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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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砕星術

嵐は通り過ぎた。二十四言狼は各地で閏を迎え撃つ用意を始めた。晴れ始めた空には雲がいくつか残る。

「さて、誰が来るだろうか。」

イオタは空を見上げながら呟いた。

「イオタさんは閏についてどこまで知っているんですか?」

カレットはふと思った疑問を投げかけた。

「…さぁ。アイツらはどこまでも謎だから。」

カレットを見ながらイオタは微笑んだ。その笑顔には何か裏がある。そうカレットは直感した。

「カレット、お前の一番の武器はその観察眼だ。タウにも聞いたぞ。優秀なんだってな。」

「次はイオタさんが教えてくださいよ?寝込まないでくださいね。」

「今回は大丈夫だ。だが、明日からまた歩くぞ。怪我をしないように。」

「なんでですか?」

「いや、これ以上の長居はシグマたちに迷惑だろうから…。」

俺が原因なんだがな。また申し訳なさそうに微笑んだ。

「またカッパさんに助けてもらわないとかもですね。」

「冗談キツいな…。」

2人でクスクス笑っていると、誰かが後ろからイオタの頭を叩いた。バッと振り返るとそこにはシグマがいた。

「なにヘラヘラしてるんだ。しっかり警備しろ。どんなやつが来るか見当もつかないのに。」

「す、すみません…。」

「あまり力を入れすぎるなよ、シグマ。誰も死にはしないとサンピに聞いた。」

「だからと言ってなぁ…」

シグマは呆れた顔をして、タウとファイを連れて別の場所の警備に回った。


「や、やっと解放された…。」

「アイちゃん!」

「ついさっきまでファイに捕まってたんだよ…。昨日も聞いた話を今朝から2回繰り返された…。あの人馬鹿なのかな…?」

カレットは仁の言葉を思い出した。確かにファイのことを馬鹿だと言っていた。

「それよりアイちゃん、今日はすごい力を見せてくれるんだろ?楽しみにしてるぞ。」

「ふふーん、驚いて腰を抜かすなよ?」


二人で話しているとイオタが突然後ろから二人を担ぎあげた。

「シータたちの方から変な音がした。弁財天かもしれない。行くぞ。」

風の音しかしなかったのに?しかしイオタは何かが聞こえたのだろう。カレットが分析をしようと思った途端、イオタが走り出してしまったのでそれどころではなかった。


「えっ、イオタさん!?どうしたんですか!」

「か、カレット!」

一緒にいたシータとイータはとても驚いていた。その様子を見るに異常はまだ起きていないようだ。

「弁財天が来る!アイツの琴の音がした!!」

「ここにですか…。」

シータが青ざめる。イータは震えるシータを優しく抱きしめた。

「大丈夫、あなたは私が守るからね。」

その言葉に安心したのかシータはホッとため息をついて笑った。


「…遊んでやがるなアイツ…。また遠くの方で音がした。」

イオタは呆れたように呟いた。

「昔から変わらねぇな…」

イオタの言う昔がよくわからない。カレットは首を傾げた。

「カレット、アイちゃん、もう一度走るぞ。シグマたちの所まで。」


「ふぅん。でも君は馬鹿だねイオタ。アイツらは僕達を食べることが目的なんだろ?移動しなくたって君の元にくる可能性もあるじゃないか。」

「…それもそうだが…。」

「君が頑張らなくたって僕たちは死なないし、僕が死んでも仲間は守るさ。君は安心して君の警備をするべきだ。」

「…わかった。ありがとう。」

また音がしたのだろうか、イオタはまた音の方へ向かおうとした。しかし今度は一度振り返ると

「シグマ、カレットとアイちゃんを頼んだ!俺一人で行く!」

そう言って走り去った。

「忙しい奴だな…。僕が来てすぐの時はまだ落ち着いてたぞ。」



イオタは音のする場所に立つ。するとようやく羅針盤に閏の反応が出た。

「…来るか?」

剣を構える。

ザリザリと音がし始め、片腕の肘あたりまで出てきた。何かを握っている。

慎重に観察をしていると、ふわりと掌から何かをこぼした。

「なんだ…?」

何かの花びら。ひらりひらりと風に乗りイオタから少し遠くへ流れ着いた。

その瞬間、花びらは一人の男に変わり、ヒビの中の腕は無くなっていた。

「だ、誰だ…?」

「お初にお目にかかります。私の名前は布袋。初めて地上に出てこれました。」

ウグイス色の和服の上に黒いコートを羽織り、口元に手を当て柔らかく笑う藤色の髪の男。

「500年ぶりの空ですよ。高くて青くて綺麗ですね。」

「…戦う意思はないのか?」

「えぇ。私は弁財天の後にほかの閏が来ないようにストッパーとして来たまでです。しかし貴方ともお話がしたいです。いかがです?誰の邪魔もなく話してみようじゃないですか。」

「とか言って、聞き耳を立てている奴がいるんだろう?」

「広目天をご存知ですか?彼は大丈夫です。私…いえ、貴方たちの味方ですから。だから安心してくださいまし。」

薄くシワの入る目元を綻ばせてクスクスと笑った。ただ見るだけでは可愛いと思うその笑顔。しかしイオタは警戒をとこうとはしなかった。

「信用できると思うか?」

「できないでしょうね。私だって勘ぐりますもの、そんな話。しかし、私がアイちゃんの父親である以上、信頼はして頂きたいものです。アイちゃんの友達は私のお友達ですからね。」

「アイちゃんの…!?ということは…。」

「はい。ヘルゲート家の人間です。アダム・ヘルゲートと申します。」



イオタとアダムが会話をしている間のことだった。ポロンポロンという琴の音がとうとうカレットにも聞こえた。

「来たっ!構えろ!!」

シグマの号令がかかった瞬間だった。

アイの腕に切り傷がついた。

「いっ…!?」

血が溢れ始めた。もう攻撃は始まっていた。


ポロンと音が鳴る。今度はカレットの頬が切れた。

「一体どこから…」

辺りを見回すが何も見当たらない。

「大丈夫、僕に策がある。」

シグマはそう言うと地面に右手をついた。

砕星術(さいせいじゅつ) (とばり)四半(よんはん)、アポフィライト!」

白や緑の薄い木の葉のような石が舞い、カレットたちを包み込む。これでどの方向から攻撃されても弾道が分かるというのだ。


ポロン

「きた!!」

アイのそばの石の幕が散る。キラキラと散る様子から分析すると斬撃に近いもののようだ。

「どんな攻撃かは見えたけど…相手の場所をどう特定するか…。」

「相手の位置さえ分かればカレットの力で石を当てられるのにな。」

しばらく沈黙が続いた。敵の攻撃は止まない。やがて石の幕も薄くなる。

完全に手詰まりか。


「ん…?」

「どうした?ファイ。」

ファイが妙な顔をした。何か言いたげに手を動かすがなかなか言葉にならない。

「じれったい!なんでもいいから言ってみろ!」

シグマが激昴するとようやく喋り始めた。

「花、花の匂いがするんだ。何の花かはわからないけど…。でも匂いが動くから、たぶんそこに敵がいる。」

「…一人で特攻できるか?僕たちには薄すぎてわからない。」

「が、頑張ってみる…。」

ファイは鉈のような剣を構えた。石の幕が消えると同時に走りだす。目指すはヒビのとある箇所。


犬は鼻が利く。そして主人に忠実だ。

「また移動したか…」

移動先へ走る。立ち止まるとヒビの隙間を確実に狙い、鉈を振り下ろした。

「キャッ!」

とうとうヒビの中から声がした。女の子のような声だ。

「なにするのよ!安全なところからあんたたちを殺して肉を食べるつもりだったのに!!」

「残念だけど、俺にはすぐ分かるよ。鼻が利くからすぐ見つけられる。」

「あぁ腹立つ!!前回も犬に邪魔されたんだったわ!!いつもいつもしっかり匂いを消してるのに、どうして見つかるのよ!!」

少女は怒りの声を上げながら姿を現した。薄い緑の髪の和服の少女。

「君によく似合う花の香りがするんだよ。」

「そうだ、きっと布袋のせいよ!ずっと近くにいたから…。」

「布袋!?」

その名前に最も強く反応したのはアイだった。

「パパも来てるのか!?」

「そうよ、来てるわよ!私から帝釈天様を奪ったあの男が!!ほんとに憎いわ!」

少女は地団駄を踏んで怒る。しかしふと冷静になってこう言ったのだ。

「だからあの男の宝物であるアンタを殺すのよ。アイ・ヘルゲート。」


少女は琵琶を取り出すと、一つべんっと音を立てた。

「砕星術 英智ノ七、クリスタル!!」

そう唱えた瞬間、地面に幾つかの陣が現れた。そこからペストマスクを着けた水晶の骸骨が出現した。

「砕星術…!?それを使えるのは月星家の人間だけだぞ…!!」

驚いたのはシグマではなく仁だった。対してシグマは不思議そうな顔をしている。

「なぁ、なんでお前がそんなことを知ってるんだ…?僕だって知らないのに。」

仁は焦った。しまった、と思った。

「シグマさんの先代にでも聞いたんでしょう!今は敵に集中してください!!」

察しのいいカレットが一喝したことでシグマの注意は逸れた。仁はホッと胸をなで下ろした。

「うふふ、私の本当の名前は月星雅(げっしょう みやび)。お姉様が地上に残ったんだったかしら?不死である方が楽しいのに、馬鹿なお姉様だったわ。」

雅は醜く顔を歪めて笑った。

「その言い草だと、自ら望んで閏になったようだな。」

「えぇ、そうね。私とお姉様は帝釈天様にスカウトされたの。私はもちろん喜んで不死を選んだわ。でもお姉様ったら、私を可哀想なものを見る目で見てきたのよ。でも私より先に死んじゃうなんて、…なんて可哀想なお姉様!」

高笑いが響く。完全に狂った人間だ。いや、人間を食べているのに人間だなんて。何かが決定的に違う。

シグマがカレットの肩を叩いた。それにカレットは応じる。


「砕星術 散弾ノ六ゾイサイト!」

シグマの周囲に青や緑、桃色のゾイサイトが現れ、弾丸のように飛び出した。その一つ一つと雅の首にカレットは集中する。

「誤差3mm!」

1mmになると大きく体力を削ることになる。だから今回は3mmで様子を見ることにした。

「硬度や劈開(へきかい)って知ってるかしら?」

琵琶を掻き鳴らせば骸骨が動き、雅を守った。骸骨に当たったゾイサイトは簡単に砕け散る。

「シグマ!これ以上前線に出ちゃダメだ!!あとは吾輩とファイに任せろ!!」

「……」

仁の呼びかけにシグマは反応を示さない。冷や汗が垂れた。


「硬度7の水晶に勝ちたいのなら、7より高い硬度の石を選ばなきゃ。もしかして、忘れちゃった?この力を使うと記憶が削れるものね。仕方ないか。」

雅が嫌味臭く笑った。

「お前は何も忘れないでこの力を使えるというのか…?」

仁が聞く。

「敵から学びとろうだなんて、勤勉な人ね。でもただ長く生きていたから記憶が沢山あるってだけでちゃんと削れているのよ。大切な思い出も、楽しい記憶も、要らない記憶が沢山あれば守り通せるのよ。何も無い空虚な荒野で生きているあなたたちと違ってね。」

「埋められない差、というわけか…。」

頭を抱える仁をよそにシグマはもう一度攻撃の体勢に入る。

「シグマ、いや細石!もうやめろって!!」

「…君の名前は知らないけど、アイツを倒さなきゃいけないということは覚えている。だから僕もまだ戦うよ。」

シグマ…細石が覚えている記憶はあとどれくらいなのだろうか。覚えていること、忘れたことがまばらで見当がつかない。

「君が剣であの骸骨を壊してくれないか?君ならできそうだ。」

「わかった!吾輩たちに任せろ。」

仁がファイを呼び寄せて、どの骸骨を倒すか決めた。全部で7体。

「行くぞ!」

カレットにはすぐにわかった。仁がやろうとしているのは道を開く術の八咫烏。振るった刀の勢いで砂埃が舞う。いとも容易く骸骨はクラックの入った水晶の屑山に変わった。

「すごいわね。」

雅はその光景に驚いていた。だから、背後に迫っていたファイに気づくのが遅れた。

「やれ!ファイ!!」

剣を振りかぶった。


「砕星術 刺殺ノ五ラピスラズリ。」

ほんの一瞬動きが速ければ、多分勝てた。

しかし、目の前にあるのは青い石の針で腹を貫かれたファイの姿だった。

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