夜明け前に
王子たちの会議の結果、比較的力のあるカレットは個人で乗り込むことになった。他のメンバーも1人から数人に分けられた。しかし霊残の役割は少し違うようだ。
「第一の作戦はこうだ。まずデンドロンを倒すためにこの分かれたチームで各方位から同時に森に入る。すると1人であるデンドロンは1箇所にしか現れられないんだから、きっと注意が散漫になってこの1箇所以外は手薄になる。デンドロンが現れた人は、この後配る音だけがなる爆弾を使って霊残に居場所を伝える。そして霊残はその俊足を活かしてデンドロンに対峙する人にサンタマリア病の毒から作った薬入りの爆弾を届け、その後は違う場所から森に入ってくれ。デンドロンに当たった人は最終的に地面に穴を開けて裁の都に爆弾を持ち込んで爆発させてくれ。霊残以外の人間なら無事で済むはずだしな。」
王子の説明が続く。
「正直、街に出てからのことはわからない。しかし、ハウドヴィスはカレット、オピスはアダムさんたちが討とう。そして1番弱いタンランはゼータを中心にしたチーム。化け物たちを撃破すれば、記紀にも我々の牙は届くだろう。」
全員が「おぉー」と歓声をあげた。
「作戦決行は今夜。今日の月は夜明け前に真上にくる。だから月が真上に来た時に僕が合図の音を鳴らす。…じゃあ誰がどこに散るか決めよう。」
王子がそう言うと真っ先に手を挙げたのはクセロだった。
「僕とシータがウプシロンさんたちの家の方面から攻めます。僕たちなら体力があるから今から向かえば間に合うはずです。」
「そうか。じゃあ頼んだ。」
「はい。」
クセロは少し戸惑うシータの手を引くと走り去った。
「…他はどうする?」
「クセロたちを中心に一定間隔で空けて適当に配置しても大丈夫じゃないですかね。」
「…カレットの案で行こうか。」
「ねぇクセロ…どうして率先してこっちに行くの?」
「…。」
クセロは黙ったままシータを連れていく。
「ねぇったら。」
何度も尋ねるシータに、とうとう口を開いた。
「僕は、ウプシロンさんたちが死んだことを知っている。」
「えっ…」
「死ぬということも知っていたけど、助けに行こうとはしなかった。なんでだと思う?」
「…遠いから?」
「いいや、勝ち目のない敵だからさ。僕まで死んでしまったら意味が無いだろ?」
「そうね。でも、カレット君には言ったの?」
「言えるわけないよ。…どうしよう。」
「全部終わってから考えるしかないわ。それとも、今から考える?」
「いや、僕達はこれからカイさんとラムダさんの遺体を埋める作業をしないといけない。」
「…そう。」
「嫌なことを手伝わせてごめんね。」
「ううん。いいのよ。きちんと弔いましょ。」
2人はつかず離れずの距離のままに歩いた。
霊残はカレットのそばにいた。
「イオタさん…いや、霊残さん?」
「イオタでいいよ。どうした?」
「いつもと違う服なんですね。」
「…俺、本当は結構寒がりなんだよ。コレは昔から着てるコート。かっこいいだろ?」
「マントと合ってていいと思いますよ!」
「ありがとな。」
霊残は微笑んだ。
そんな2人の元に王子が様子を見に来た。
「そういえば、2人はどこか似てるね。笑い方かな?」
「そうですか?」
「本人はそう思わないものさ。でも僕から見てるとなんだか似てるんだよ。霊残は500年前から生きてるし、遠い親戚なのかもね。」
「ありえませよそんなこと!」
「さすがにないか。」
3人はケラケラと笑った。
やがて夜になり、月が昇る。
「あと数時間ってところかな。」
冬の夜風が肌を裂くようだ。しかしこれからが勝負だ。
「王子、王子はまだ休んでていいですよ。せめて座ってください。」
「いや、これからみんなに頑張ってもらうのにそんなこと…」
そうつぶやくと王子はまた空を見上げた。
刻一刻、その時は迫る。王子が爆弾を手に取った。
しかしその手は震えている。
「王子、やっぱり怖いですか?」
「さ、寒いだけさ。」
「王子は俺と街に入ったあとは城に向かうんですよね。」
「途中までは援護を頼むよ。僕は君たちみたいに強くなれなかったんだ。」
「精一杯頑張ります。」
その時ゴウッと強い風が吹いた。
「行こう。」
王子が地面に投げつけた爆弾は凄まじい音を放った。それと同時に一斉に森へ入る。
霊残はその場に留まり耳を澄ませる。
遠くからもう1つ音が聞こえた。
音よりも早く走る。
その音の行方は
「イオタ!!」
「仁!!頑張ってくれ!!」
霊残は薬の爆弾を仁の近くに置いた。
「吾輩なら勝てるさ!」
仁は大声で笑うと霊残を送り出した。
「なんだか勝手に話を進めちゃうねぇ。」
仁の前に現れたのは黄色い髪の少年。情報の通りだ。
「お前はとりあえず吾輩に倒されるという流れがあるということを分かっててくれればいいさ。」
「あっそぅ。まぁ頑張ってみなよぉ。」
森が騒ぐ音がする。
「ご主人様に、君の前に現れるよう命令されていたんだよ。君はとてつもないイレギュラーらしいからねぇ。」
イチョウのような扇子で口元を隠して笑う。
「君のことは倒してもいいし倒されてもいいんだってぇ。楽しもうねぇ。」
いよいよ森から地を割るような音がし始める。
巨大な木の根が仁に切っ先を向けた。
それに対して仁はまた笑うのだった。




