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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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3年目の終わり

それはカレットが帰ってからのことだった。閏は一日に2体しか来ない。これがイオタ曰く今までの500年以上の間、絶対のルールだった。だから、ローは驚いた。


あの日の白い子供の閏が目の前に現れたのだ。


かたきうちをしなくては。


ローはそれしか考えていない。


イータがその異常に気づいたのは地を抉るような轟音が響いた後だった。


「ロー!!?」

「イータ!こっちに来るんじゃない!!コイツは前より強くなっている!お前じゃ勝てるはずがない!!!」

「でもあんたが殺されるわ!!」

「俺のことはいい!!早く逃げろ!!」


ローの忠告はイータに届いていた。しかし、イータはそれを素直に聞き入れない。

武器を取ると、その閏に向けて構える。

「勝てるかもしれないじゃない。あんなに沢山修行したんだから!」

「無理だ!!やめろ!!」


「やるわよ。」




その次の朝のこと。カレットたちは泣きそうな顔で走って来たシータによって2人の訃報を知らされた。

「遺体は…あるのか?」

イオタがシータに尋ねた。シータは首を横に振る。今度は骨の一片も残されなかったようだ。

カレットは自分の不甲斐なさに言葉も出なかった。涙すら出なかった。



クセロが言うにはローの名前は「柿持(かきもち) 心護(しんご)」らしい。対してイータに名前は無い。


「イオタさん、イータに名前が無いの知ってましたか?」

カレットは親代わりだったイオタに聞いてみた。

「…あぁ、知ってた。」

「…与えようとは、思わなかったんですか。」

「思った。思ったから、まだ名前を決めかねていた。」

「…そうですか。どんな名前なんですか?」

「シオン。」

「いい名前じゃないですか。シオンの花でしょう。」

「…いや、花言葉が『追憶』『遠方にある人を思う』だから、俺がイータに期待するべきことではないから…与えられなかった。」

「…じゃあ俺が与えても良いですか?」

「俺は、その方がいいと思う。」

「シオン…。」


「シオン・ヘブンズドア。」

イオタが少し微笑んだ。

「…許されますかね。」

カレットは顔を少し赤くして涙目で問う。

「イータもお前のことを愛していたよ。」

その言葉を聞いたカレットはとうとう泣き出してしまった。




一方、持国天も蹲るようにして泣いていた。彼を追い詰める『責任』という言葉。

蹲る彼を恵比寿は笑顔で見下ろしていた。強くなって帰ってきたことを喜んでくれていると思っているのだ。白い服や髪は赤く汚れ、起こった事の凄惨さを物語る。


「持国天、いるか。」

そんな彼に話しかけたのは帝釈天だった。

「なんすか…。」

顔を上げることもなく持国天が答える。

「…恵比寿のことはお前に全て任せていたのに、よくもやってくれたな。」

「…さーせん。」

「…まぁ、せいぜい責任のある行動をとることだな。恵比寿はお前中心にしか動こうとしない。恵比寿の行動の全てがお前の責任だ。いいな?」

「…わかってますよ、あんたに言われなくても。」

終始、持国天は帝釈天の顔を見なかった。

帝釈天がいくら辛そうな顔をしていようが、持国天はこれから先も知ることは無い。

ただ、恵比寿だけが首を傾げていた。


恵比寿はやっと持国天が悲しんでいることに気づいた。ただ、それがどうしてなのかはわからないため、彼なりの方法で慰めることにした。

新しくできるようになった巨大化。髪も伸び、ふわふわのボサボサになる。まるで化け物だ。その姿なら、持国天を今まででやってもらってきたように抱きかかえることができる。

早速実行する。しかし、持国天は未だ悲しげな表情をしていた。それどころか、より一層悲しむ様子を見せる。恵比寿は焦った。だから強すぎる力で持国天を潰してしまった。


「しばらく近づかないでくれ。頼む。」

再生した持国天は恵比寿にそう言うと、1人で歩きだした。宛などない。ただ足が進むというだけ。

恵比寿はまた首を傾げた。




「…これでいいんだろ?」

帝釈天はとある男に問う。

「恵比寿についての処罰は…これでまぁいいとしよう。」

男はため息をついた。


帝釈天は男に遊郭街のアダムに護るよう頼まれた人々に人肉を食わせるか、持国天を言葉で追い詰めるかどちらかを選べと命令されていた。

「なんでこんなことを俺にやらせるんだ。」

「面白いから。それじゃあ理由として不十分かな?」

「そう言うと思ったよ。じゃあな。」

帝釈天はさっさと遊郭街に戻っていった。





これが、3年目に起きたことである。

カレットが来てからというもの、閏が誕生してからの500年に大きな揺らぎが出始めていた。

もしかしたら、この歴史の終わりを本当に見ることができるかもしれない。


咳き込む。

口を抑えた掌には血がついていた。


本をよく読む彼にはこの500年の苦痛がよく分かる。だからこそ、終わりを見たい。

間に合うだろうか。

間に合うといいが。


洗面所で血を洗い流す。

そこにオミクロンがやってきた。

「クシー、どうかしたの?」

「いや、なんでもない。小生の蔵書にちょっと虫が集っていたから駆除していたんだ。」

「うぇー、そうなの〜?まぁいいや。お茶入れたから一緒に飲もうよ。」

「そうさせてもらおう。ありがとう。」


クシーの家系は先祖代々とある薬の服用をしなければならないと命じられている。

身体を強化する薬だ。身体の弱い彼の家系はその実験の被検体となることで、強い身体を得ようとしていた。しかし、彼の代になってなお薬は完成しない。

クシーはほとんど諦めていた。もって2、3年。どう生きることが最もみんなのためになるだろうか。

オミクロンが去った洗面所でまた咳き込む。

どうか、終わりに間に合ってほしい。

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