ポイは破られた
カレットは恐ろしい形相の住民たちに囲まれていた。進めないために状況が掴みにくい。
「お願いします!道を開けてください!!」
「ヘブンズドアを通すな!!街を守れ!!」
カレットには何故ここまで恨まれているのかわからなかった。誰も説明などするはずが無いのである。
どうすればいいだろうか。
傷つけるわけにはいかない。
でも正直言うと本当に邪魔だ。
「どいてください!!!」
そう叫んだ時だった。
ピンッと糸を張るような音が聞こえたと思った時にはそれ以外の音は消え去っていた。
そしてふと、ぼとりぼとりと鈍い音が雨のように聞こえた。
それはカレットのそばから。
「うわ…わ…!?」
カレットを取り囲んでいた住民たちが首や手足、指や胴体あらゆる箇所を切り刻まれて崩れ落ちた。
カレットは思わず腰を抜かした。
「やぁ、災難だったねカレット坊ちゃん。」
「…あんたがやったのか?」
「そうだね。だっていつ坊ちゃんに手を上げるか分からないような人間ばかりじゃないか。僕は坊ちゃんを保護しに来たんだよ。」
「なんでだ?」
「御主人様のお願いさ。カレット坊ちゃんをできるだけ無傷でデウスの元に連れて行けって。さぁ、一緒に行こう。」
手を差し伸べ、カレットに近づこうとした。
「先に聞く。あんたの名前はなんだ。」
そう問われ、ふふんと笑いながら答えた。
「ハウドヴィス。」
その名を聞いた瞬間、カレットの目の色が変わった。
春紫苑を構え、攻撃の体勢に入る。
まずは空から動きを抑えよう。
「扉透天、篠突く雨!!」
まるでマシンガンのような音が近くの家々の屋根を突く。そんな中、ハウドヴィスの上にはガラス屑が降らなかった。
「なっ…?!」
「君たちの情報なんか筒抜けなんだよ。たまに強い閏が本気で攻略しに来ることもあったろう?地下に情報を流す通路があったのさ。」
「つまり、対策しない訳が無いのさ。」
よく見ると、ハウドヴィスより上空、家の屋根と同じ高度でガラス屑は弾けていた。
昼の太陽によって嘲笑うかのようにキラキラと照らされる。
「さぁ、どうする坊ちゃん?素直に大人しく僕について行く方が賢明なんじゃないのかな?」
もしかするとそうかもしれない。なにせ、確実にデウスの元に行けるのだ。
カレットが賢明な判断を下そうとした。
その時だった。
上空からブチブチと糸を切る音がした。見あげようとしたその時、カレットの目の前に1人の男が舞い降りた。
人間離れした高い背に、黒い翼。
「カレット、よく騙されずに済んだな。」
口元を黒い布で隠す黒い癖毛のその男の名は
「ヴァロナ…?」
カレットは目を丸くした。
これが父の親友の姿。
「カレット、お前の父親…デウスは今非常にまずい状態にある。こんな奴早く倒して俺様とデウスを助けに行ってくれないか?」
「は、…はい!」
その様子に当然ハウドヴィスは怒りを露わにする。
「ヴァロナ…一体どういうつもりだ!?」
「御主人様に聞いてないのか?俺様はお前らを裏切った。タンランも俺様の言うことを素直に聞いてくれている。」
「御主人様は知ってて…なんで僕に知らせが来てないんだ!?」
「さぁな。お前も裏切ろうと思うかもしれないからかもな。」
「僕が御主人様を裏切る!?断じてあるものか!!僕は御主人様の1番のペットなんだぞ!!!」
ハウドヴィスは突然取り乱しだした。
「そんなこと知るか。そんなに気になるのなら、直接御主人様に聞けばいいだろう?」
「あぁ、そうするよ!!」
ハウドヴィスは急いで来た道を戻り始めた。
「…一矢報いてやりたかったか?」
「いえ、俺はただ父さんが早く助かればそれでいいんです。」
「…そうか。」
ヴァロナにはカレットにこの先の話をする勇気がまだ無かった。
『君の父さんと一緒に死のうと思っている。』
…言えるはずが無かった。
「…行こう。デウスが待っている。」
待っていれば良いのだが…。




