閏の生まれた日
瑞歩はシオンたちの墓を訪れていた。恵比寿こと歩が殺してしまった少女たちがここで眠っている。
自分がもっとちゃんとしていたら。
彼女たちが死ぬことは無かったかもしれない。
「瑞歩。なにやってんだ。」
「カレットさん…。」
瑞歩が振り返るとそこにはカレットがいた。瑞歩を見て微笑んだ。
「…お前って良い奴だよな。シオンの墓にここ1ヶ月毎日来てくれてるもんな。」
カレットはそう呟くと墓の前に膝をついて手を組んで祈りを捧げた。
「…申し訳なさからですかね。」
「理由はなんでもいいよ。みんなを忘れないでいられたらそれでいいんだ。」
カレットは立ち上がると、瑞歩の手を取った。
「今日は仁さんの家に行こうと思うんだ。一緒に行こう。」
「えっ」
「走ればすぐだよ。」
カレットは初めてあった日に瑞歩を本気で殴った。だから瑞歩は少しカレットが怖かった。日々、どうすれば許してもらえるかを考えていた。考えても何も浮かばないため、墓を訪れていたのだが。
これは、許されたということなのだろうか。
彼の行為の真意が全く見えない。
「仁さんはかっこよくて…」
全く話が頭に入らないが、それとなく相槌を打って誤魔化す。
いっそ聞いてみようか。
瑞歩は一つ深呼吸をすると、決意を固めた。
「カレットさん。」
「どうした?」
「俺は、許されたんですか?」
「…どっちとも言えないけど、実際に行動を起こしたのはあんたじゃないし、あんたは何一つ悪くないだろう。あんたもあんたなりに頑張って、その果てが今だ。500年もよく頑張ったなぁって思ってるよ。」
「…そうですか…ありがとうございます。」
「あと、もう敬語使わなくていいよ。ちゃんと友達になろう。これからは瑞歩も一緒に戦うんだから。」
「…うん。」
「何も後ろめたく思わないでくれ。何も疑わなくていい。」
瑞歩はその言葉に目を丸くした。
「ほら、行こう。」
その言葉が、どれほど嬉しかったか。
この家に上がるのは実に4年ぶりだ。相変わらずの外装でカレットは少しホッとした。
「カレット!久しぶりだな!で、そのお隣は…」
「お、桜葉瑞歩といいます!よろしくお願いします!」
「そうかそうか。吾輩は日昇仁。鳥の力を持つちょっとした剣士だよ。よろしく。」
仁は相変わらずの笑顔でカッカッカッと笑った。
「俺に剣の使い方を教えてくれた人なんだ。」
カレットが嬉しそうに説明した。
「ところで、いったい何の用かな?」
「あの、今朝王子からのメールが届いて、細石さんの容態が少し回復したとあったので、仁さんならもっと詳しく知ってるんじゃないかなと思って来てみたんです。」
「そうか。とりあえず、尊は元気なんだと。」
「え、尊って誰ですか?」
「あー、ファイだよ。言ってなかったかな。狛石尊。」
「聞いてないですよ。ていうか、なんかもう普通に名前言っちゃってますね。」
「吾輩は名前を誰かに教えるくらいじゃ何も起こらないと判断したからな。」
「そうですか。それで…」
「あぁ。細石の世話は全て尊が行っている。細石は最近手の動かし方を思い出したらしい。字の練習をしているそうだ。」
「とりあえずは、元気なんですね。」
「そうだな。あと何年かかるかわからんが、吾輩は親友たちを待つよ。もちろん生きてな。」
「お互い頑張りましょう!俺も細石さんに会いたいですから!」
そのやり取りを瑞歩は眺めていた。
「細石さんはかっこいい人だよ。瑞歩にもいつか会ってほしいな。」
「そうか。」
カレットは瑞歩を見て微笑んだ。それに瑞歩も微笑み返した。
その帰りのことだった。瑞歩が俯きながら恵比寿こと歩のことについて語り始めた。
500年も昔の話。カレットには不思議な感覚がした。
500年と少し前の日の国。
2人は幼馴染の親友だった。その仲の良さは近所でも有名で、いたずらをするにも2人は一緒だった。だから怒られるのもいつも一緒だった。
「ねぇ瑞歩!僕が小学校を卒業する頃には瑞歩は20歳だよね?」
「うん。それがどうしたんだ?」
「あのね、中学生になったら部活とかで忙しくて今までみたいには遊べなくなるんでしょ?だから、卒業したらすぐに一緒にどこか遊びに行こうよ!」
「もしかして旅行って言いたいのか?」
「あたりー!最近裁の都が有名でしょ?だからさぁ、一緒に行こう!」
「いや、保護者には結構な責任があってだな…。」
「大丈夫!僕は良い子にするし、瑞歩は良い人だし。ねね、行こうよーっ!」
その熱に押し切られ、瑞歩は自分と歩の両親に許可を取ることになった。意外にも歩の両親はすぐに了承してくれたが、自分の両親の説得に時間を要した。
「瑞歩、もし事故にでもあったら大変じゃない。親も同伴の方が安心じゃないの?」
「俺もそう思うよ。でも、歩は2人がいいんだって聞かなくて…。」
そんな調子だったが、瑞歩は歩の為に毎日両親を説得した。
そして、とうとう折れた。
旅行が決まってから2人はパンフレットやパソコンで情報を集めた。
桃の果樹園に行こう。はぐれ御坂の言い伝えって知ってる?遊郭街には近づかないでおこう。お土産には桃大福。
そんな中、こんな情報を得た。
『裁くのは善と悪か
それとももっと何気ないことか
君が友かあるいは他人か
明日は晴れか雨なのか
白黒決めよう
だから坂を下ってやって来て
はぐれ御坂はどこにでも
どこからでも
躑躅を掻き分け
菊をすぎ
桃に至れ
そこに答えがあるはずだから』
「何かの謎解きかなぁ?」
「うーん。でも危険なことはないんじゃないか?」
「行ってみるだけだもんね。どうせ果樹園には行くし、ついでに謎も解いちゃおう。」
そしてその日はやってきた。バスで日の国の端の方へ。裁の都への坂道までを歩く。歩は嬉しそうに、飛んだり跳ねたり。転ばないように、怪我をしないように、瑞歩は細心の注意を払って歩いた。
はぐれ御坂。
ここを親友と歩けばその縁は永遠になるのだとか。しかしこの坂はここにしかない。どこにでも、どこからでもとはどういうことなのだろうか。
「早く行こうよ。」
「そうだな。」
その坂を下る時、坂を登る2人とすれ違った。白い髪の男性と女性。仲睦まじい様子で歩いている。
「兄さんは後から帰るから、2人で先に帰れって。」
「何の用があるんだろうね。」
瑞歩はその会話が聞こえた。それはつまり、2人で良い雰囲気で帰れってことだよな。お兄さんはきっと2人に幸せになってほしいのだろうな。
「瑞歩!早く!」
そう歩が叫ぶから瑞歩は急いで坂を駆け下りた。
それは街についてしばらくのこと。桃の果樹園までは距離があるため、茶屋で休憩をすることにした。
そこは静かなカフェのようで歩は少し背伸びした気分になっていた。
窓の外を眺めるとさっきすれ違った男性がいた。忘れ物でもして戻ってきたのだろうか。女性とは別行動をしているようだ。
運ばれてきたケーキを歩は笑顔で食べていく。
瑞歩はホットのコーヒーを少しずつ飲んだ。
「お代を払うから、歩は先に出て良いよ。」
「はーい。そこで待っとくね!」
歩は早く外に出たいようで、店の扉の外で待つことにしたようだ。
歩が出ていって扉が閉まった瞬間のことだった。
空がカッと光り、轟音と光線が街を襲った。
いったいどういうことだ。
瑞歩が外に出た。
店の人々も後に続く。
「歩!!?」
歩が店の前で倒れていた。
ゆさゆさと揺り起こす。
薄く目を開いた。
「歩…良かった…。」
胸を撫で下ろしたのも束の間、歩は立ち上がると、獣のような叫び声を上げた。
「歩…?」
歩だけではない。あの一瞬、外に出ていた人はみんなおかしくなった。
回らない脳で辺りを見回す。
そんな瑞歩にも灰が降りかかった。
さっきの白髪の男性が国の外へ向けて走っていく。女性の無事を確認したいのかもしれない。
「どういうことだよ…。」
建物の崩壊は無い。
人だけを狙った爆弾のようだった。
やがて凶暴化した人々を閉じ込めるために盆地状のこの国には蓋をされた。その上に栽の都が生まれ、今に至る。
話し終えた瑞歩はカレットに寂しそうな笑顔で微笑みかけた。
カレットもそれに応えたが、心の中では妙な感覚を抱いていた。
果たしてこんな大事を、ギリスというたった一人が行えるだろうか。
もう少し裏がありそうな気がしてならない。




