決別の朝
朝が来た。ラッパの音と共に朝日が昇る。清々しい程の快晴。瑞歩は外に出て背伸びをしていた。
季節感の無いこの荒野でもわかる程に春の匂いが吹き抜けていく。
カレットは夏にこの荒野に来たと言っていた。つまり今はカレットにとって5年目の暮れの季節ということになる。
ラッパが奏でるは『陽を呼ぶ神の祭り』という1000年以上の歴史を持つ曲。思わず口ずさんだところにカレットがやってきた。
「このラッパ、毎朝仁さんが吹いてるんだぜ。」
「ここまで聞こえるなんてすごいな。」
「な。仁さん曰く、日昇家の人間がラッパを奏でるから朝が来るらしい。」
「本当ならすごい話だな。」
「仁さんもそんなことはないって言うけど、いつもラッパが聞こえると日が昇るからあながち間違いでもないのかも。」
「こんなに音が響くのに誰も起きないんだな。」
「耳が慣れてもう聴こえないのかもな。」
「本当に神様みたいな曲だな。」
カレットはひとつ欠伸をして水銀刀の春紫菀を取り出した。
「推定-40℃。」
その呪文を唱えて春紫菀を抜くと水銀は固まり、刀の形をとる。
「うわ、寒っ」
「-40℃だもんな。冷気がそっちにまで伝わるのかも。」
「お前は平気なのか?」
「俺は慣れたよ。週に一回以上は戦ってんだぜ。」
「そうか。なら安心して歩も迎えられるな。」
「…あぁ。」
キラキラと輝く水銀刀、春紫菀。反射する光は瑞歩の清々しい表情をさらに美しく演出した。
流れる雲を眺めながら異常な音を探す。たいてい閏は昼前には2体とも外に出てしまっている。そうではない時こそ恐ろしいのだ。
「1体は倒したって。」
「あと1体か…。」
ザリ…ザリザリ…
「カレット、来るぞ!」
「わかってる!聞こえた!!」
刀を構えてヒビの方を見つめる。音はなり続け、大きくなっていく。
ザリッ
その音を最後にズルリと巨大な手がヒビの中から現れた。
「まさか…」
瑞歩が後ずさる。その様子にカレットは覚悟を決めた。
「歩くんなのか…。」
左、右と手が現れると、そのまま一気にズルズルッとその巨体を現した。
ミツケタ…
逆光で歩は黒く大きな影を落とす。見開かれた眼の結膜は黒く、頭には角が生えていた。頬には閏のしるし。長くボサボサに伸びた髪を振り乱しながら空に向けて咆哮を上げた。ビリビリと耳が震えるようだ。
ミズホ ボク ツヨク ナッタンダ
イッショ ニ カエロウ
瑞歩に歩み寄ると、歩はその大きな手で瑞歩を握るように掴んだ。
そしてそのまま、ヒビの方へ向かう。
瑞歩を連れ帰るつもりだ!
しかし、人間はヒビに入ることは出来ない。つまり瑞歩を握ったまま、歩がヒビに入れば確実に圧殺される。
カレットは大急ぎでその手を切り落とした。
解放された瑞歩はショックを受けたような表情でその傷口を眺めた。ウゾウゾと緑の蔓が伸びようと蠢き始めた。
基本的に、閏は1度切りつければサンタマリア病を元に作った毒が回り、蔓に覆われ、花が咲いて死ぬ。
「歩…」
呆気なかった。
そう思った瞬間、その断面から一瞬にして細胞分裂が起こり、蔓を振り切って歩の手が再生した。
ツヨク ナッタンダヨ
歩は自分と瑞歩の間に水を差したカレットを睨みつけた。
コイツ ガ ジャマモノ カ
唸り声をあげると、その鋭い爪をカレットに向けた。
「やめろ歩!!」
瑞歩が叫ぶと歩は停止した。
「俺が好きなのはそんなお前じゃない!!」
その声に歩は今度は瑞歩を睨む。
ボク ノ ミズホ ハ ソンナ コト
イワナイ カラ キット
「瑞歩!逃げろ!!様子がおかしい!!」
歯をギリギリと鳴らしながら唸り声を上げる。犬のように鳴くと同時に手足を使って駆け出した。
瑞歩に迫る。
歩が瑞歩を叩き潰そうとした。すんでのところで瑞歩は回避する。
「歩!!」
痛いかもしれないけど、我慢してくれ。
瑞歩が振るった刀は歩の指を1本撥ねた。
しかしまた復活する。
「クソッ…どうすればいい…!?」
瑞歩が焦りを見せた。それをカレットは鎮めようと声をかけた。
「たぶん、たぶん心臓を狙えばいける!心臓なら復活しても全身に毒を回せるかも…。」
「そうだな!やってみよう!」
攻撃の方針は決まった。
いざと思って歩を見据えようとした。
しかし、そこに歩の姿はない。
「…歩!?」
「瑞歩!!危ない!!!」
瑞歩の背後には、
瑞歩と同じくらいの背の高さの歩がいた。