのは3回目かな。」
「いえ、あなたと会うのは2回目ですよ。私の目の前でイブを殺しやがって…。」
「いいや、これが2回目じゃないんだ。でもさすがにこの顔じゃあわからないよなぁ。」
少し考える。
「…じゃあこう呼んでみようか。」
「クチナワ。」
全員が疑問符を浮かべる中、明らかにアダムは動揺を見せた。
「どうして…その名前を…?」
「だってそんなの、」
「俺がつけたからに決まってるじゃないか。」
アダムの呼吸が乱れる。やがて胸の辺りを押さえて膝をついて座り込んだ。
「パパ!?」
アイが駆け寄るが1歩遅かった。
その場にアダムが吐いた。
「やっぱり覚えてるんだ。」
「ゴホッゲホッ…おぇっ…」
「大黒天!アダムを頼む!!あとつゆちゃんやアイちゃんも安全なところに避難させてくれ!」
アダムの異常を見てギリスはいよいよ自分がやらなくてはならないことを理解した。アダムのために、イブの仇を打つために。
頷いた大黒天はすぐ行動に移った。
しかしアイはもう弱い子供ではないのだ。
「ギリス、俺もやるよ。」
ザッと地面を踏み鳴らしてギリスの横に立つ。
「…ありがとう。すごく心強いぞ。」
アイの本気の目を見てギリスは微笑んだ。本当にこの子は強くなったのだと。
いざ。
顔を上げればニヤニヤと笑うオピスの姿があった。




