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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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ヘブンズドアの迷信

ケオの遺体は両腕と頭部を失っていた。

右腕は自ら切断、左腕は引き千切られ、頭部は少しずつ食われていったのだという。

カレットはケオの声を思い出しながら石を彫り進めていた。

休憩をするために家に立ち寄った時、限界まで喉が渇いていたのに鈴カステラを出されたのは良い思い出だ。

石に涙が落ちる。石を彫っていてここまで集中が続かないのは初めてだ。


ケオ・ヘルゲート

目を閉じてその名を頭の中で何度も繰り返す。



ふと目を開けた時、目の前に現れたのは幼い頃のケオの姿だった。


「…は?」

キョロキョロと辺りを見回す。しかしケオはカレットに気づく様子を見せない。カレットの横を走って通り過ぎると父親に抱きついた。父親は今のケオにそっくりだった。


少しずつ視界が鮮明になる。ここはアパートのような小さな部屋だ。

「お父さん、行っちゃやだよ!!もう会えないんだよね!?ねぇ!!?」

「ごめんな、ケオ。確かに二度と会えないけど、父さんはずっと2人を見守っているからな。」

「やだ!やだやだやだ!!!オレじゃあ、お母さんを守れないよ…。」

「いいかい、ケオとは燃えるという意味の単語だ。ケオならどんなものでも燃やせる。お母さんのために心を燃やして、…頑張ってくれるか?」

「……。」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ケオは決心したように父親に抱きついた。

「行ってらっしゃい。」

「天国で会おうな。きっと、あの人たちなら俺たちのことも導いてくださるだろう。」



また場面は変わる。今度はケオが見当たらない。ケオのお母さんが料理を始めようとしていた。赤い日が差す。時間は夕刻か。その晩のメニューはハンバーグらしかった。

赤い挽肉と刻んだ玉ねぎ、人参、ピーマンを混ぜ合わせる。冷たい挽肉に苦戦しながらも、楽しそうに作業を続ける。


ガララッ

突然網戸にしていた窓が開いた。

「ひっ…」

母親の顔が恐怖に歪む。その視線の先にいたのは嫌に強そうな閏だった。

腕を一振した。その瞬間、母親は細切れにされた。不思議なことに血は溢れない。周囲に傷もついていない。閏はそれを手掴みで食べていく。グチャリグチャリと、まるで挽肉のようだった。

閏は全て食べ切ると。入ってきた窓へ向かう。網戸を閉め、さも何も無かったかのように。

カレットもベランダへ走った。

どこへ向かった!?どんな奴だった!?

辺りを見回すと、自分とよく似た男性が首のない先程の閏の死体の横に立っていた。斧だろうか。それで切ったのだろう。男性がこちらを向いた。

「…父さん?」

それは若い頃のカレットの父、デウス・ヘブンズドアだった。


状況が理解できないまま、場面が切り替わる。

ケオはキッチンで1人、泣いていた。帰ってこない母親をひたすら待ち続ける。

来る日も来る日も。やがて衰弱していく。しかし、何日も来ないケオを心配した保育園の先生が警察の手を借りてケオの家にやってきた。虫の息のケオはそこで発見された。先生にはレトラと呼ばれていた。


ケオは王立孤児院に行くことになった。心の傷がなかなか癒えないものの、自分より年下の子が入ってくる度にしっかりしなければと思っていたのか、誰にも弱みを見せなくなっていく。

やがて、笑顔を絶やさない青年になっていった。孤児院の先生にはとても気に入られていたようで、ずっと一緒に働いて欲しいと頼まれていた。

「できることならば」

それが毎度の答え。誤魔化すような喋り方だが、きっとそれが本心だろう。

やがて20歳になった頃、出兵の時が来た。孤児院の先生方には「成人したので自立をしたい」と語った。すると「また遊びにおいで」と言われた。そして答えは「できることならば」。



また場面は変わる。来てすぐの頃はイオタと一緒に行動していたようだ。イオタは敵の攻撃から身を呈してケオを守る。血塗れになった日には泣きながら治療をしていた。料理の才能はすぐに開花した。何を作ってもイオタは褒めてくれる。それが嬉しくてどんどん作る。その度にクオリティはうなぎ登りだ。

宴会の時もケオが料理を作る。全員の胃袋を掴んでしまうほどの実力。

しかし片付けとなると極端に下手くそだった。


仲間が時折入れ替わる。やがてカレットの見知った顔が並ぶ。たった一人知らない人がいた。あれが先代のシータなのだろう。そして、シータが欠け、自分が現れたところで場面はまた変わる。


何となく、これが最後だとわかった。嵐の夜。泣きながら何かを書いていた。覗いてみるとそれは遺書のようだった。

「死にたくない、生きていたい」そんな小さな声が聞こえる。

そこで映像は終わった。



「カレット、カレット!」

アイに揺り起こされる。ハッと気がついた時には日が沈む寸前だった。

「ずっと座ったまま寝てたぞ。」

「…そうか。ずっとイプシロンさん…ケオさんの夢を見てた。夢だけど、きっと事実だろうな。」

「ケオ・ヘルゲート…俺の家系の子孫か何かなのかな?」

「確かにアイちゃんもヘルゲートだもんな。」

「パパなら知ってるかな…?」

「いつか一緒に聞いてみようか。」




ヘブンズドア家の者は、死んだ人の過去を巡る力を持つという。名前さえあれば過去がわかる。カレットはまだ気づいていないが、ケオの過去を見たのもその一端である。


ヘブンズドア家に名を知られ、祈られた者は天国へ行ける。いつかの時代には絶えてしまった迷信のひとつだ。

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