静深蜀魂
その昔、日の国で可愛らしい双子の兄弟が生まれた。静深家の長男と次男。名前は蜀魂と霊残。その頬はふにふにと柔らかい。ただの赤ん坊のように思われていた。
当時の日の国にはある伝承があった。『救国の龍の瞳は銀色である』『龍を目覚めさせるのは赤金の天使』だとか。
その兄弟の瞳は兄が灰色、そして弟が銀色だった。
国の人々は静深家を特に弟を祀りあげた。
2人はとても仲のいい兄弟だった。毎日2人で過ごして遊んで。
しかし人々は弟の方ばかりを褒め称えた。『弟の方が可愛い』『弟の方が良い子』その他諸々。
最初、兄はそれが気に食わなかった。
などということはなかった。
兄も弟が可愛くて仕方がなかった。自分がいないとすぐに泣いて何もできない弟が心配なほど。
「兄ちゃん兄ちゃんっ!コレ見て!兄ちゃん描いたんだよ!!」
「霊残!上手いなぁ!!!もう天才!ホントに天才だよ!」
「ホント!?じゃあもっといっぱい描く!!」
「よし!母さんにお小遣い貰って画材いっぱい買おう!!」
「わぁい!!」
「霊残は将来芸術家かなぁ。きっと才能あるよ。」
「兄ちゃんは?何になりたいの?」
「んー、兄ちゃんはなぁ…何かはわからないけど霊残のためになることがしたいなぁ。」
「そっかぁ。でも本当に兄ちゃんがやりたいことなの?」
「それが、そうなんだよ。霊残はいつかこの国を救う特別な子で、その兄に生まれた以上兄ちゃんは霊残を大事にしたいんだよ。だから、兄ちゃんから離れないでね。兄ちゃんがどんなことからでも護ってやるから。」
「…うんー。ありがとうね。」
弟がへにゃりと笑うと兄も嬉しそうに笑う。その様子を見て周囲の人間も笑顔になるのだった。
しかし時には喧嘩だってする。
「だから!!なんで兄ちゃんは兄ちゃんの好きな物も俺に譲るの!?」
「兄ちゃんが好きな物だから霊残にもあげたいんだよ!!」
「兄ちゃんが好きな物は兄ちゃんが食べるの!!それが嫌なら俺が好きな物を兄ちゃんにあげる!!」
兄弟の好きな物を取り替える行為によって全く同じメニューが全く同じように並び直すのはよくあることだった。それを父と母はただ皿ごと入れ替えればいいのにと笑いながら見守っていた。
小学校も中学校も高校も同じクラスになるよう兄は先生に頼み込んだ。弟を守るためであればと先生は許してくれた。
勉強は兄の方ができた。しかし、弟は絵にばかり集中して勉強があまりできなかった。だから試験の前は弟に兄が勉強を教えている光景がよく見られた。
そんな2人も大学生になれば少しは離れて行動ができるようになった。
「霊残、美大受かったか?」
「兄ちゃんこそ医大行けた?」
それぞれの場所でそれぞれの合格発表。電話越しで互いの喜びの声を聞いた。実家を出て、お互いの通いやすい距離にあるアパートを借りて2人で一緒に暮らし始めた。
「兄ちゃん兄ちゃん、俺料理出来るようになったんだ!」
「本当か!何が作れるようになったんだ?」
「例えば…ハンバーグとか。」
「すごいじゃないか!…もし兄ちゃんがいなくなっても生きていけそうだな。」
兄は自分がもしいなくなったら弟が自力で生きていけるのかとても心配だった。甘やかしすぎたかと少し後悔するほど。
「いなくなるとか言うなよ。俺、兄ちゃんがいないと生きていけない。」
「そ、そうか…。それはそれで兄ちゃん心配だなぁ。」
「なんでだよ。兄ちゃんから離れないでって言ったのは兄ちゃんだぞ?」
「…霊残は、ずっと兄ちゃんといて嫌じゃあないのか?この際だから正直に言っていいぞ。」
「…俺は…兄ちゃんといたい。けど、兄ちゃんの自由を奪ってる気がして…不安だったりはする。」
「…霊残は優しいなぁ。でも、兄ちゃんはできることならずっと霊残を見守りたいよ。」
「兄ちゃんも優しいなぁ。」
だが、この2人の関係はある日崩れることになる。
「…兄ちゃん…兄ちゃん…ったすけて…!」
「霊残!?どうしたんだよ!!?なぁ!!」
休日、2人でカフェのテラスでコーヒーを飲んでいた。そこに1羽のカラスがやってきて、目の前の路地をポンポンと跳ねた。それが妙に可愛らしく、2人で夢中になってその様子を見ていた。
その隙だったのだろう。弟のコーヒーに毒を盛られたのだ。
あの神の子が咳き込んで血を吐いて倒れている。周囲の人間もどよめいた。
「誰か!救急車を呼んでください!!」
兄の声が響いた。
結局、間に合わなかった。
「霊残っ…!」
その遺体にしがみつくように兄は泣く。
兄だけではない、国民全員が悲しんだ。守り切れなかった兄を責める者もいた。
「静深さん。」
そんな様子を見てか、ある医師が兄に話しかけた。
「霊残さんを生き返らせる方法が一つだけあるのです。」
涙目の兄にはその医師の顔が見えなかった。
医師がどれほど虚ろな目をしているのか。
その方法はと言うと、
「ここか…。」
森の奥の魔法使いに頼むことだった。
嘘でもなんでも良いから縋りたい。
そう思って半ばヤケクソで兄はそこを訪れた。
「やぁ、一体何の用だい?」
魔法使いは優しく受け入れてくれた。
「殺された弟を蘇らせてください。」
「…また難しい願いだね。でも、できなくはないよ。」
「本当ですか!!?」
「うん。でもね、」
魔法使いは兄の目の前まで迫ると顔を覗き込んだ。
「そのためには君の魂が必要になるなぁ。」
「俺の魂はどうでもいいんです。」
即答だった。思わず魔法使いが驚くほど。
「ただ、弟に未来があればそれで…。」
「…思ったよりできたお兄さんだね。それなら君たちの未来に僕も貢献しよう。」
魔法使いは手招きをすると兄を部屋の奥に連れ込んだ。薄暗い中で蝋燭が燃える。部屋の中央には長方形の箱。まるで葬式のようだ。
「これから君にはこの薬を飲んであの棺に入ってもらう。あとは眠ってる間に全てが終わるよ。安心してね。」
「…はい。」
自分の命などどうでもいい。
疑いもせず薬を飲んで棺に入っていく兄の姿を見て、魔法使いはニヤニヤと笑っていた。
「はいおしまい。出てきて。」
その言葉で兄は目を覚ました。
「あれ、生きてる…?」
「魂とはいえ少し寿命を貰うくらいの話だよ。きっともう弟くんは目を覚ましている。でも、成功かどうか知りたいから、成功だったら後日でもいいからもう一度ここにおいで。」
「はい!ありがとうございます!!」
兄は一礼すると病院に向けて走り出した。
霊安室では霊残が目を覚ましていた。魔法は成功していた。
「兄ちゃん!!」
「霊残!!良かった…良かったぁ…。」
その日は弟が蘇ったことを喜んで、次の日に1人で魔法使いの元に行くことにした。一応弟は入院させて様子を見ることにしたのだ。
「やぁ、その顔は成功だったようだね。」
魔法使いがニコリと微笑む。
「はい!ありがとうございました!」
「…さて、ここからは対価としてこちらのお願いも聞いてもらおうかな。」
「…へ?」
「貢献しようだとか、ただの社交辞令だよ。対価は必要。」
「…ですよね!あの、お金ですか?それとも…」
「君の人生かな。」
「…!?」
兄は絶句した。
「ああ、変な意味じゃないよ。それよりも文字通りだ。」
魔法使いは兄に近づく。少し逃げるような素振りを見せたから腕を掴んだ。
「僕は君の大好きな弟くんを蘇らせた。じゃあ命の対価なんだから、誰かの人生が必要だろ?死なないだけマシだと思ってほしいくらいだ。」
魔法使いと目が合った。それが最後だ。
「グランギニョル。」
謎の呪文を唱える。しかし何が起きるでもない。
「…?」
「何ともないだろ?安心したまえよ。」
魔法使いは今度こそ兄の目の前でニヤニヤと笑った。
「今日は帰って良し。その代わりに、僕が君に何をしたのかを誰にも話さないこと。話した暁には、弟くんをまた死なせることも出来るからね。」
嵌められた。そう思った時には遅かった。
兄が帰ったあと、魔法使いの元に1羽のカラスがやってきた。少しだけ人に近いバケモノの姿になると、魔法使いに話しかけた。
「御主人様、一体何をどうしたんですか?」
「…君があの兄弟の気を引いているうちにあの弟のコーヒーに毒を盛ったんだ。でも、あの毒は一度死にはするけど、数時間待てば勝手に蘇るように調整したものなんだよ。復活の儀式なんてやってない。兄に飲ませたのも2時間くらい効果がある睡眠薬さ。」
「えっと、つまり…」
「グランギニョル以外全部嘘。僕はただ牧場を作るための手駒が欲しかっただけだよ。」
魔法使いは終始ニヤニヤと笑っていた。
「ヘブンズドアを根絶やしにするのももう少し後で良いかな。」
弟はやがて無事に退院し、普通の生活に戻っていった。レイラという大学の同級生と上手くいっている話を弟は嬉しそうに話す。
それが本気のお付き合いに変わった頃、兄にあの魔法使いからテレパシーのような形で命令が届いた。
『大学を卒業した頃に弟くんを連れて裁の都においで。それらしい理由になりそうなものはこちらで作っておくから、安心して大学生活を楽しむといい。』
その言葉を受けて、兄はひたすらに勉強を続けた。もしかしたら無駄になるかもしれないが。それでも続けた。
弟のために。弟が安心して幸せを掴む為に。
卒業旅行と称して兄は弟と弟の彼女を連れて裁の都を訪れた。終始ただの旅行である。弟たちがとても楽しそうでとても兄としては満足だった。
『弟くんたちは先に帰らせて、君だけここに残ってくれないか』
旅の最後にそんな命令が届いた。
「…霊残、兄ちゃんは少し用事があるから、レイラちゃんと先に帰っておいてくれ。」
「うん。兄ちゃんも気をつけて帰ってね。」
「大丈夫。…ところでレイラちゃんの前ではカッコつけて兄さんと呼んでたじゃないか。どうしたんだ?」
ニヤニヤと問い詰める。
「あっ…!べ、別にいいだろ!」
顔を真っ赤にした弟を見送る。
昔なら、自分と一緒じゃなければあんなに泣いてたのに。
まだまだ甘えん坊だけど、成長したんだなぁ。
『これからこの街にすごい魔法をかけるんだ。君は建物の中で少し待機してくれたまえ。』
魔法使いは一体どういうつもりなのだろうか。
本当に裁の都を一変させた。
『外に出て灰を被ってくれ。君の役割はそこまでだ。』
よくわからない指示に従って、降る灰を浴びた。
パニックに世界が沸いて数時間後、頬に妙な痣が現れた。レイラの頬にあるような痣。それを不思議に思っている間に、兄の意識は途絶えた。
「完全に洗脳させてもらったよ。初めまして、福禄寿。」
その声掛けに兄は振り向いた。
「よろしくお願いします、御主人様。」
その瞳は虚ろな薄汚れた黄金色だった。
これが兄、静深蜀魂の人生である。




