大切な人の為にできること
瑞歩は朝から刀を磨いていた。
その様子を見ながらカレットは次の墓石の設計をしていた。
「その刀の名前ってなんだったっけ。」
カレットの問に瑞歩は笑顔で答えた。
「『鉄仙』。カッコイイだろ。」
「だなぁー。俺の刀にも名前つけようかなぁ。」
「お、いいんじゃないか?」
カレットが水銀刀を抜く。特に力を使わなければただの水銀が入った木箱だ。
「んー、『春紫菀』かなぁ。」
「なんでだ?」
「いや、…好きな人の名前に似てるからさ。」
「シオンだったか。…今も想われ続けるなんて、幸せな子だな。」
「いつまでも想い続けるさ。シオンが生まれ変わって俺の前に現れるくらいなきゃ、結婚もしないだろうなぁ。」
「そうかそうか。俺も恋のひとつくらいしておけば良かったなぁ。」
「えー、好きな人いなかったのか?」
「うん。高校の同じクラスの子にもそこまで惹かれなかったなぁ。なんかこう、ビビっと来るものがないというか。」
「出会ってなかったんだろうなぁ。」
「それなのにチョコは沢山もらってさ。お返し大変だったよ。」
「チョコ?日の国の文化かなんかか?」
「栽の都にはバレンタインは無かったのか?」
「ないね。」
「バレンタインは楽しいぞ。女の子が好きな人の為にチョコを作るんだ。他にも大切な人にあげたりな。」
「へぇ。つまり瑞歩はモテてたんだな。」
「そういうこと。」
「お前、顔が良いし優しいもんな。」
その一言を最後に2人はしばらく黙った。それぞれの作業の音が部屋に響いて消えていく。
「カレット。」
「なんだ?」
「恵比寿のことなんだが。」
「うん。」
「…俺が殺してやってもいいか?」
「なんで俺に聞くんだ?」
「カレットの大切な人を奪ったのはアイツだ。…憎いだろ?」
「そりゃ憎いよ。でも、俺はもっと根本の悪を殺したい。恵比寿…歩くんを瑞歩から奪った奴を、俺は殺したい。」
「カレット…。」
「俺が瑞歩の援護に回る。思う存分、弔ってやろう。」
「あぁ。ありがとう。」
カレットが作り始めた墓は歩のものだった。人肉を食った者に救いは無い。残酷だが、それがルールなのだ。
瑞歩が刀を磨いているのも、歩を楽に死なせるためだった。
2人とも、たった1人の小さな友達の為に自分に出来ることを考えていた。
一方、裁の都では広目天が行動に出ていた。
「帝釈天様、増長天さん。」
「…広目天、どうしたんだ。」
広目天は決死の覚悟でここに来た。言わなくてはならないことが沢山あるが、全てを飲み込んでただ1つを伝える。
「早急に地上に逃げてください。」
「…何を言ってるんだ?」
「地上に行けと言っております。」
その真剣な声に増長天はおどろいた。
「どうしてです?」
「帝釈天様は生き延びるべきです。布袋さん…アダムさんを貴方は護りたいのでしょう?」
「アダムに何か起こるのか…?」
「はい。だから早く逃げてください。私がなんとでもしますから。」
「…でも、そうしたら…」
「私は目も耳も良すぎるので何が起きるのか知ってますよ。全てわかった上で言ってるのです。」
帝釈天ことギリスは少し考えた。奴を怒らせたら彼がどうなってしまうのか。容易に想像がつく。
「早く行けって言ってんですよ!頭悪いんですか!?」
広目天が声を張り上げて怒った。ギリスは一瞬怯んだ後、決断した様子で増長天の手を取って走り出した。
その影を見送って広目天は反対方向にいる『奴』に向き直った。
「姑息な真似をしたね。」
「…全てを救うには、悔しいけどアイツが必要なんだ。自分の復讐よりも優先しなくてはならない。」
「すごいね。僕が来るってわかってたんだ。」
「閏になった副作用だ。気が狂いそうなほどこの目と耳は世界を拾う。」
「君は生かしておくと厄介そうだな。殺してみてもいいかい?雄の閏の肉を食べる良い機会だ。」
この日閏は既に2人外に出ている。絶対のルールを破ってギリスは地上に出た。
「これからどうする…?」
「どこかに身を潜めることが安全だと…。街の人々は無事でしょうかね…。」
「アイツがやることだ。…わからん。」
「増長天…いや、ロアー。そろそろ本物の戦争が始まるかもしれない。でも、俺たちは残してきた街の人々全員を人間に戻す方法を考えよう。それしか償う方法はねぇよ…。」
「そうですね…。」
「ねぇ、ギリス様。ひとつ聞いてもいいですか?」
「…なんだ?」
「どうして貴方は奴の手を借りて、あの日裁の都にいた全ての人間を閏に変えてしまったのです?」
ギリスは黙り込んだ。
ひとつ息を飲むと、何かを語ろうとした。
「あぁそれは、私も気になりますね。ギリス様?」
首元に小刀が当てられた。
「アダム…っ!」
「何しやがる!離せ!!」
ロアーがアダムに掴みかかろうとしたが、空いた手で簡単に弾かれる。
「くっ…」
ロアーはよろけて尻もちをついた。それを見てアダムは溜息をつく。
「はぁー。ロアーったら、戦闘向きじゃないんですから大人しくしている方が身のためですよ。今彼を殺す気は無いですし。…こんな2人で身を潜めるとか、絶対無理ですよ。早々に殺されるのがオチでしょう。」
「うるせぇ。俺だっていざと言う時は…」
「肉壁にでもなってギリス様をお守りすると?舐めた発想ですね。閏は思ったより賢いですから、あなたより先にギリス様を仕留めて、ゆっくり貴方をいたぶるだけですよ。だから、弱そうな貴方たちは人間に戻さないでおきましょう。」
アダムの口がようやく止まった。
「アダム…会いたかった。」
「ギリス様、余計なこと言うと首を切り落としますよ。」
「いや、それはやめてくれ!広目天に地上に行けって言われて…」
ギリスが抵抗した瞬間、地響きのようなものが聞こえた。少しだけ揺れもあった。この地域はプレートの境目から遠く、地震はほとんどない。
ギリスは何かを悟った。
「なんだか地下で揺れたみたいですね。」
「…たぶん、広目天が消された。」
「なっ…!?」
アダムがショックを受けた一瞬の間にギリスはアダムの拘束から抜けた。
そしてアダムにこう言った。
「アダム、俺たちは広目天にお前を護れと言われて地上に来た。広目天の想いを無駄にしないためにも、傍にいさせてくれないか…?」
アダムがキョトンとした顔を見せる。
「…は?」
「…裁の都の人間を閏に変えたのも、元々はアダムの為になりたくてやったことなんだ。イブさんが亡くなって、アダムがとても落ち込んでいたから…これ以上誰かが亡くなったりしたらアダムが消えてしまいそうな気がして、怖くなったんだよ…。」
「私のために、私が住むあの都全ての人間を不老不死にしようと…?」
「大方そういう事だ。…奴の協力あってできたことだったが…まさか、暴れだす人間が出るなんて思わないじゃないか!…奴に騙されたんだ。でも、奴に逆らえばどうなるかなんて明白なんだ。だから、誰も奴には逆らわない。今、反逆の牙を研いでいるのはここ、餌箱の人間と栽の都の人狼だけだ。」
早口でそう語ったギリスの頬をアダムは平手で叩いた。
「アダム…」
「もし、とても大きな事件が起きたとして、その事件は自分の為に引き起こされたのだと知らされたら、貴方はどう思いますか?私はこれからどんな顔をして生きていけばいいのですか…?」
「…ごめんなさい。」
「貴方のことはただの子供だと思っていたのに…、本当に愛するべき人間の存在に気づいてない子供としか思ってなかったのに…!」
アダムが取り乱す。滅多にない事だ。
「教えなさい。全てを一変させた貴方なら、もう一度全てをひっくり返す方法がわかるでしょう!」
気持ちの静まらないアダムはギリスの胸ぐらを掴むと今度こそ拳で殴った。
今だけはと、ロアーは目を閉じてその音を聞いていた。
新しい朝が迫る。




