第7話 天使ちゃん、職業選択の自由を与える
「随分と賑わっているな」
「まあ、人も増えましたしね」
エレク国の市内をティアマトとアダムは二人で歩いていた。
普段はベッドか絨毯の上でゴロゴロしながら食っちゃ寝しているティアマトだが、たまにはこうして市内を散歩して、民の様子を見て回っている。
「いつの間にか、商売をしている者も増えたな」
「ええ、流民たちが来たおかげです。流民の中には貴金属を持ち歩いていた者もいましたからね。彼らが貴金属と引き換えに食料などを買い込んでくれたおかげです」
流民たちが貴金属と引き換えに、元の住民から食料を購入する。
すると元の住民はその得た貴金属を支払う代わりに、流民たちを労働力として雇う。
そして流民たちは再び得た貴金属で食料を購入する……
という具合にモノの流動が活性化されたのだ。
ふと、露店の一つがティアマトの目に入る。
藁で出来た敷物の上に商品――木彫りの彫刻――が並んでいる。
クマやライオン、狼といった動物のものが多い。
その造りは中々精巧で、ティアマトの興味を引き付けるには十分だった。
「へぇ……面白いものを売ってますね」
ティアマトは露店に並んでいる商品を眺めながら、店番をしている少女に話しかけた。
銀髪に蒼い瞳の、十歳ほどの可愛らしい少女だ。
「はい。私たちの氏族の伝統的な木彫りで……え、ティアマト様!?」
少女は驚きの声を上げた。
ティアマトは口元に人差し指を当てる。
一応、ティアマトは御忍びという形で街を歩いている。
事実、顔を隠すためにフードを深く被っていた。
少女はそのティアマトの仕草から彼女の意図を読み取り、強張った表情で小さくうなずいた。
「それで、いくらですか?」
「あ、えっと……青銅貨―」
少女はティアマトに値段を告げた。
ティアマトはアダムに持たせていた青銅貨を女性に支払った。
「廃材を安く購入し、それを木彫り彫刻に変えて売る。そういう努力は好きですよ」
「あ、ありがとうございます!」
「ところで……これはあなたが作ったものですか? それとも、氏族全体で?」
「えっと、氏族の神官総出で作りました。でも私が作ったものもあります。その、ティアマト様がご購入されたものが……その、私が作ったものです」
「そうなんですか……上手いですね」
ティアマトは感心したように唸った。
「ところで先ほど神官総出で作ったと言いましたが……これは普段は神殿に奉納されるものだったりするんですか?」
「はい、私たちの氏族では木彫りの彫像を毎年捧げるんです」
氏族とは、ティアマトが作り出したエレク国の行政単位の一つだ。
例えば旧ウリグ国の住民ならば、彼らはウリグ氏族となり、そしてウリグ氏族の氏族長はブダンとなる。
そうやってティアマトは住民たちを、元々住んでいた地域や場所によって分けて管理している。
実際、都市によって信仰の中心になっている神も違えば、同じ神でも教義や祭礼にも若干の違いが存在するので、出身地を一つの血縁集団として管理するやり方の方が軋轢が生じにくく、都合が良い。
「あなたの氏族の守護神は何ですか?」
「私たちの氏族の守護神は……」
少女は守護神の名前を告げた。
ティアマトは目を見開いた。
それはティアマトの出身地、ウリグ国の都市神と同一のものだった。
「なるほど、それで……」
ティアマトの出身地、ウリグ国では毎年、動物を生け捕りにし、祭壇の前で殺すことで神に生贄としてこれを捧げる。
ティアマトは元々ウリグ国では巫女であり、神官として働いていた。
当然、生贄を捧げる儀式のことはよく知っている。
少女の出身地では、生きた動物の代わりに木彫りの彫刻を捧げるのだろう。
(待てよ?ということはつまり……)
ティアマトは少女をじっと見つめる。
ウリグ国では動物以外にも、神殿にあるものを捧げる。
それは女性だ。
つまり神殿娼婦である。
その神を奉るのは全員が女性でなければならないし、そしてその女性は男性と性交渉をすることで男性から奉納を受け取り、代わりに男性に神の加護を齎す。
ティアマトの母親はそういう仕事に従事していたし、ティアマトも本来ならばその地位を継がなければならなかった。
「あなたは聖娼、ということですか?
ティアマトがそう尋ねると少女は曖昧に笑みを浮かべた。
「はい……そうなる、予定です」
「見たところ、あまりなりたくなさそうですね」
「え? いや、そ、そんなことはないです!」
少女は首を大きく左右に振った。
しかし表情から、彼女が神殿娼婦になりたくなさそうにしているのはなんとなく分かった。
(まあ、なりたくないとは言えないでしょうね)
実際、ティアマトもなりたくないと言ったことはない。
言えなかったからだ。
キエンギ地方では親が子の仕事を継ぐのは当然とされている。
神殿娼婦の娘に父親などいるはずがなく、必然的に継ぐのは母親の仕事、神殿娼婦の仕事である。
それにそもそも神殿娼婦になりたがらない神殿娼婦の娘というのは、おそらく変わり者だ。
神殿娼婦の社会的な立場は非常に高い。
神殿娼婦はその身に神を降ろし、男性と性交渉をする仕事。
つまり神に最も近い存在だ。
まあ誹る者も当然一定数はいるのだが……それでも世間一般的にはその社会的地位が高いのは確かだ。
なりたくないと言っても、あまり共感は得られないだろう。
「別に……なりたくないとか、そういうわけじゃないんです。ただ、それよりも……」
「自由に生きたい、ですか?」
ティアマトも、別に物凄く嫌だったわけではない。
神殿娼婦という仕事を間近に感じて育った影響から、不特定多数の男性と性交渉をすることそのものにはそれほど強い抵抗を抱いているわけではないのだ。
ただ……どうせなら自分の人生は、仕事は自分の意思で選びたい。
何もかも自由に、というのは難しいということは分かっているが、それでも選べる範囲で選びたい。
昔のティアマトもそう思っていた。
もし仮にティアマトが神殿娼婦の娘ではなく、どこかの王族や軍人の息子であったとしても、同様に「王(または軍人)にはなりたくない」と思っていただろう。
職業そのものに不満があるわけではなく、職業を選べないことに不満があるのだ。
「はい……本当に、自分勝手なことだとは思っています」
少女は小さな声で言った。
ティアマトは少し考えてからこう言った
「では、あなたに選択肢をあげましょう」
「え?」
「私に側仕えするか、神殿娼婦になるかです。どちらにしても神官になるわけですし、社会的地位も悪くはないはずですから、あなたのお母上も氏族の方々も納得するでしょう」
少女は一瞬、何を言われたのか理解できないという顔でポカーンと口を開けていた。
ティアマトは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「いえ、第三の選択肢もあります。それはこの国から出て行き、旅人として生活することです。私は国を出たい者の邪魔はしませんからね。まあ……あまりお勧めはしませんけど」
「少し、考えさせてください」
「良いですよ。いくらでも待ちます」
それからしばらくの時間が流れた。
少女は顔を上げ、しっかりとティアマトの顔を見つめて言った。
「お側に、仕えさせてください」
「良いでしょう。ところで、あなたの名前は?」
ティアマトが尋ねると少女ははっきりと、その名前を口にした。
「ニンリルです。よろしくお願いいたします」
「ええ。ですが、その前にあなたのお母上と氏族長に許可を貰いに行きましょうか」
「はい!」
ニンリルは笑顔を浮かべた。
「……何ですか、アダム。その顔は」
「いや、別に。ただ、君の普段とは違った一面を見れて、面白いと思っただけだよ」
「はぁ? 何にせよ、そのにやけ面は腹が立ちます。即刻、やめなさい」
若干、赤い顔でティアマトが言うとアダムはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
天使ちゃん「し、ブクマptをくれてありがとう……ございます。い、いえ、一応貰ったからお礼を言っただけで、別に欲しかったわけじゃ、ないんですからね? あなたたちがくれるから、仕方がなく、仕方がなく貰っただけですから。か、勘違いしないでくださいね? 別に、お、おかわりなんて欲しいとか、少しも思ってませんからね!」




