友達
王たちの会議は一旦お開きとなり、橙色の空の下をデウスは一人で歩いていた。王のことは家来たちに任せてちょっとした息抜きだ。街を見渡せるちょっとした高台の柵にもたれかかってぼうっとする。
今思うとこの街に40年いて、オレオル様以外に親友や友達と呼べる存在はいない。
そもそも、街の人々を護りはするが、大して信用はしていない。弱い者は信用したってなんの力にもならない。煙草…はやめておこう。別に吸わなくても生きていける。
『石掘りをやっていても生きていけるような裕福な家庭なんだろうから、強盗が来ても仕方がない』
金があったなら今頃カレットにもっと良い暮らしをさせていたさ。
妻のユニも両親も、怪物に殺された。あの時も俺はこの目で見たんだ。
だが、見ていない者は、俺がなんと叫ぼうが全ておとぎ話に変えていく。
「怪物は本当にいた。」
「夢の見すぎだよ。きっと強盗が来たんだ。落ち着いて。」
やっぱり煙草を吸おう。イライラとして仕方がない。
…友達が欲しいな。
俺の言ったことを疑わず、馬鹿にせず、ちゃんと頷きながら聞いてくれる、そんな友達が欲しい。
「よぉ、デウス。」
突然後ろから声をかけられて驚いた。うっかり煙草を落としそうになるが、指に力を入れてそれは回避した。こんな高所から煙草を落としたら大変なことになりかねない。
「お前でも驚くんだな。」
ケラケラと笑う。
「何の用だよヴァロナ…。」
不審がるような目で睨みつける。
「そんな怖い顔すんなよ。今日の俺様は大人しいんだよ。」
「嘘つけ。」
「本当さ。」
ヴァロナはデウスの隣に立つ。柵に肘をついて体の力を抜く。
「煙草は毎日吸ってるのか?」
「週に1、2本。イライラした時だけだ。」
「なるほど。今お前はイライラしてるんだな。」
「お前が来たからな。」
「それは違うな。俺が来る前からお前は煙草を吸っていたんだから。」
「カラスのくせに賢いよなお前。」
「カラスだから賢いのさ。」
煙草を咥えて吸い、肺に充満した煙をほぅと吐く。白い煙が空に消えていく。
横に目をやると、ヴァロナがその様子をまじまじと眺めて微笑んでいた。
「なんだよ。」
「…お前のことは赤ん坊の頃から見ていたけど、改めて大人になったんだなぁと思ってさ。」
「もう40だしな。」
「昔のお前はとても可愛かったよ。王様たちや両親に囲まれてとても幸せそうだった。」
「今となっては王様しか残ってねぇけどな。お前らのせいで。」
ヴァロナは胸ぐらをつかんで殴られる位のことを想定していたが、デウスはまた煙草を吸って煙を吐いた。特に何もしてこない。
「俺様のこと殴るんじゃないかと思ってたよ。」
「…なんか虚しいんだよ、今日は。」
「そっか…。」
疑わず、馬鹿にせず、頷いてくれる…
デウスはチラリとヴァロナを見た。
「いや、それはないな。」
「ん?」
怪物のせいで起きた悲劇をその怪物が疑うものか、馬鹿にするものか。こいつはきっと馬鹿の一つ覚えで頷いているんだろう。
他人は信用しない。
「なぁ、お前が信じてくれるかわからないけど、俺様はお前が生まれてから一度も人間を食べてないんだ。」
「…確かにお前を殺した回数は他のやつより少ないな。」
「だろ?俺様は頭がいいから、今までやってきたことが一体どういう事なのか、心を手に入れてから気がついたんだよ。」
「どういうことだ?」
「俺様たちペットは時代を追うごとに動物から人間に近づいていった。そして最近になってようやく心を手に入れた。赤ん坊だった時のお前がとても可愛かったから、俺様はなるべくお前を傷つけないように生きていきたいって思ったんだよ。」
「嘘くせぇな。」
「疑り深いな。」
「当たり前だ。」
ヴァロナは溜息を吐いた。
「…お前はさ、御主人様の昔の御友人によく似ているんだ。正直、ただのカラスだった頃から御主人様より御友人の家にお世話になりたかったよ。とても優しい人でさ、大好きだった。」
ヴァロナは何かを懐かしむように、デウスの頭を撫でながら微笑んだ。
「撫でんな。恥ずかしい。」
デウスは少し顔を赤くして怒った。
その様子を見てヴァロナはまた笑った。
「なぁ、デウス。」
「あ?」
「俺様と友達になってみないか?」
「は?」
「俺様はお前の頑張る姿をよく知ってるし、応援もするよ。少なくとも、街の人間よりか信用はできるんじゃないのか?」
「…はぁ。」
デウスは煙草の吸殻を携帯灰皿に入れた。
「確かに信用は出来るかもしれない。だが、メリットがない。」
「デウスは友達をなんだと思ってんだ?」
「お互いに利益のある関係だろ?」
「…それ王様には絶対言うなよ。友達っていうのは、利益をかなぐり捨ててでもお互いに助け合いたいと思うような関係のことを言うのさ。俺様はそんな関係にお前となりたいと思った。そんだけだよ。」
「…。」
「ゆっくりでも明日でもいいから、お前がなんでそんなにひねくれているのかを俺様に話してみないか?俺様ならきっとお前の話を聞けるよ。なんせお前は40年間見守ってきた可愛い可愛い…うーん、…赤ん坊?」
「ばーか。締まらねぇやつだな。」
デウスがクスクスと笑った。
「お互いに助け合いたい関係か…。まぁ、お前なら考えてやってもいいよ。」
お互いに利益のある関係を友達と呼ぶ。もしデウスの言葉が真であるとしたら、デウスのその笑顔こそが利益なのかもしれない。
寂しい世界で生きてきたデウスだ。今より少しくらい幸せになってもいいんじゃないか。
御主人様、どうかこれ以上デウスから幸せを奪うのはやめてください。
あまりにも惨めで、可哀想なんです。




