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言霊円~Border of the mankind~  作者: 羽葉世縋
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森を越えた先

この国は平和だ。それが国民の共通認識。普通に学校に通って、仕事をして、ご飯を食べて寝る。小さな国だが、飢えることもなかった。

ある少年の名はカレット・ヘブンズドア。父は石細工職人で、10歳であるにも関わらず父の真似事から始めた石細工の腕は中々のものだった。彼はとても器用なのだ。


「僕は昔、石細工の修行のために家族には黙って家を出たことがある。カレットも石細工職人になるならそれくらいやってのけたって僕は止めないだろうね。」

ある日父はなぜか寂しそうに笑いながらそう言った。この話を聞いてカレットは10歳にして家を出るのだという妄想に浸るのだった。プランは緩やかだ。まずは国境を越えてみようという程度の魂胆。母がいたならもちろん止めただろうが、あいにくカレットには止める者がいなかった。しかし、父が嫌いなどというわけでは無い。父も父の石細工の技術のことも愛していた。

特にカレットが長けていたのは文字を彫る作業。どんなに難しい文字でも彫れる。そう自覚していた。



「なぁ、カレット。『隙間男』って都市伝説を知ってるかい?」

そんなある日の学校帰りに親友のサンピがこんなことを言ってきた。顔の半分くらいある丸メガネをクイッと上げて位置を調節しながらニヤニヤと笑っている。

「はぁ?『隙間男』ぉ?興味ないよそんなの。」

「まぁまぁそう言わずにさ。そいつは国境沿いで見られるって噂なんだぜ。行ってみようよ。」

「…国境沿いかぁ…。でも今日も父さんと修行だしなぁ。」

そうため息をついたカレットをよそに、サンピはふふんと鼻を鳴らした。

「お父さんからは許可を貰っといたよ。大丈夫だって。」

「いや、なんでそんなに用意周到なのさ。」

その言葉を無視してサンピはカレットの手を引いた。カレットは引きずられるような足取りで森の方向へ歩き始めた。


「国境沿いって…何があったっけ?」

「その噂と森くらいだね。」

その会話を聞いていた通行人の男が話しかけてきた。

「君たち、国境沿いに行くの?」

「はい!おじさんも一緒に行きますか?」

サンピが意地の悪い表情でおじさんに返した。それに対しておじさんは

「行くわけないだろう。森は深いし…。それに国境沿いには国家公認の税金泥棒たちが住んでるんだぜ。働きもせず国境沿いに24人も住んでるとか。」

「へぇぇ。俄然見てみたくなったな。なぁ、カレット!」

「あー、うん、そうだな。」

カレットは心底面倒くさそうな顔で答えた。


王都を抜ければすぐに森の入口に着いた。サンピはワクワクしているようだが、カレットはまだ面倒くさそうだ。彫刻刀とノミ、ハンマーを持ってきているから、その辺で石を彫って待っておきたいくらいだ。

「行くよ!森を抜けるまで絶対戻らないでね!はぐれても森の先で合流しようね!!」

元気なやつだなとカレットは呆れた顔をした。


「で、はぐれるんだよなぁ。」

森に入って十数分、カレットは1人で森を歩いていた。ここで止まって、戻ってもいいが、サンピのことだ、絶対に戻ったりしない。

「…めんどくさいなぁ。」

だから歩く。鳥の声もなくなり始めた。

さらに十数分歩いた。見たこともない蔦のような木の下を過ぎる。


その先は荒野だった。何も無い荒野だ。あるものは空と地平線くらいだろうか。砂埃が舞う。

「サンピー?」

呼んでも返事は無い。

まさかと思って森に戻ろうとしたが、来た道が無くなっていた。

「どういうことだよ!おい、サンピ!!」

返事は無い。夏なのに寒気がするようだ。

カレットは森に向かって叫び続ける。しかしやがて諦めたのか、さらに荒野を進むことにした。

「なんだこれ…。」

地面に隙間のようなヒビがかなり長く続いていた。右を見ても左を見ても先が見えない。

しばらく見つめていた。妙な音がするのだ。

ザリッ…ザリッ…

音が確かに聴こえたと感じた時には、既に奴は姿を現し始めていた。人間に近い何かの右腕がヒビから出てきた。

隙間男。

カレットは大急ぎで後ずさった。嫌な予感しかしない。その間にも奴はザリザリと姿を現してくる。頭が見えた。猫のような目はこちらを見すえる。藤色の髪で見えにくいが、サンピの頬にあるあざに似た縞模様が奴の頬にもある。

しかし考察している暇などない!

やつは既に腰まで出ている。逃げようにも森には入れない。

「俺もようやく人間を食える…!」

奴が嬉しそうな声を上げた。化け物のような低いダミ声。

「人間を食うのか…!」

焦るカレット。だが何をできるでもない。

とうとう全身が出現してしまった。

「少年よ、怯える必要ない。…気がついた時には腹の中さ。」

「ふざけんな!ダメじゃん!!」

カレットは思ったより冷静だった。しかし後ずさろうとした時、つまづいて尻餅を着いた。

「まぁいい、とにかく食わせろ!」

奴がカレットに飛びつこうとした時、奴の頬に誰かの膝蹴りが入った。

「っ!!」

何を言う間もなく奴は遠くの方まで吹っ飛んだ。

「…今日もお前か、雑魚くん。」

「あなたは…!もしかしてあの国家公認ニートの…」

白髪のオールバックに緑色の細長い毛束を耳の前に垂れた男は切れ長の目でカレットを見た。

逆鱗にでも触れたか?

「…国家公認ニートか。そう思われてるのならそれは嬉しいことだよ。」

微笑んだその人はカレットの頭を優しく撫でた。

「怖かったろう。でももう大丈夫。」

砂埃の向こうで雑魚くんと呼ばれた奴は既に立ち上がっていた。

「やけに静かだと思ったんだが、やっぱりお前だったかイオタ!!これだから二十四言狼は嫌いなんだ!!強すぎるからもう!!!」

さっきまでの偉そうな雰囲気とは裏腹に、急に子供のように振る舞い始める。

「えぇ!?キャラ違うじゃん!!なんなのお前!!?」

「お前がガキ臭いから偉そうにしてみたんだ!!いいだろ別に!!」

「じゃあ人間を食うのも嘘なんだろ?!」

「それは本当だ!!!」

「なんでだよ!!」


「いい加減にしないか2人とも。」

イオタという男の声は良く通る。カレットと雑魚くんは心臓でも掴まれたかというような顔をした。

「とにかく雑魚くん、お前にはまだまだ冷静さが足りない。そんなんだから毎日毎日負け続けなんだよ。」

「うるさい!!負けるから毎日毎日勝負を仕掛けてるんだ!!やっと人間を食べれると思ったのに!」

雑魚くんは叫んだ。だから何かの気配に気づかなかった。イオタは頭を抱えて天を仰いだ。その気配に気づいたからだ。

「本当っに許さな…」

その瞬間、雑魚くんの首が飛んだ。

「!?」

いつやってきたのかわからないが、雑魚くんから少し離れた所に刀を鞘に収める男の姿があった。

「ハイ、ソコまでダヨ。雑魚くん、今日も来たんだね。今日は二十四言狼の結成500年記念日だから来ないでほしかったナァ。」

カレットの後ろにまた3人立っていた。真ん中に立つ男が喋る。

「この500年毎日毎日殺されてるんだ。今日も懲りずに来るに決まってる。」

その様子を見てカレットは驚いた。

「あの、イオタ…さん?アイツ生首のまま喋ってますけど…?」

「あぁ、アイツらはただじゃ死なないんだ。死んでもまたどこかで復活してやってくる。」

「えぇ!?意味ないじゃないですか!」

「そんな戦いを500年毎日毎日やってきたのがこの組織だよ。おかげでお前たちは俺たちのことを国家公認のニートだと思っている。」

「…すごい組織なんですね。」

「…そうだな。」

イオタは嬉しそうな顔をした。

「さて、雑魚くん。明日に向けて今から反省しておくこと。いいね?」

「なんで敵に指導されなきゃならないんだよ!当然やるけど!!」

そう言い残して煙のように姿を消した。


「で、王子はいつ来るって?オメガ。」

呼ばれたのはさっきの真ん中の男。

「もうスグ来るト思うよ。イプシロンのコトだから、迎えの用意モできてるハズ。」

「そうかそうか。まぁだいたい6時くらいの予定だろう。イプシロンの家に行こうか。」

カレットが口を挟む隙などない。会話はどんどん進んでいく。

「君も来るんだ。えぇと名前は…」

「カ、カレットです!」

「そうか良い名前を貰ったんだな。」

イオタの背中を追いかけた。



イプシロンはかなり怒っていた。王子を招いての宴の用意は出来ているが、とても想定外のことが起きていた。

「どうしてここに来たんだ、サンピ。」

家に入れ、ダイニングテーブルに座らせ、お茶を出し、その目の前に座って説教を垂れる。

「…。」

サンピは黙ったままだ。お茶に手をつけることも無い。

「サンピ、オレはお前の力を十分理解してる。お前は優しい子だからここに来たんだろう?」

「…うん。」

「オレの死相が出たんだろう?」

サンピはただ頷いた。

「…オレがここに来る前に『死にたくない』って言ってたのを覚えてたんだな。」

「そうだよ。兄さんは強がりのくせに臆病だから…」

「だが、今は死を恐れてはいない。今オレの死を恐れているのはお前だろう、サンピ。そうでなければカレットくんを連れてくることは無いはずだ。」

「…。」

「オレが死んだら次は従兄弟のお前がここに来る手筈であることは変わらないから、お前がここに来たことは良いとしよう。だが、カレットくんを連れてきたのはいただけない。ここに来たら二度と国には戻れないんだぞ。どう責任を取るつもりだ。」

「…それについてはたくさんのことを調べたよ。カレットのお父さんにも全て話してきた。カレットのお父さんはなんて言ったと思う?『これから起こることは、起こるべくして起こることだ』って。全部知ってたみたいだよ。だから僕は迷わずカレットを連れてきた。」

イプシロンは溜息を吐いた。

「お前の用意周到さは見習うべき部分がありそうだな。しかし、カレットが何も知らないのはどうかと思うが。」

「カレットは今のままでいいと思うんだ。でも、話すべき時が来たら話そうと思う。」

「そうかそうか。」

ようやくサンピがお茶を飲んだ。

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