一緒にいこう
身体を小さくした歩はスピードが増しているようだ。瑞歩を狙っているようだったが、突然地面を強く蹴り、カレットの方へ。カレットは春紫菀の形状を変え、歩の攻撃に備える。人間大の拳からの衝撃は想像がつくが、さらに備える必要があるかもしれない。
「瑞歩、俺が抑えるから次の攻撃に入れ!」
「わかった!!」
攻撃を受けるフリをして、拳の当たった部分を中心に歩を水銀の膜で包み込み、固めた。
「ごめん、歩!!」
瑞歩が刀を振りかぶり、心臓のある位置を目掛けてその膜ごと切断した。
「よしっ!!」
勝った!!
そう思ったが、切断面は空洞だった。
「なっ…!?」
「一体どういう事だ…?」
切断した春紫菀の柄に繋がっていない部分は溶けていく。ドロリとした中にいたのはさらに小さな人影。
「あれは…?」
「…あれが本当の歩だ。」
水銀の膜が破れ、白い小さな少年が現れた。
「一瞬で小さくなることで、心臓への直撃を違和感を与えずに回避したんだろう。」
「うっそだろ…」
こんなにも変形する閏は初めてだ。
「どうやって倒す?」
「今考えてる。」
瑞歩の頬を汗が伝う。
「ミズホ。」
「っ!?」
歩が喋った。
「あ、歩…お前、喋って…」
瑞歩が更に焦った。何せ500年ぶりまともにに聞いた親友の声だ。
「ミズホっ!」
「歩…!こっちにおいで…!」
思わずしゃがみこんで歩に向けて手を伸ばす。
「バカ、なにやってんだよ!!お前が歩くんを助けるんだろ!?」
カレットがそれを制止した。
「でも…だって!!」
「わかるよ!久々にちゃんと呼ばれたら嬉しいよな!!でも、今だけはダメだ!!わかってくれ!!!」
「うるせぇな!!お前なんか…ほんの15年しか生きてねぇだろ!?今の、この、俺の喜びがお前なんかにわかるか!!?いや、わからないね!!!」
「お前こそうるせぇ!!!なんだ?500年がそんなに偉いのか!!?」
「偉いとかそういうことじゃあねぇよ!ただ、すっげぇ長いんだ…。こんな日が来るなんて思ってもみなかったんだから…。」
瑞歩がボロボロと涙を零した。
「…ごめん。」
カレットはその肩をただ優しく叩いた。
「でも、それでもやるぞ。」
「…あぁ。こっちこそごめんな。」
瑞歩はゆらりと立ち上がると、深呼吸をして、今度こそ覚悟を決めた。
「歩、俺が責任もってお前を御両親のところに送り届ける。後で俺も行くから、どうか先に…行ってくれ。」
涙は止まらないが。
刀を構えた瑞歩が歩に向かって走りだした。その行為を見て歩は改めて瑞歩を敵とみなした。
唸り声をあげ、また瑞歩と同じ背丈になって拳を振りかぶった。
思えば、
俺は何にでも責任を感じる真面目な人間だった。
裏を返せば、仕事を押し付ければ何でもやってくれる、都合のいい人間だ。
この生き方は好きではなかった。
それに対して8歳下の歩は自由で無責任な無邪気な奴だった。いつもニコニコして可愛い奴だった。
俺はただの近所のお兄さん。
家が近いから「よろしくね」と歩の母親の言葉を真に受けたことからこの関係が始まった。
赤ちゃんの頃、小さな掌で俺の指をつかんでくれたことが嬉しかったのは覚えてる。幼稚園の卒園式、小学校の入学式、運動会、修学旅行のお土産、全部全部嬉しかったな。卒業式は泣いてしまった。俺が歩の御両親よりも泣くから、歩に小突かれたんだったか。
2人で旅行に行くんじゃなかった。
せめて俺の傍にずっといさせていたら、運命は違っていたはずだ。閏になったとしても、俺のように理性があったかもしれない。
いや、人間を食べないように監視をもっとちゃんとしておけば良かったんだ。そのせいで他に3人も犠牲にしてしまった。
神様、歩の家族は天国で待ってくれているのでしょうか。待ってくれているのなら、500年も歩を親元に返せなかったことを謝りたいのです。許してとは言いません。俺は地獄に行っても構いません。さっき歩には後で俺も行くからと言ったけど、それは嘘になっても構わないから、歩を天国に行かせてください。
もし地獄に行くのなら、一緒に地獄を歩かせてください。
ずっとずっと、歩と一緒にいたいのです。
拳を刀で弾き、その顔面に蹴りを入れた。そのまま飛び上がって距離をとる。
そこにカレットがガラス屑を撃ち込んで歩の動きを止める。その隙に後ろに回りこみ、背中の方から心臓を…
歩はまた巨大な姿に変化した。頭を振り、その太く長い毛束で瑞歩を弾き飛ばした。
また身体を縮め、今度はカレットを狙う。
「あっ…」
カレットは構えきれそうにない。
つまり、
「カレット!!!!」
火事場の馬鹿力なのだろうか。
瑞歩は普段よりも数段速く走った。
そしてカレットを押し退けた。
「瑞歩っ!!!」
瑞歩の腹部を歩の拳が貫いていた。
その傷からはもちろん、口からも血を流す。
だが、
「ミズホ…?」
歩の動きも止まった。
「あゆ…」
意識が吹き飛びそうな瑞歩が、最後の力を振り絞って刀を歩の心臓に突き立てていた。
「一緒に、…いこう。みんなのところ…に。」
歩の心臓から、蔦が伸びていく。くるりくるりと渦を巻き、瑞歩の遺体も巻き込んで伸びる。
「ミズホ、…ダイスキ。アリガトウ…。」
歩が瑞歩を優しく抱きしめた。
そして呼吸の動きが止まった頃、サンタマリアアクアマリンのような花が咲き乱れた。太陽の光を反射し、キラキラと輝く。
カレットはただただ泣き叫んでいた。
また自分のせいで。
自分が弱いから。
その声を聞いたイオタがあっという間に駆けつけた。
事情を聞いている間に花は萎れて消えていく。
「…カレット、2人は一緒に逝くべきだったはずだ。きっと、お前が祈れば2人は天国に行けるさ。」
花の跡に、クレマチスの実に似たアクアマリンの果実と、2人の遺骨が遺っていた。ぐちゃぐちゃに絡み合って骨の大小でも見分けられない。小さな頭蓋骨と瑞歩と同じくらいの頭蓋骨があることだけはわかった。
陽が真上に昇る頃、土の中に2人の遺骨をぐちゃぐちゃに混ざったまま埋めた。
「墓石はもう少しだけ待っててくれ…。」
カレットとイオタは手を合わせた。
後日、カレットは墓石を持って2人を埋めた場所にやってきた。あの果実が目印である。
歩の為の墓石だったが、急遽瑞歩の名も刻んでおいたのだ。
盛った土の傍に一旦墓石を置く。ふうと一息ついて、その土の山を見た。
ん?
カレットの目には土の盛り方が変わっているように見えた。
埋めた遺体を喰う閏もいる。
その名も寿老人。
まさかと思って土を掘り返した。
無い。
遺骨が1片たりとも見つからない。
春に見合わない程の汗が吹き出る。
寿老人…絶対に許してはならない。墓の遺体を喰って強くなるなんて、なんと卑怯な奴なんだ。
見つけたら俺が殺さなくては。
イオタさんと同等の強さだとか、そんなことどうだって構わない。
俺がイオタさんよりも強くなればいいだけのことだ。
「…寿老人はまた2人の遺骨を食べたんだね。」
「また強くなったかもしれません。」
「だろうね。まぁ、それはいいとして。どう?僕の計画通りに進んでるかい?」
「えぇ。あとは…期を見て実行するのみです。」
「そっかそっか。じゃあよろしく頼むよ、
───── 福禄寿。」




