ナースコール
都内にある古い病院での話。
看護師達が詰めるナースステーション。
そこには24時間、患者達に何かあった場合に備え、緊急呼び出し用の「ナースコール」がある。
その病院にも、何年か前にナースコールが設置された。
ある時、その病院に新人看護師が赴任してきた。
彼女は、先輩達に支えられ、看護師の激務を何とかこなしていた。
そんなある夜の事である。
初めて夜勤のシフトに当たり、先輩看護師とナースステーションに詰めていた彼女は、深夜、不意に鳴ったナースコールに立ち上がった。
が、駆け付けようとした彼女を、先輩看護師が制止した。
その先輩看護師は、
「行かなくていい」
と、彼女に言った。
驚く彼女の目の前で、再度響くナースコール。
確認すると、先程呼び出しがあった部屋だ。
が、先輩看護師は素知らぬ顔で、仕事に戻るよう、彼女に指示を出す。
その後もナースコールは度々鳴り続け、それに反応する彼女を、先輩看護師は制止し続けた。
やがて、諦めたようにナースコールがピタリと止まる。
彼女は気が気ではなかったが、先輩看護師が平然と仕事を進めているため、不審に思いながらも、自分の仕事を進めた。
やがて、夜が明ける頃、次のシフトの看護師達がやって来た。
交代で帰宅する彼女は、同じく帰宅する先輩看護師と別の先輩看護師の会話を聞いた。
「昨日の夜、鳴ったよ。今年は●●号室」
「ああ、アレね。そっか…もうそんな季節なんだね」
会話の内容から、昨晩無視し続けたナースコールの事だと察した彼女は、先輩二人に尋ねた。
「あのナースコールは何だったんですか?」
すると、夜勤で一緒だった先輩看護師が、バツが悪そうに言った。
「そう言えば、貴女には説明がまだだったわね。ごめんね、怖がらせると可哀想だと思って」
そうして、先輩が話した内容は次のような話だった。
あの鳴り続けていたナースコールは、実はこの世のものでないという。
実際、ナースコールが鳴っていた部屋は空室で、誰かが忍び込んで悪戯しない限り、鳴るはずが無い。
そして。
ナースコールのアラームは、実際に使用しているアラームとは全く違うものだった。
説明を受けた新人看護師も、その時になって初めて気付いた。
「毎年、この日になると鳴るのよ。アレ」
そう言いながら、先輩看護師は壁にかけてあるカレンダーを見た。
昨晩の日付は3月10日。
1945年(昭和20年)に、都内を焼け野原にし、死者10万人にものぼった「東京大空襲」の行われた日だった。
そして、その病院は当時、空襲を受けた市街地に建てられていたそうだ。
戦後70年。
当時の記憶を持つ者も減り、戦争が歴史書の中で「単なる単語」になってしまった現代。
当時残されたその爪痕は、失われた命が上げる無念の呼び声と共に、今も東京の地に刻まれている。