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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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追憶のイオタ

イプシロンは初めてあった頃はオドオドしている奴だった。俺に対してもちゃんと先輩と敬い、可愛い後輩だった。しかし、俺が敬語じゃなくてもいいと言ってからはまるで親友のようになった。


最初はイプシロンもとても弱かった。俺の後ろに隠れながら閏の攻撃を回避するのが精一杯なほど。俺が大怪我をした時は泣きながら看病をしてくれた。自分だって怖かったろうに、泣かせてしまって申し訳なかった。


孤児院の年長だったためか、イプシロンはとても料理が好きだった。一緒に住んでいた頃は毎日彼の料理が楽しみだった。美味しいといえば笑顔で喜んでいた。そして次に出される料理はさらに美味しいものになっていた。その代わり片付けは苦手なようで、俺が片付けの担当だった。


ある日、イプシロンは自分の力に気がついた。どうやら炎を操ることができるらしい。「これでもっと料理がしやすくなる。」と冗談のように言っていた。あの時は少し呆れたものだった。だが、イプシロンが嬉しそうだから俺も嬉しかった。


本来、力が判明したら別々に暮らすことも多い。しかし、俺はもっと彼の料理が食べたかったため、別居は先送りにした。


イプシロンも背を預けられるほど強くなった。俺の持つ辰の力とも相性が良いのか負け無しといった具合だった。負けないということは、その分仲間を何度も見送るということでもあったが。墓も残らないということは知っていたが実際に目にしてしまうとそのショックは大きかったようだ。段々と俺にだけ弱音を吐くようになっていった。仲間を失うたび俺も寝込む。だからその気持ちはよくわかっていた。



イプシロンが来て5年目だったか、そんな時期に事件が起きた。イプシロンが俺の秘密を知ってしまった。誤魔化せないところまで見られた。どうしても彼に嫌われたくなかった俺はとうとう別居を提案した。「見てしまったものが夢だったと思えた頃にまた会いに来て欲しい。」そう伝え、代々イプシロンの家系の者が住んでいる家に送り届けた。


次の日には会いに来てくれたが。

「あんなことがなんだっていうんだ。オレはお前を嫌いになったりしないよ。」

本当に泣き虫な奴だ。心ではそう思っていたが、その時は俺も泣いていた。


しかし、別居は始めることにした。もし一緒に暮らしている間に彼が死んでしまったら、熱を出すだけでは済まないかもしれなかったからだ。彼もそのことをちゃんと理解してくれた。随分ぶりに自分で作った料理は正直美味しいと思えなかった。どれだけ舌が肥えてしまっていたというんだ。思わず笑ってしまった。


神無月の収穫祭の夜、悪ふざけと思ってイプシロンの家にお菓子を貰いに行った。なんの約束もしていなかったのに、彼はクッキーとかぼちゃプリンを用意して待っていた。「仮装してくればよかったのにな。」だなんて言って笑われてしまった。


みんなが彼の料理を愛してくれることが嬉しかった。誰に美味しいだろうと尋ねても心から頷いてくれることが幸せだった。この幸せを生み出してくれる彼がより長く、永く生きてくれることを心底願った。せめて永くは不可能であっても。



しかし、長くという祈りすら絶える時が来た。文月のある日、二人の少年が「死の予言」を携えてやってきた。それを知っていたならば、多少の覚悟はできただろうか。現実としては知ろうが知るまいが大差はないのだ。


だって、受け入れられるものか。今まであったものが、当たり前だったものが無くなるということが。昔誰かに「死を本当に恐れているのは遺される人間の方だ」だなどと聞いた。今まではそれが真であると思い込んでいた。しかし、怯えて震える俺の手なんかよりも震えている彼の強がった声を聞いてしまえばそんな考えは簡単に覆ってしまうのだ。


生きていたいと、死にたくないと、カレットもサンピもシータも眠った後に何度も聞かされた。その度に彼を抱きしめて生きてほしい、死んでほしくないと叫んだ。


今までの仲間たちにはしてやれなかったことが沢山ある。予言があったからできることを彼には沢山してやろうと思った。最期の時はできるだけ側にいようと決意した。彼の血肉の一片もよこすまいと誓った。

なのに、なのに。

ほんの3キロだ。

ほんの3キロ離れていたばっかりに、側にいてやれなかった。両腕も、頭すら喰われてしまった。

不甲斐ないなどと言っていい話じゃない。

死ねるのなら自害をしたいほどのことだ。

だが、俺が死んでる場合でもない。


結局酷い熱が出た。しばらく本気で寝込んだ。いや、寝込んでやった。

彼の本当の名はケオ。素敵な名前だと思う。


しかし、そんなことより彼の料理が食べたかった。

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