Center of Universe
ユニとの出会いはよく覚えている。家の掃除をしている最中、今まで静かだった場所が賑わっているのが気になったユニが訪ねてきたのだ。
「…あぁ、ユニ・プリートさんか。」
ユニは小学生からの同級生だ。だから俺は覚えていた。
「え!なんで私の名前知ってるの!?同級生とかだっけ?!」
騒がしい。煩い女だ。
「小学生の頃に同級生だった、以上だ。」
「そうなのか〜。でも待って、私あなたの名前思い出せない!!えっと〜、えっと〜…」
「デウス・ヘブンズドア。」
「ああぁ!!!考えてたのに答え言わないでよ!!!」
「時間の無駄だ。」
「ねねね、なんで私の名前覚えてたの!?」
いくら素っ気ない対応をしてもユニは何度も尋ねてきた。
「名前の割にアホそうな人だからとても印象に残っていた。」
「え、今私馬鹿にされた?」
「あぁ。」
「まぁ事実だしいいや。じゃあなんで私はデウスのこと覚えてないんだろ?」
「アホだからだろ。」
「また馬鹿にしたぁ!」
ユニは俺の胸の辺りをポコポコ殴ってきた。痛くも痒くもなかった。
明らかなロスタイム。どうにか話を続けるユニを帰らせて作業に戻った。
「デウス、同級生と話ができて嬉しかったのかい?」
オレオル様が嬉しそうに尋ねてきた。
「へ?」
「顔が少し赤いよ。」
思わず両手で頬を抑えた。
「…城の関係者以外信用しないので、そんなことありえません。」
「私はデウスにお友達、果ては彼女ができたら嬉しいけどなぁ。」
「そればかりは諦めてください。」
街を歩くとユニに会った。
パァと嬉しそうな顔をしたから嫌な予感がして早歩きで目の前を通り過ぎようとした。
「何してるの?」
アホそうなのに判断力はある。声をかけるだけじゃなく腕を掴まれた。逃げられない。
「…ユニには関係ないだろ。」
「あ、名前呼んでくれた!」
「うるさい。君にはユニ以外に何か呼び方があるのか?無いだろ。」
「んもう、わからず屋だなぁ〜。可愛い乙女はそんな些細なことでも嬉しいの!」
やたらとフリフリ動く。いやにスカートを見せようとしているような…
「そのスカート、お気に入りなの?」
余計なことを言ってしまった。ユニはさらに嬉しそうな顔をした。
「わかる!?これお気に入りなの!!」
「…ユニの黄色い髪には良く似合う緑色だね。」
「えへへぇ〜。スカートを選んでたらデウスのことを思い出してね、ちょっと高いけど買っちゃったの!」
そう言うとユニは俺の腕に抱きついた。
「黄色にこの緑が合うってことは、私とデウスの相性も良いってことよ!」
「見た目だけだろ、相変わらずアホだな。」
「色も大事よ。人間って結局見た目に引きずられるもんよ。だから、私とデウスの相性は良いってわけ!」
「離れろアホ。」
その頭をぺちんと叩くとユニは頬を膨らませてさらに強く抱きついた。
「意地悪するなら反対のことしちゃうもんっ。」
「ああもう、鬱陶しい!!」
「でしょでしょー?かまえかまえ!!」
ニーッといたずらっ子のように笑う。
不本意ながら可愛いと思ってしまった。
街に現れる化け物を路地裏で殺し続け、殺人鬼として何も知らない街の人々に嫌われていく中、ユニだけは俺にしつこいほどくっついてきた。うっかり返り血を浴びてしまった日も、考え無しに抱きついてきて血がついた服を、一緒に俺の家の洗面台でオキシドールを使って洗い落としたこともあった。
「ユニは、俺の事が怖くないの?」
「…なんで?デウスは私に優しいじゃないの。」
優しくしてるつもりは無いが。
「この血が一体誰のものなのか、考えたことは無いのか?」
「んー、デウスってひねくれてるとこあるけど、それが余計に"ヒーロー"って感じがしてね。きっとデウスはみんなを護るために頑張ってるんだろうなって思ってるの。もしかして違う?」
「違うと言ったら、君はどうする?」
「デウスは今嘘をつかなきゃいけないのかもしれないって考える。だから私が自力で真実を見つける。それでデウスを助けるの!」
体が勝手に動いた。
「デウス?」
「ごめん。わからない。」
俺はユニを抱きしめていた。壊れないよう強く強く。
「デウス〜、そんなに強くなくても私は離れないよ。」
笑いながら俺の顔を見ようとしたユニの後頭部を掴んで俺の肩の方に寄せた。
「今、顔は見ないでくれ…。」
声が震えた。
「うん。」
全てを察してくれたユニは優しく頷くと、俺にも勝るとも劣らないくらいの力で俺を抱きしめた。
その日から俺たちはできる限りの時間を共に過した。ユニは俺の本音を見抜くのが上手い。辛くても、怖くても表情にも態度にも出せない俺の代わりに全てを吐き出してくれた。照れくさくて言えなかった「大好き」や「愛してる」も俺の微かな表情だけでわかってくれた。
「デウスさぁ、私の事大好きでしょー?」
「うるさい。」
「ふふーん?じゃあ何かなぁこのほっぺのひくつきはぁ!」
そう言って俺の頬をつついてきた。ユニに嘘はつけない。
ユニの言葉で付き合い始め、ユニの言葉で結婚もした。
結婚したし頃合かと思い、俺は自分の身の上話をした。結婚した上で話すなど、後出しジャンケンのようで嫌だったがこれがルールだ。
「デウス…頑張ったねぇ…。」
話を聞き終わったユニはそう言って泣いた。
「これからは私がそばにいるからね…。デウスは私が護るからね…。」
「…うん。」
抱きしめてくれた。そんなユニが存在するだけでもう俺は幸せだった。
やがてカレットが生まれた。ユニによく似た黄色い髪にそばかすの可愛い男の子だった。
「…ユニ、ありがとう。」
「これからは私だけじゃなくてカレットもデウスを護るからね。」
小さな掌に人差し指で触れると、その手を離すまいと握ってきた。
可愛い。愛おしい。
ユニがわかってくれるから、言葉にせずに微笑んだ。
カレットが1歳になった頃、オレオル様に愛を言葉にしたことがないということを指摘された。
「いくら今までが今までだったとしても、言葉にしないことが許されるわけじゃないよ。勇気を出して言ってみなさい。」
その言葉に従って俺はユニに想いを伝えることを決意した。花屋で花束を買い、心を躍らせながら走る。どうしてか嬉しく、楽しかった。
早くユニに会いたい。
花束を見たらきっと喜んでくれる。
カレットも喜ぶだろう。
あと少し。
あと少し。
家に帰ると真っ暗だった。
「ユニー?」
カレットの泣き声が聞こえ、急いでリビングに入った。
電気をつけた。
「…ユニ?」
目の前は血の海。
「ユニ…」
カレットを抱きかかえたまま。
「ユニ!?」
揺すっても起きない。
「やぁ、おかえり。遅かったね。」
顔を見なくてもわかる。
「ハウドヴィス…お前がやったのか。」
「そう。御主人様に頼まれたんだ。」
デウスを横目にユニに近づくと、ユニの遺体を転がし、仰向けにした。
「僕がやったのはこれだけ。」
カレットをデウスにひょいと手渡すとユニの腹を割いた傷を見せた。
「即死じゃなかったね。ずっと君の名前を呼んでたよ。」
淡々と話す。
デウスは立ち上がるとハウドヴィスの頭を蹴り上げた。
「僕を殺したって無駄だと分かってるくせに。」
そんな言葉は無視してデウスは無言で蹴り続けた。踏み潰したり、つま先で顔面を蹴り飛ばしたり。
ハウドヴィスが息絶えてもデウスは落ち着かなかった。
一晩中泣き叫んだ。
カレットにも負けない大声で。
奴らの御主人様というやつ。
絶対に許さない。
俺が、確実に殺す。




