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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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サンタマリア病

ふつりと静寂に包まれた。


青い石が仲間の腹を貫いて赤く染まっているのだ。誰も声を出せない。

だから、最初に響いたのは雅の耳に煩い高笑いだった。

「あぁおかしい。こんなにあっさり仕留められて。その挙句に誰も動けないんだもの。さぁ、これからどうするつもり?」

雅が手を叩くとラピスラズリは砕け、ファイが前のめりに倒れた。

「全員倒したあとでゆっくり食べましょう。足手まといにでもなってなさい!」

ファイが蹴り飛ばされ、カレットたちのもとへ転がる。

「そんなもんじゃ死にはしないわ。だからさっさとかかって来なさい!」

今サンピがいたらすぐにファイを抱えて避難してもらっていただろう。しかし、今はシグマの家で調べ物に勤しんでいる。もしサンピが自由に未来予知をできるようになったとしたら、とてつもない戦力になる。だから今こそ必要なことなのだ。


仁は1つ大きく息を吸った。

「鳥言葉、ツキノワテリムク。」

見開いた瞳は黒く染まっていた。手に持つ刀は青い光沢を帯びる。

「カレットにも1度も見せたことの無い技を使う。だが、カレットの観察眼ならば吾輩の動きを見て自分がどう動くべきか判断できるだろう。だから頼んだ。」

そう言うと雅に向かって走り出した。

「やっと戦う気になったのね!」


「狂乱の型、真昼(しんちゅう)(みかづき)。」

それはまさに狂気がようだった。まるで何も考えずに刀を振るっているようにも見える。

「なによ、急に強くなって…!」

雅も宝石で防ぐが、少しずつ切り傷が増えていく。首が飛ぶのも時間の問題のようだ。カレットに出る幕はない。


と思っていた。

「ああもう、これは使いたくなかったのに!」

雅が後ろに跳んで距離をとった。

「砕星術 散弾ノ九パパラチアサファイア!」

銃弾の雨のようにサファイアが放たれた。仁は避けきったが、カレットとシグマ、アイの方へ飛んでいく。

「……っ!!!」

まだ間に合う!

仁は走った




間に合った。

「仁さんっ!!!」

刀で防ぎきれなかった数発が仁に当たった。無傷のカレットが助けに入る。

「し、シグマさん、どうしましょう…?」

カレットは無力だ。ただ弾丸の命中率を上げることしかできない。

「お、俺がやる!」

「アイちゃん!?無理だよ!!」

「無理でもやらなきゃ…本当に全滅する!!」



シグマ、細石は焦っていた。今までは力を使うごとに生活に違和感を覚えていたが、とうとう確信に変わってしまった。

手もとに1つ、アイオライトを出してみた。


これは記憶だ。

自分の中のなにかの記憶が集まって出来た宝石。

もし、使い切ってしまったらどうなるのだろうか。何も持たない廃人になるのか、言葉も忘れてしまうのか、身体の動かし方も忘れてしまうのか。

怖くなった。だが、そんなことを言って許されるような環境ではない。記憶が安く感じるほどの命のやり取りをしている。

深く息を吸って、吐いた。


「君。」

「…シグマさん?」

「君の名前は覚えてないけれど、どんな力を持つのかは覚えている。僕に少し付き合ってほしい。いいね?」

カレットには細石が何をしようとしているのかが分かった。

「だ、ダメですよ!全員で、生き残れるはずなんですから!!」

「…大丈夫。君たちだけでも無傷で生き残ってくれよ。これは僕からのお願いだ。わかってくれ。」


頷くしかなかった。もちろん嫌だ。だが、これはもう戦争なのだ。やろうと思ったことはやるしかない。

「…君は優しい子だ。」

お世話になるために初めて家を訪れた日にはあんなに冷たい人だと思ったのに。何かを忘れたのか、これが本当の彼なのか、とても優しい声と笑顔だ。

「さぁ、やるぞ!」

「…はい!!」

泣いてしまいそうだった。


「砕星術 砲弾ノ十カルボナード!!」

黒い大きなダイヤモンドだ。まさに砲弾のように飛んでいく。

雅が明らかに焦った。

「砕星術 守護ノ十ブルーダイヤモンド!」

青いダイヤモンドのシールドが展開された。

しかし関係あるものか。

「押し通す!誤差1mm!!」

「硬度十同士よ!相殺してあげるわ!」

その言葉を聞いたシグマが呟いた。

「…劈開(へきかい)って知ってるか?」

ダイヤモンドがぶつかった。大きな音が響いたあと、割れたのはブルーダイヤモンドの方だった。

「ひっ!」

カルボナードはそのまま雅を押し潰した。

それと同時にシグマも倒れてしまった。


「か、勝った…」

カレットは膝から崩れ落ちた。勝利といえど、損害が大きすぎる。死なないのだとしても、倒れ込んだ3人は全員重傷だった。

「カレット!」

「アイちゃん!やった…、勝ったぞ!!」

アイのいる方を向いて笑った。



「違う!!しゃがめ!!」

「えっ…」

あまりに焦った表情のアイを見てカレットは何も考えずにしゃがみ込んだ。

その瞬間、頭上を刃が通り抜けた。

そう、

「まだ…」

「死んでたまるものですか!!」

血塗れの雅が立っている。顔の半分は皮膚を失って、言い様もない嫌悪感を抱かせる。

「殺してやる…せめてアイ、あんただけは…!!」

アイに向けて手を伸ばす。

「砕星術…」


「そこまでだ。」

声とともに、刀が雅の心臓を貫いた。刀を抜き去ると驚いた表情のまま雅は前のめりに倒れた。

「イオタさん…!!」

「すまないな、遅くなった。」

刀を鞘に収めると、イオタは雅につけた傷を観察した。

「アダム、本当にこれで大丈夫か?」

「ふむ、大丈夫でしょう。しっかり心臓を貫いてます。」

イオタが来た道をアダムと呼ばれた男は王子の配下たちを連れてやってきた。

「兵士さんたち、倒れている方たちの治療をお願いします。」

そう言われると兵士たちは快く返事をして作業に取り掛かった。

「例の武器ができたんだよ。」

イオタはカレットに向けて言った。

「本当ですか!」

「きっと今から効果が出る。」


「嫌よ、死にたくない…」

刺された本人には異常がすぐにわかるようだ。

「ダメです。貴女は間もなく死ぬでしょう。」

「布袋…あんた裏切ったわね…!!」

「私はもとより非協力者ですよ。ギリス様なんて全く興味無いです。」

「あんたに帝釈天様の良さがわかるもんですか!それなのに…なんで、なんで…」

心臓の辺りから何かの蔓が生え始めた。それはやがて蕾をつけ、花を開いていく。

「何よこれ…」

「サンタマリア病ですよ。」

そう言い放つとアダムは雅のそばを離れた。


「兵士さん、ちょうどいいタイミングで武器を運んでくださりありがとうございます。」

「いやいや…偶然ですよ。」

「アイちゃんのお友達のカレットくん、兵士さんから武器の説明を聞きなさい。あとアイちゃん、もうパパと呼んで大丈夫だよ。おいで。」

そう言われるとアイはぱひゅんとアダムのもとへ走り、抱きついた。

「パパ!!」

「カレットくんたちがそばにいてくれたから怖くはなかっただろう?でもよく頑張ったね。」

カレットはその様子を見てから兵士のもとへ走った。

「君がカレットくんか。まだ幼いのにこんなことに巻き込まれて…」

「いえ、誇り高い仕事ですよ。関われて光栄です。」

そう言うと兵士は嬉しそうな顔をした。それほど恵まれない立場にある仕事なのだろう。

「じゃあ君の武器を渡そう。注文のあった水銀刀だ。これには閏を殺せる毒が仕込まれている。だが、良い閏は人間に戻す作用のある毒だ。」

「それには何か基準があるんですか?」

「現在調査中と言ったところだ。アダムさんが調査を進めてくれるらしい。」

「…わからないのに戦い続けるって怖いですね…。」

「もし戦った閏が人間に戻ったならば、直ぐに連絡ができるような仕組みを作ることにした。だから安心して戦ってくれ。」

「なるほど…。」

「それに、アダムさんがランダムに閏を選んで送り出すらしい。その結果で法則を見破ろうという算段だそうだ。」

「わかりました!」


ようやく水銀刀を手に入れることができた。兵士たちは各二十四言狼の所へ赴いて武器を配布したという。

「死にたくない…」

雅の声が聞こえてきた。

「死にたくなかった人間を殺して食べた報いですよ。受け入れなさい。」

アダムが冷たく言い放ったと同時に、一気に花は咲き乱れ、雅は消滅した。人型に残った花の中には光り輝く実。

「サンタマリア病の花のモデルはクレマチスというものらしい。花びらは宝石のようで組成がアクアマリンと同じなのだそうだ。実はあまりにも美しい青を呈する。だからサンタマリアアクアマリンからサンタマリア病と呼ばれるようになった…らしい。」

イオタが淡々と説明をした。しかし、その表情はと言うと、笑うのをこらえているようにも見えた。


たとえ、誰かを殺した相手でも、死んだことを笑えるというのは少しおかしいと思う。


イオタには何があるというのだろうか。


心配そうなカレットをよそに、アイはアダムに甘えるのだった。

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