虚無の500年
指導者曰く、自分は王になる気はない為、代わりに別の人で王を立てることにした。
それで栽の都にやってきたのはエトワル・スターゲイズという男性。他国の王族の人間らしい。
彼は人を呼び寄せるのが上手く、直ぐに街は栄えた。しかし、街の外の裁の都に蓋をした地面と元々ある坂との間のヒビから化け物が出てくるという噂がたった。それは真実で、指導者は戦える組織を作ることにした。隊員は24人。自分の持つ名前で力を得る人種の我々の為に称号を考えたそうだ。
季節の力を持つ睦言、如言、弥生言、卯言、皐言、水無言、文言、葉言、長言、神無言、霜言、師走言。
動物の力を持つ子狼、丑狼、寅狼、卯狼、辰狼、巳狼、午狼、未狼、申狼、酉狼、戌狼、亥狼。
そして本名の方はメインウェポンとして隠すため、コードネームで呼びあうことにした。これが二十四言狼の始まりである。
当時、世界各地に現れては厄災を消すヘブンズドアの家系の人間はヒーローのように祭り上げられていた。そのためヘブンズドアのいつも着ている服を模した隊服がデザインされた。ヘブンズドアと差別化するために白い外套も隊服とされた。
人員はというと、最初に選ばれた人間が子々孫々に渡ってその称号を受け継いでいく仕組みらしい。ヘブンズドアに憧れ、ヒーローになりたいと願った20人と何故か霊残とレイラ、神島と神祠が選ばれた。霊残としては隊服が少し気に入らなかった。あんまりレイラがヘブンズドアをかっこいいというものだから、少し嫉妬していたのだ。
最初は街中でも戦いが行われた。しかしそれは危ないということで、指導者は栽の都を森で囲い、森とヒビの間に二十四言狼を住ませることにした。しかし家族も住まわせるとすぐに絶滅してしまう可能性があるため、家族については栽の都に住まわせることにした。今森の外にいる者が死ねばちょうどいい血縁者が森の外に行く仕組みである。また、化け物が他国に流れるのも困るからと、さらに森で囲い、二十四言狼のいる場所は完全に隔離されることになった。
しかし最初の1年はほとんどレイラがいなかった。栽の都でフラムを出産することが優先されたからである。だから霊残はレイラに再会することだけを考えて戦っていた。
霊残が得た称号は辰狼。見た目がなんとなく龍っぽいからという理由だが、案外当たっているのでその部分は気に入っている。
霊残も最初は人並みの力しかなかった。愛する人が傍にいると少し強くなれるただの人間。
だが、3年目。霊残が25歳になった年に二十四言狼の初めての犠牲者が出た。それがレイラだった。レイラを殺した化け物は毘沙門天と名乗る他の化け物の比ではない強さを持つ化け物。
レイラの死に霊残はしばらく寝込んだ。遺体を埋めても心は落ち着くはずはない。やがてやってきたレイラの血縁者は霊残を冷たい目で見た。それが更に追い討ちをかけた。
現場に復帰した霊残はレイラの血縁者にここでの戦い方を教えた。その人の名はファロ・ヘルゲート。どことなくレイラの面影がある気がして、霊残は彼を守るように戦うようになった。
次の犠牲者が出たという報告を聞いて、霊残はまた少し落ち込んだ。しかし今度はすぐに現場に復帰することにした。
だが、2番目の犠牲者の墓が掘り起こされ、化け物に食われたという報告があってから、霊残は血の気が引いた。
レイラの遺体も食べられているのでは…?
そう思って夜中に墓を掘り起こした。
レイラの遺体はあった。既に骨だけになっている。
ホッとしたのも束の間。もしこの先食べられるようなことがあったら…?
だとしたら…
霊残はレイラの遺骨を食べた。
歯で骨を砕く音が響く度に涙が零れた。
アイツらに彼女を食われるくらいなら自分が食べた方がいい。
そう思っても申し訳なさが込み上げた。
吐き気がした。
でも吐かない。
大地に食わせた彼女の身を惜しいと思うほどに味わって食べた。
次の日、わかってはいたが腹を下した。腐った骨を食ったのだ。仕方ない。
その間にレイラの似顔絵を描いた。遺影と言うには情けない出来だが、ある方がいい。
数日経って現場に戻った。ファロには嫌な顔をされた。こんな場所で腹を下して動けないなど、愚の骨頂だものな。
いつもやってくる弱い化け物を倒した時に気づいた。霊残の腕力が上がったのである。
どうしてなのかはわからなかった。しかし、次の遺体を食べて回復するとよくわかった。遺体を食べると望んだ力が強くなる。
嫌な気づきだ。
また20年たった頃に気づいた。周りが歳をとる中、自分だけは25歳から変わらない姿なのである。
化け物も歳をとる気配がない。
まさかと思った。
すぐに王に頼んで赤いコンタクトレンズを取り寄せた。まさか自分も化け物だったなんて。
それならば何ができる?
自分がみんなを護らなくては。
だがそれは不可能な話だった。自分の目の届かないところでみんな死んでいく。霊残の正体に気づく間もなく、全員早々と死んでいった。その全ての遺体を霊残は食べた。
だが、40年目のある日、新しいヘルゲートとしてある人物が現れた。どことなく、霊残に似ている。彼の名はフラム・ヘルゲート。
寒気がした。
自分の子供が、自分より歳上に見えるなんて。
でも嬉しい気もした。元気そうで良かった…。
なんて言ってられなかった。
フラムは自分が霊残の息子であることを知っていたのだ。母親を守れなかった父をゴミを見るような目で見てくる。どうにか打ち解けて彼の話を聞いた。父も母もいないから施設で育ったということ。妻と娘をおいてこの戦場に来てしまったということ。
フラムは霊残が不老不死の化け物と同じであることにすぐに気づいた。しかし、それを言いふらすでもなく、他の隊員に見えるところでは友達として振舞った。
その立ち回りを見て霊残は嘘を覚えた。
やがてフラムにも置いていかれ、食べた遺体の数も計り知れなくなってきた。
いくら強くなっても守りきれない虚しさが霊残を日々襲った。立ち直れる気がしない時、どこからか死んでいった仲間の声が聞こえた。だからもう少し頑張ろうと思って100年、200年を越えた。時折兄が恋しくなって泣いた。レイラに会いたくて泣いた。フラムを亡くした後悔で泣いた。数えきれない手作りの遺影を抱きしめて泣いた。
400年目のある日、二十四言狼で集団ヒステリーが起きた。もう限界だと気の狂ったらしい仲間のほとんどが森に入って殺された。バラバラの遺体は霊残の目の前に投げ捨てられた。
もちろん全て霊残が食べたが。
そして500年が経った。ケオたちの死を乗り越え、行方不明だった兄と対峙する。
「兄ちゃんは俺が助けるんだ…。」
「やってみろよ、人喰い。」
霊残は涙が零れそうになりながらも刀を構えた。
これから大好きな兄を殺すことになる。
息を吸って吐く。
「さぁ、おいで。」
蜀魂は飛んできた青い蝶を握り潰して笑った。