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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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ギリスの夢

帝釈天ことフラギリス・ボースハイトはある日幼い頃の夢を見た。5歳まで育ててくれた親であり、血の繋がらない仏様のような人。藤鼠色のふわふわとした髪に、浅葱色の着物。朗らかな笑顔が素敵な人だった。

「ギリス、今日もシュタルクといてくれてるんだね、ありがとう。」

そう言って頭を撫でてくれた。


「フラギリスっていうのはね、『弱い』って意味の言葉なんだよ。君には弱い人の心がわかる優しい子になってほしくてね。僕の妻には反対されたけど、いい名前だろう?」

俺はその言葉にひたすら頷いていた。



ある時、仏様がスーツの大男3人に囲まれている現場を見た。危ないと思った俺は仏様を助けようと飛び出した。そして男の大きな足にしがみついて、「仏様から離れろ!」と叫んだ。

「…ボースハイトさん、なんですかこのガキは…。」

「あぁ、僕の子供の一人だよ。君たちが僕より大きいから襲われてるとでも思ったんだろうね。」

仏様は奴らに敬語を使わせていた。そこで少し立場が垣間見えた。

「彼のコードネームは帝釈天。前に出ていった子の引き継ぎみたいなものだね。彼のおかげでメサイア家とも太いパイプができたよ。まったく、運のいい話だよ。」

「メサイア家ですか…。」

「これで警察の目もすり抜けやすいのさ。加えて彼には英才教育でも施そうかと思う。僕の右腕には最適じゃないかと思ってね。頭が良いし、何より純粋だ。僕の実の息子よりも優れている。」

「じゃあ、この子は…?」

「売りはしないだろうね。」

あの頃のギリスにはよくわからなかった話だが、大人になった今ならわかる。

当時、エルドラドで盛んに行われていた人体実験のための人間(マウス)を育てていたのだ。

普通の人間らしい環境で育てられた人間(マウス)なら、それはそれは良い結果が見込めるだろう。


そんなことはもちろん幼いギリスにはわからない。仏様のことは良い人だと信じ続けていた。


だがある日、全てが一変する。

仏様が目の前で何者かに射殺された。舞う鮮血の色も事切れて虚ろな仏様の顔もよく覚えている。

歳上の兄姉は全力を挙げて犯人を探した。

「殺してやる」と叫ぶ恐ろしい声。

何も出来ないギリスはただひたすらに自分より幼いシュタルクの耳を押さえた。せめてこの声が届かないように。しかし、ギリスも怖かった。だからシュタルクを抱きしめるように震えていた。


満月が落ちる頃、その声は止んだ。

どういうことだろうかと、ギリスはシュタルクの手を取って外に出た。2人でトテトテと歩いてしばらく、沙羅の林で兄姉たちが殺されている現場を見つけた。

付けられた傷の具合から、仏様を殺した人間とは別の誰かに殺されたのだとわかった。


辺りを見回す。シンとしているが、確かに何かの気配を感じる。不安が募り、思わず大声で泣いてしまいそうになった。

当然のことだ。突然最愛の仏様を殺され、大好きな兄姉たちも殺されたのだ。ギリスはまだ5歳の頃である。

だが、ギリスはぐっと堪えた。自分が泣いてしまえば、シュタルクはもっと怖がってしまうだろう。

「大丈夫、お兄ちゃんがついてるからね。」

ほとんど涙声でシュタルクを励ます。

「うん。」

対してシュタルクは何も感じてないようなキョトンとした顔をしていた。


さぁ、もう一度歩こうと思った瞬間、ギリスとシュタルクの体はふわりと持ち上げられた。誰かに連れ去られている。そう気づくまで、そう時間はかからなかった。2人を抱きかかえて走るのはスーツの男。そのあまりにも焦っているような表情に、ギリスは大声で助けを求めることも忘れていた。シュタルクも相変わらず表情を変えない。


「ラルゴ様、子供を2人保護しました…。どうやら無傷のようです。」

男は2人を小さな小屋に連れ込んで誰かと連絡を取っていた。2人は立ったまま様子を伺う。電話を切ると男は笑顔で2人に向き直った。

「君たちが無傷で良かった。怖かっただろう。よく頑張ったね。」

頭を撫でてくれたことで、ようやくギリスの緊張が解けた。へたり込んでため息を吐いた。

「おじさんは誰?」

「おじ…うん、おじさんの名前はゴスペル。とある任務でここに来ていたんだけど、化け物に遭遇してしまってね…。君たちの兄弟たちを殺したのはその化け物だ。どうにかそいつから身を隠していたんだが、まだ無事だった君たちを見つけたから今ここにいてもらってるんだよ。」

一体なんの任務なのか。恐らく仏様を殺したのはこのおじさん、ゴスペルだろう。もはやそれはどうでもいい。今起きている非常事態にどう立ち向かうかだけを考えるべきだ。

「おじさん、化け物はまだいるの?」

「あぁ。多分俺を探してる。君たちを逃がすのは簡単だ。だから安心していいよ。」

「本当に?」

「俺は無駄な殺生は嫌いだ。だから、君たちの兄弟たちの分、一矢報いてやるつもりだよ。」

「じゃあ、おじさんが無事に逃げ切れたら、俺がおじさんを殺してもいいよね。」

「バレてたか。…そうだな。いいよ、構わない。君たちの親が何をしていたのか、君たちは知らなくていい。」

ゴスペルはバッグを探ると2つナイフを取り出した。

「あいにく君たちに渡せる武器はこれしかない。護身用に持っていきなさい。君たちに裁の都までの行き方を教えるから、都に着いたらナイフを売ってお金を手に入れるといい。使って血がついても歯がこぼれても、それなりに高価なものだからきっと売れるさ。」

「…わかった。頑張る。」

「うん、良い子だ。」

ゴスペルは小さな巾着袋を取り出すと、そこに手持ちの食料を入れた。

「これも持っていきなさい。お菓子はないけど、どうにかこれで生き繋いでくれ。」

「おじさん、生き残る気ある?」

「大丈夫だよ。3日くらい食べなくても平気さ。」

「ちゃんと生きて殺されに来てよね。」

「わかってる。じゃあ都への行き方だが、方位磁石の使い方はわかるか?」

「うん。」

「君は本当に賢いね。じゃあ、この北西。こっちに向けて真っ直ぐ歩くんだよ。きっと化け物は来ないから、怯まず、真っ直ぐ行くんだ。」

「わかった。」

「よし、じゃあ行っておいで。」

ギリスは頷くと、シュタルクを連れて小屋を出ていった。



「はぁ〜〜っ、無理無理、絶対無理。」

ギリスたちが去った後、ゴスペルはあまりにも大きな溜息を吐いた。化け物がいること、自分を狙っていること、生き残ってもあの子供たちに殺されること。何をしても生き残る術がない。

ボスに連絡をとる。

「ラルゴ様、子供2人を裁の都まで向かわせてます。」

『ご苦労、ところで君は大丈夫なのかね?』

「はい、ご心配無く。」

電話を切ると、ゴスペルは泣きそうになった。だが、あんな小さな子供が頑張っているのだから、自分がくよくよしている場合じゃない。

もう一度溜息を吐くと、ようやく外に出た。

来るなら来い。

どうせ生き残れないのだから、やれることはやってやろう。

身構える遥か先に、その化け物は立っていた。




ギリスたちは2日ほど歩いてようやく裁の都にたどり着いた。大きな坂道を下ればすぐそこである。

「シュタルク、よく頑張ったな!もう少しで着くから、あともうひと踏ん張り頑張ろう!」

「うん。」

シュタルクは相変わらず表情を変えない。だが、ギリスにはそんなことを気にしている余裕はなかった。やっと休める。それだけしか考えていない。


ホッと溜息を吐いた時、シュタルクがバッと後ろを向いた。ギリスもその視線を追う。嫌な予感はしていた。だが、感じないようにしていた。気のせいであってくれと。

「シュタルク、…俺の後ろに隠れて…。」

震える手でシュタルクの肩を掴む。

「…。」

言うことを聞かないシュタルクはただ真っ直ぐにそれを見つめる。


血みどろの、虫のような人のような化け物がいた。

にぃっと汚い笑みを浮かべると、2人に襲いかかろうとした。

もうダメだと思ったギリスは目をギュッと瞑ると、やがてくる激痛に身構えた。

だが、それはやってこなかった。


どうしたのだろうかと目を開くと、ナイフで化け物の首を狩るシュタルクの姿があった。

「兄さんは弱すぎるよ。」

切り離した化け物の首を放ると、それは塵のように消えていった。

「シュタルク…俺より小さいのに強いんだな…。」

「違う。兄さんが弱いんだよ。」

シュタルクの冷たい視線が刺さった。


ふとギリスは思い出した。

シュタルクが仏様に『毘沙門天』と呼ばれていたことを。





そこで目が覚めた。あまりいい夢ではない。

「お目覚めですか、ギリス様。」

「あぁ、おはよう。」

増長天がお茶を持ってきてくれた。飲みやすい温度に調節されていて、寝起きの喉にはちょうど良かった。

「少しうなされてましたよ。どんな夢を見たのですか?」

増長天は少し仏様に似ている。何か恐怖心に駆られていたギリスは、少しずつこぼしていくように夢の内容を語ったのだった。

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