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第4話 天使ちゃん、都市を作る 後

 ティアマトは発見した丘、人々に移動するように命じると、すぐにアダムと共に丘へと戻った。


「移動までに一週間は掛かります。それまでに最低限のことはしておきましょう」

「最低限?」

「水を確保するために水路を作ります。農業用水は無論、飲料水も確保する必要がありますからね」


 河から丘まで三キロほど離れている。

 飲料水を確保するために三キロの道を往復するのはあまりにも手間だ。


「ついでに畑も耕して置き、移住したあとすぐに農作業ができるようにしましょうか」

「なるほど、なるほど……それは良い考えだ。ところで、ものすごく嫌な予感がするのだが……どうやってやるつもりなのかな?」


 恐る恐るアダムは尋ねた。

 水路を作り、そして畑まで耕す。

 到底、一週間で終わるような作業ではないが……

 

「はぁ……あなたのその無駄に巨大な体と立派な爪は、何のためにあると思っているのですか?」

「少なくとも土を掘るためではないのは確かだね」


 やはりティアマトはアダムに土を掘らせるつもりだったようだ。


「天使と違い、あなたたち悪魔は物を壊す以外に能がありません。が、バカトカゲは使いようということわざもあります」


 正確には「馬鹿と鋏は使いよう」だが、それを訂正できる者はこの場にはいない。


「というわけで、あなたの得意分野でしょう? 地面を破壊すると思えば、悪魔としての力も漲るのではないですか?」

「はあ……まあ構わないがね。一応言っておくが、私に細やかな力の加減は求めないでくれよ? 文字通り、吹き飛ばすことしかできないのだから」


 そういうや否や、アダムはティアマトを背中に乗せて空へと飛びあがり……

 漆黒のブレスをティアマトの指示する通りに、口から噴き出した。


 漆黒のブレスは大地を直線状に深く抉った。


「さぁ……これで満足かな?」

「ええ、下準備はこれで良いでしょう。早速掘りますよ」

「……下準備?」

「言ったでしょう? 爪と牙とその気持ち悪い触手は何のためにあるのか、と。水を流すのであれば一定の角度が必要です。当然、ブレスで適当に抉っただけではダメです。さあ、掘りますよ」

「はぁ……分かっているとも。一応、聞いてみただけだ。やりたくなかったのでね」

「無駄なことをしますね。そんなんだから駄トカゲと言われるのです」

「そういうのは君だけだ」


 アダムは傍若無人な主人の命令に思わずため息をついた。





 青空の下で、アダムはひたすら土を掘っていた。

 掘った土は触手を使い、両側へと積み上げていく。


 そんなアダムの頭の上でティアマトは指示を出していた。


「アダム、少し角度がズレています。上へ、微調整してください」

「こうかね?」

「……まあ、許容範囲でしょう」

「ところでだ、ティアマト。君も作業に参加したらどうかね? 私を殴り倒せる君の力が加われば、さらに作業効率は上がるはずだが」


 アダムがそう言うとティアマトは大きなため息をついた。


「……何だね、そのため息は」

「あなた、天使について何も知らないのですね」

「……どういうことだ?」

「天使がその能力を完全に発揮できるのは、悪魔と戦う時だけです。それ以外の状況で力を使えば、大きく消耗してしまいます」


 天使は悪魔と戦う時に限り、無尽蔵に力を生み出すことができる。

 逆に言えば悪魔と戦う時以外は、その力は有限だ。

 今のティアマトは人に堕とされており……力を殆ど使うことができない。


「特に人と戦う時などは顕著です。もし私が夜道を歩いている時に成人男性に襲われたら、全く抵抗できないと思ってください。例え相手がいかに邪悪な心を持って私に襲い掛かったとしても、それが人である以上、私はこの見た目相応の……つまり十二歳の女の子としての力しか出せません」


 天使は人を誑かす悪魔を撃退し、そして世界を守るために存在する。 

 そんな天使が人を傷つけるような機能(・・)を持っていないのは当然と言えば当然の話だ。


「だから私はあなたに護衛を命じたのです。成人男性の腕力には、私は敵いませんから」


「そうだったのか。それを先に言ってくれれば良かったのに。そうすればもう少し真面目に警護をした。ふむ……まあ大船に乗ったつもりでいなさい。たとえ万の軍勢が相手であっても君を守ってみせよう」


 我ながらカッコいいことを言ったと、アダムは自画自賛した。

 しかしティアマトはため息をついた。


「あなたは、実に馬鹿ですね。人の話を聞いていましたか、この駄トカゲ」

「……何か、間違っていたか」


 ムッとした顔でアダムは言った。 

 彼にも一応、悪魔としてのプライドがある。


「あなたは今や、私の使い魔なのですよ? つまりあなたは私の力の一つです。制限が掛かるに決まっているではありませんか」

「な、何?」

「まあ、竜としてその重さや大きさは変わりませんから、私よりは幾分かマシですが。それでも悪魔としての能力、例えば石化の魔眼とかは、人を相手に使えないと思ってください」


 アダムは思わず頭を抱えた。

 悪魔としての力が使えないということは、アダムは文字通りただの巨大なトカゲに過ぎない。

 一人二人の人間なら圧倒できるが、百人二百人に囲まれて槍を投げつけられれば死ぬしかない。


「ですが、それはあくまで人を相手にするときだけです。……悪魔だけに」

「今のは寒いぞ」

「何のことですか? 私は何も言っていません。ついに、耳までおかしくなりましたか、この駄トカゲ」


 ティアマトは誤魔化すように早口で言った。

 自分でも寒いギャグだと思ったのだろう。


「とにかく……人を相手にする以外ならば、あなたはちゃんと悪魔としての力を使えます。事実、こうして土は掘れているわけです。……あ、止まってください。終わりました」


 四日目の正午。 

 ついにアダムが掘り進めてきた水路が完成した。


 水路は直線状に真っ直ぐ丘まで伸び、そこから大きくカーブを描くように河へと戻るという構造になっている。

 あと少し掘れば、水路の中を水が走るだろう。


「アダム、少し飛んでください」


 ティアマトはアダムに空を飛ばせ、そして水路の外観を一度上空から確認する。


「問題はなさそうですね」

「当たり前だ。この四日間、ずっと土を掘り続けたのだぞ? この邪悪竜と呼ばれた私が! 気が狂いそうだったよ」

「そうだったのですか? この後は畑づくりと、堤防づくりのためのまだ穴掘りが残っていますが」

「勘弁してもらいたいね」

「街を作るまでです。我慢してください」

「そもそも、なぜ街を作る必要があるのかね? 君はひたすら、ぐうたらして過ごしたいんじゃなかったのか?」


 するとティアマトは頷いた。


「ええ、そうですよ。ですが、私はサボるための、そして贅沢するための努力は惜しみません。国が大きくなれば、それだけ税収が上がります。税収が増えれば、美味しい物が食べられます。そのためならば、多少の努力は致し方がありません」


「努力しているのは私なのだがね」


 アダムは皮肉混じりに言った。

 するとティアマトは言い返す。


「私だって、この後ちゃんと仕事をする予定です」

「本当かね?」

「本当です。幸いにも一万五千人の信徒を得たおかげで、力も少し戻りました。天使の物質創造の力、見せてあげましょう」



 さてそれから三日後。

 一万五千人のティアマトの民たちが、都市の建設予定地までやってきた。


「もうすでに水路を作り、畑も耕しておきました。あとは各々が自分の畑に水を引くための路を作れば、すぐにでも農作業をすることができます」


 ティアマトがそう言うと、民たちは歓声を上げた。


「うぉおお!!」

「さすが、ティアマト様だ!」

「ティアマト様、万歳!!」

「「ティアマト様!! ティアマト様!! ティアマト様!!」」



「……」(土を掘ったのは私なのだが)


 アダムは何とも複雑な気分になった。


「そして……これから街を作ります」


 ティアマトはそう言うと空へと手をかざす。

 ティアマトの黄金の髪が波打ち、太陽の光を受けて輝く。

 彼女の体も柔らかな光を放ち始めた。


 ティアマトが空へと掲げた手を中心に、空へ巨大な黄金に光る円が生まれた。

 さらに円の中には巨大な五芒星。

 円と五芒星の中には無数の幾何学模様が走っている。


「. להוציא את האדמה ליצור לבנים. התקין שרטוטים...... . להרכיב, לחזק...」


 ティアマトの口がわずかに動き、言葉を紡ぐ。

 それと同時に上空の幾何学模様から黄金の光が地面へと降り注ぐ。


 それはとても神秘的な光景だった。


「ふぅ……終わりです」


 黄金の光が晴れる。

 するとそこにはレンガで出来た街ができていた。


 無論、道路や上下水道は未整備なので街として完成しているとは言い難いが……

 それでも人が住めるだけの家と、そして必要不可欠な神殿が立ち並んでいた。


「デザイン性に不満があったら、暇ができた時に立て直しなさい」


 すまし顔でティアマトが言うと……人々は大歓声を上げた。

 中には泣き崩れる者もいた。


 家を流され、そして今まで野宿生活で人々は不安に苛まれていた。

 しかし今日からは風雨を凌げる、屋根のある場所で生活できるのだ。

 

 感動も当たり前だろう。


「一先ず、今日まで移動で疲れたでしょう。家で休みなさい。本格的な工事は明日から始めます。ああ……誰がどの家に入るかは、あなたたちで決めなさい」


 ティアマトは民に命じると、アダムの服の袖を引っ張った。


「どうした?」

「背中を貸してください」

「背中?」

「おんぶです。下僕として、私を私の家まで運びなさい」

「はぁ……」


 アダムはため息をついた。

 少なくとも自分では決してできない、素晴らしい芸当に感動していたのだが……

 その感動もティアマトの横暴な態度で薄れてしまった。


「はいはい……」


 アダムはティアマトを負ぶった。

 そしてその瞬間、ギョっとした表情を浮かべる。


「君は……」

「良いから……中央の丘にある、一回り大きな建物です」


 アダムは不満を言わず、ティアマトをその建物まで連れて行った。

 そして慎重にティアマトを下ろす。


「はぁ……」


 ティアマトは倒れ込むように地面に寝っ転がった。

 汗をびっしょりと掻き、赤い顔で荒く息を吐いている。


「凄い熱だが、大丈夫か?」

「……少し無理をしました。明日には歩けるレベルには回復するはずです」


 そう言ってティアマトは目をつむった。

 アダムはティアマトを挑発したことを、少し後悔した。


天使ちゃんが体調不良です

皆さん、天使ちゃんを助けてあげてください


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天使ちゃんを応援しましょう

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