子供達の恋の話
今日もカレットはイータの家に来た。しかし、一つだけ違うことがある。今日はイオタも来ているのだ。
「え!イオタさん、どうして来たの?」
「いや、カレットがあまりに楽しそうにお前のことを話すから、久々に会いたくなって。」
「そうなのね。直ぐにお茶を出すわ。」
目に見えてイータは嬉しそうに振る舞う。その様子を見てカレットは少しムッとした。
「俺だけの時より嬉しそうですね。」
「来客は多い方が楽しいだろう?それだけのことさ。」
「それはそうですけどー。」
イオタはカレットの頭をポンポンと撫でた。
「イオタさん、あの時はごめんね。酷いこと言っちゃって…。」
リビングで3人で座ってすぐにイータがイオタに謝罪した。イオタは少し首を傾げると、何か思い出したような顔をした。
「あぁ、イプシロン…ケオが亡くなってすぐの時か。もう気にしてないよ。」
「…でも、私がずっと気になっちゃってて。」
「イータも辛かったもんな。よく頑張って生きてくれたよ。ありがとう。」
イオタはイータの頭を優しく撫でる。
「もう、カレットの前じゃ恥ずかしいよ。もう子供じゃないんだから…。」
「今でもちゃんと俺の可愛い娘だよ。」
カレットは眉をひそめた。
「え、娘?」
当然の疑問である。
「血は繋がってないがな。赤ん坊の頃にやってきたイータを俺が育てたんだ。」
「最初はイオタさんの顔がいつまでも変わらないからビックリしちゃった。ウプシロンさんなんて会う度に老けていくのに、シワひとつ入らないんだから。」
「じゃあイータはイオタさんが不老不死ってこと…」
「知ってるわよ。10歳くらいの頃にこっそり教えてくれたの。」
「そうなのか…。」
「イータのお母さんは、イータを生んですぐにここに来た。だからすぐに戦死してしまったんだ。…守れなくて申し訳なかった。」
「ううん。イオタさんは何も悪くないわ。守ろうとしてくれてありがとう。」
「そう言ってもらえると、俺も少し救われるよ。」
カレットは2人の会話を黙って聞いていた。
その様子を見たイオタが微笑みかける。
「カレットになら、イータを任せても良いかもなぁ。」
「へ!?」
「イータの将来の夢は綺麗なお姫様だったな。」
「違う!お嫁さんよ!」
「あぁそうだそうだ。カレット、よろしく頼むよ。」
「お、俺でいいのならぜひ!!」
そのカレットの様子を見てイオタはまた笑う。
「お前のその真っ直ぐなところ、昔の俺にそっくりだな。」
カレットはまた照れた。
イオタは先に帰ることにした。イオタのいなくなった空間で2人は身を寄せあってソファに座る。
幸せだと思う。
手を握れば握り返してくれることが、こんなにも嬉しいことだとは。
ゆっくりと目を閉じて時計の音を聞く。
1秒がゆっくりと流れていく。
イータの心音が伝わってくるような錯覚。
「イータ、生きていてくれてありがとう。」
「それは私のセリフだわ。生きていてくれてありがとう、カレット。」
2人だけの時間はたおやかに流れていく。
一方、ローは不機嫌だった。
カレットが幸せなことが癪に障る。
自分が手にできなかった幸せが目の前で動き回っているのだ。イライラするのも仕方がない。
閏に八つ当たり。
3度切り、7度なぐり、5度けって、6度また切り、4度ふみつぶす。
それだけでも閏の死体はぐちゃぐちゃだ。
どうにもならないことはわかっている。だが、気持ちがおさえられない。
だからといって、カレットをどうこうするわけでもない。アイツは、幸せになった俺だ。そう思ってやり過ごす。
「ローさん、大丈夫?」
「…シータ。なんでもないさ。」
「君の顔を見てると、俺が好きだったシータを思い出して嫌な気分になるよ。」
シータは悲しそうな顔をした。
バカだから、正直であっていいというわけでもない。バカならバカなりに、うそのひとつやふたつも言えなければならない。
シータの笑顔を思い出す。ある日春風のようにやってきた少女。桜がまうようなほがらかさ。
全てが好きだった。
だから今、とてもくやしいんだ。
だから、だから…シータが大切にしていたものを護りたい。
俺は、イータを護らなくてはならない。
ローは抑えきれなかった分の悔しさを地団駄を踏んで誤魔化した。
その夜、イオタは夢を見た。レイラが目の前で手を広げ、イオタを待つ。あの頃と同じように、イオタはそれに応える。
出会った時と同じ、隊服ではない綺麗な洋服に身を包むレイラ。イオタに抱きつくととても嬉しそうに微笑む。
思わず強く抱きしめたくなる。
だが、イオタはこの夢の結末を知っている。
もう何度も見た夢だからだ。
その知識とは反対に、夢の中の体はレイラを強く抱きしめた。
その瞬間、レイラはガラスのように割れて崩れ落ちた。視線を落とすとレイラが立っていた場所やイオタの掌に青い砂が残る。
サラサラと風に流されていく。
その行方を追えば、そこにいたのは
清々しいまでに晴れた朝。イオタは勢いよくその身を起こした。ひどい寝汗が長い前髪をつたう。ぜぇぜぇと息切れまで起こす始末。
寂しかった。
辛かった。
まだカレットたちは起きてないだろう。
イオタは朝から独りで静かに泣いた。




