毒役
ツカツカと寝静まって暗くなった街を歩く。凍える風が吹くその路地の先にデウスが捕まっている檻がある。
「デウス。」
「…。」
デウスは眠っているようだ。
仕方なく檻の隙間から手を入れて揺り起こす。
「…んぇ…。」
「起きろ。」
「…!ヴァロナ!!」
パァっと笑った。
「ヴァロナ、ヴァロナ!!」
「しっ、静かに。街の人が起きてしまう。」
嬉しそうに笑うが、目は疲れきっている。
「…なぁヴァロナ。俺たち親友だよな?」
「…だな。」
「なぁ、ちょっとだけ無駄話をしていいか?」
「いいよ。聞いてやる。」
「……もし、もしもさ、生まれ変わりだとかそういうのがあるのならさ…」
「次は幸せになりたい、とか?」
「いいや、…もう二度と生まれたくないなって。」
「…そっか。」
「なぁデウス。」
「なんだ?」
「ごめん。今までお前のこと騙してた。」
「え?」
「俺様とお前は親友じゃない。」
「何言ってんだ?」
「御主人様に頼まれてたんだ。お前の拠り所が俺様しかいなくなった頃に裏切れってな。」
「なんでだ!!?なんでだよ!!!???」
「より美味しい肉が食いたいだけさ。俺様も御主人様も。」
「じゃ、じゃあ…」
「今までのことは全部演技。まんまとお前は騙されたんだよ。ざまぁねぇな。」
「…。」
「もはや声も出ないか?」
「…やだ、いやだ…嘘でも良いから一緒にいてくれよ…。なんでこんな酷いことするんだよ…。」
「憎むという感情が欲しいんだ。何かを憎む時、人は今までの人生を頭の中で繰り返すんだ。そしていつ何があってこんなことになってしまったのかということを考える。喜び、悲しみ、怒り、苦しみ、様々な感情を思い出しその時と同じくらいの感情がその時に発生する。だから憎しみが旨味に繋がるんだ。」
「お前の人生は全部御主人様に管理されてたんだよ。つまりお前は家畜だ。」
デウスの表情を見るに、決定的な何かが壊れたようだ。
「しばらく寒さが続くだろうからこれを貸してやるよ。」
コートを脱いで投げて寄こした。
「あーあ、ポケットの中に大事なものを入れっぱなしだけどもう渡してしまったし仕方がないなぁ。」
そう言ってチラリと視線を寄越すが、デウスはコートには手をつけず、ひたすら俺様に向けて手を伸ばしていた。
「…じゃあな。それ着てちゃんと生きとけよ。」
檻に背を向ける。
振り返らずに歩き出すとデウスが何かを叫んでいた。もう言葉として聞き取ることができないような絶叫。
街が目覚める。
あぁ、またいじめるんだろうな。
仕方がないんだ。ごめん、デウス。
空を見上げても我慢していた涙が止まらなかった。
それは数時間前のことである。
ヴァロナは記紀に呼び出された。
「何ですか御主人様?」
「…ヴァロナ、君はデウスとは親友らしいじゃないか。」
「そうですよ。」
「うんうん。じゃあ君に最後の任務を言い渡そうかな。」
「…嫌です。」
「ほう?」
「俺はもう御主人様達を裏切ることにしました。」
「…そんなこと関係無いよ。君がこの任務を受けてくれたなら、デウスを少し楽にしてあげるよ。」
「…何をすればいい。」
「彼と縁を切っておいで。それだけでいい。」
それから1時間ほど経った頃、ヴァロナはある男の元を訪れていた。
「…つまり君は、死をもって親友を救いたいと。」
元素の国のはずれに住むオズという科学者の家だ。
「はい。…でもただ死ぬだけじゃダメなんです。跡形もなく消えて無くならないと…。」
「そんな都合のいい毒薬があると思うかい?」
「…ですよね。」
「ここ以外には無いよ。ちょっと待ってなさい。」
「えっ!?」
「…あぁ、あった。昔作っておいたんだよ。…彼の行動はどうも怪しいから、何か彼に抗えるような薬を用意しておこうってね。」
「御主人様と知り合いなんですか!?」
「まぁね。不老不死になる方法を彼に教えたのは私だよ。でもまさかこんなことを企てるとはね。」
「…貴方なら、御主人様の殺し方を知っているんじゃないですか?」
ヴァロナに薬の小瓶を手渡してからオズは思考をめぐらせた。
「賭けにはなるが、彼の知り合いでいくら傷ついてもすぐに怪我が治る人とかはいないかな?」
「えっと、一人います!」
「よし、それなら殺せる。」
「なんでです?」
オズは図表を書きながら説明をする。
「いいかい?不老不死には階級があるんだ。まずは下級、これは栽の都周りに現れる一般閏たちだね。次に中級、これは知能のある一般閏。そして上級、この辺りが君や彼が当てはまるタイプの不老不死。さらに特級、これが私や彼の知り合いに当てはまる。上級まではある方法で殺すことができる。特級からは何を用いたとしてもこの星が消えてなくなるまでは殺すことも死ぬことも無い。不老不死というものはその星の特別な儀式を行った鉱石を体に取り込むことで星と命を繋ぐ行為なんだ。その繋がりを上級までなら断つことができる。」
膨大な量と規模の説明にヴァロナはポカンとしていた。
「…つまり、彼は殺せるってことだよ。」
「なるほど!」
オズは話を続ける。
「あの街に敷いてあるレンガは私とかつて共に過した同僚とで開発した特別なレンガでね、ある一定の割合でケイ素とベリリウムが含まれているんだ。そこに触れるとその毒を含んだ物体は一瞬で反応を起こし、蒸発して消える。だから跡形もなく消えてしまうというわけなんだよ。」
またヴァロナはポカンとしていた。
「…要は毒を飲ませたら彼が地面に触れれば勝ちってことだよ。いい?」
「…分かりました!」
礼をしてヴァロナが立ち去る。
たぶん何もわかってないなとオズは少し笑ってしまった。
そんなことを知らないデウスは小石と罵声の雨の中、ヴァロナのコートを頭から被ってうずくまって震えていた。
「ヘブンズドアの家を燃やしてやろう!」
暴走する正義は止まることを知らない。暴徒はデウスの家に向けて走り出した。ヘブンズドアの家は代々受け継がれてきた木造建築。火を放てば全てが灰になる。家にはユニと両親の遺影がある。形見も置いてある。
笑い声と赤い夜空。
這うように檻の外まで伸ばした腕を踏まれた。
とうとうカレット以外何も無い。
ようやく静かな夜が戻ってきた頃、デウスはコートのポケットに何か入っていることに気づいた。
何かが入った小瓶と一枚の手紙。
手紙にはヴァロナの文字で
『裏切りなんて嘘だよ!大丈夫、俺様はちゃんと味方だからな!!
いつになるか分からないけどいざと言う時はその薬を飲んでくれ。跡形もなく消えることができる特別な毒薬なんだ。一緒に死のう。そしてデウスの家族や王様も一緒に生まれ変わって今度こそ幸せになろう!』
と書いてあった。
だが、デウスには最早文字を読む力も残ってなかった。目は見える。しかし何と書いてあるか、理解ができなかった。ただ何となく、その薬が毒なんじゃないかという考えだけが頭の中にあった。
『もう二度と生まれたくないな』
デウスのその言葉がヴァロナには深く突き刺さっていた。デウスが今までどれほど辛かったか、悲しかったか、その言葉だけで十分わかる。
しかし、ヴァロナはデウスと一緒に次こそ幸せになりたいと思っていた。
だが、それがデウスの望みなら。
今までデウスの観察のために使っていたカメラを城の外の窓からオレオルの部屋に向かって投げ込んだ。それにはデウスのたくさんの思い出が詰まっている。王子ならわかってくれるはずだ。涙を拭き、灰になったデウスの家の前に立つ。石細工をしていた甲斐があった。先祖代々の作品達は灰の下で壊れずに残っていた。




