大人たちの隠し事
ポース王子は父に呼び出された。何の話か検討がつかない。また何か父の気に触ることでもあったか?本当に心当たりがない。
「ポース、二十四言狼のうち2人を内地に戻し、治療をしているそうだな。」
「それがいかがなさいましたか。私は正しい行いをしたまでです。」
「…そうだ。お前の行いは正しい。だが、必要とされる正しいとは違うのだ。」
「貴方は私にどうあれと言っておられるのですか。」
「悪人であれと言っている。せめてヘルゲートの目の及ばない場所で正しい行いをしなさい。」
王子は心底呆れた。一体何を言っているんだこの人は。
「それを私が聞き入れるとでもお思いですか?このクソ親父。」
精一杯の悪口を父にぶつけ、ポースは父の部屋を去った。
「オレオル様、久々に遊びに来ましたよ。」
「やぁ、デウス君。いつもいつもご苦労様。」
王子が立ち去ってからしばらくして、ティーセットとケーキを荷台に乗せて部屋に入ってきたのはデウスだった。紅茶を注ぎながら王に話しかける。
「王子様、立派になられましたね。」
「あぁ。でも、妻に似てあの子はとても良い子に育ってしまったよ。」
「お手本じゃなくて反面教師にされてしまいましたか。」
デウスがくすくすと笑う。
「そうだな。我儘な子になるよう、どんな願いも叶えてあげたのに。とても、いい子になってしまった。」
王は頭を抱えた。デウスが紅茶を差し出す。
「本当なら、とても良いことなんですけどね…。」
「もし君がずっとポースのそばにいてくれるなら、ポースに本当のことを話してあげられるのに。しかし、引き換えに民衆が犠牲になるなど、あってはならない。」
「カレットが帰ってきた暁には、王子の護衛を任せますよ。」
「カレット君は将来有望な人材だろう。そんなことをさせてはならないよ。」
「王子も将来とても有望ですよ。オレオル様が裏で少し手伝ってるだけで、あとは自分主体で二十四言狼を支えてくれてるじゃないですか。あの歳で海の国の技術、エルドラドの医術の提供を呼びかけるなんて…普通の子供なら出来ませんよ。」
「…運ばれてきた2人は無事だろうか。」
「はい。聞くによれば、犬族の青年の容態は回復しているらしいです。ですが、月星家の青年は3ヶ月経っても変化がないそうです。」
「エルドラドの医術も通用しないのか…。」
「まだ3ヶ月と思って、朗報を待っておきましょう。」
甘いイチゴのショートケーキも残りわずかという頃、デウスが王に問いかけた。
「…もし、この戦いが生きているうちに終わったら…オレオル様はどうしたいですか?」
「…ポースに全部本当のことを話して、2人で妻の墓参りに行きたいよ。」
「そうですよね。私も同じです。妻にカレットの姿を見せてあげないと。」
「…終わるといいな。」
「そうですね。」
「君だけが秘密を知ってくれているから、またすぐに頼りたくなってしまうよ。」
「頼ってください。私の秘密もオレオル様しか知らないですから、私も頼りたいくらいですよ。」
「引き続き、お互い頑張ろう。」
「はい。あと1杯だけ飲んだら帰りますね。」
カレットとアイが来てもう3ヶ月経った。未だにイオタからの連絡は来ない。まぁ、なんとなくわかっていたことだ。
2人以外誰も泊まりに来ていない深夜。ウプシロンとオメガはだだっ広いテーブルを挟んで話し込んでいた。
「ウプ、この際もうイオタに正直ニ話そうヨ。僕たちはイオタのコトを理解してるよッテ。」
「そうしてやりたい気持ちもあるが、今まで隠し通したかったことをバレていると明かされるのも怖いんじゃないか?」
「ソウかナァ…。」
「少なくとも俺は誰にもお前との秘密は知られたくない。普通怖がるだろこんな話。」
「だよネェ…。でも彼は君じゃないデショ?また違うカモしれないヨ。」
「そこなんだよ。…どうしようか。」
「アイちゃんはサ、イオタのことを僕たちヨリも知ってるんじゃナイカナ?」
「知らないのはカレットだけってことか。」
「ソレもなんだか可哀想ダネ。」
カレットはその会話を聞いてしまった。目が覚めてしまい、どうにも眠れそうになかったのだ。
カレットだけが知らない話。気になって仕方がない。
思い切って尋ねることにした。
「イオタさんについての俺だけが知らない話ってなんですか?」
「カレット!」
「聞こえちゃっタ?」
2人ともとても驚いた。いないと思っていた者がいるのだから当然だ。
「…カレットには話してしまおう。ちょっとおいで。」
ウプシロンが手招きした。
席に着いたカレットは並んで座り直した2人の顔を見比べる。
オメガはニコニコしているが焦っているようにも見える。
ウプシロンはあからさまに焦っているようだった。
1つ深呼吸をしてウプシロンが話し始めた。
「聞かれたからには仕方がないから、俺達がわかる範囲で話をする。」
「はい。」
「カレットは不老不死の人間がイルってことは知ってるカナ?」
「閏みたいなやつですか?」
「あぁ。だが、遠い昔に閏以外にも不老不死を得た人間がいるらしい。その内の一人がイオタなんじゃないかと俺達は考えているんだ。」
「…それはどうしてわかるのですか?」
ウプシロンとオメガがお互いに目で合図を送る。口を開いたのはウプシロンだった。
「イオタは俺が10歳でここに来た時からあの姿のまま生きている。」
「なんナラ、僕が10歳でここに来た時モ彼は彼のままだったヨ。」
「えっ…2人ともイオタさんより年上に見えますよ…?」
「そうだ。つまり、俺たちは長く生きたから気がついたんだ。」
「イオタは、僕達がキミにそのことを話すんジャないかと気にかけテ、僕達に判断を任せて帰っていったンだと思うヨ。」
「…話しちゃいましたね。」
「話してしまったな。」
「話しちゃったネェ…。」
「お二人は今おいくつなんですか?」
「俺が40でコイツが50だ。」
「え!?オメガさん…30代にしか見えないですよ…?」
「エデン人の体質なンダ。途中から歳をとりにくくナルんだヨ。」
「腹立つよな。」
「…あはは。お二人は同居してるんですよね?」
「そうダヨ。ウプは僕の息子みたいなモンだヨ。」
オメガがウプシロンの頭を撫で回す。
「やめろバカ。」
「相変わらズ、悪口のボキャブラリーが無いネェ。」
「お前に育てられたんだから仕方ねぇ。」
「褒め言葉シカ言ってないカラネ。」
オメガがふふんと鼻を鳴らした。
「なんで同居してるんですか?」
「…僕が20の時に10歳のウプを預かったんだケド、ずっとお世話シテたら手放しタクなくなっチャッテ…。えへへ。」
「ったく気持ち悪いよな。早く解放してほしいぜ。」
「親バカなんですねぇ。」
「あーヤダヤダ。カレット、早く寝なさい。俺達もそろそろ寝る。」
「はい!…色々とありがとうございました。」
「いいんダヨ。マタゆっくり話そうネ。」
カレットが寝たことを確認して、ウプシロンはまたオメガの前の席に座り直した。
「…カレットは賢い子だ。俺達がイオタの話をしてしまったという嫌な感覚を話を逸らして誤魔化そうとした。」
「マァ、誤魔化した先がダメだったけどネェ。」
「オメガ、よく誤魔化したな。」
「半分以上本音だからネ。僕はウプシロンとずっと一緒にいたいカラ。」
「同居を続けようとしてるのは俺の方なんだがな。」
「マダ僕の監視を続けたいカイ?」
「被食者はいつも怖いんだよ。お前に食われるか、閏に食われるか。」
「食べるにシテモ、僕はウプしか食べないヨ。」
「おー、怖い怖い。」
「ホラ、もう寝ようヨ。ウプを食べようとする閏は僕が殺してあげるからネ。」
「俺より先にお前を殺そうとする閏も俺が殺すさ。」
「オー、怖い怖い。」
パチンと電気を消す音が響いた。