第27話 天使ちゃん、ボコボコにする
「おのれ……貴様、天使か。よくも妾の名を明かしてくれよったな」
「ふん、ようやく私が天使と気付くとは。本当に鈍いですね。間抜けにもほどがあります」
心底呆れたという表情のティアマト。
一応擁護しておくと、リリトゥがティアマトの正体がわからなかったのは当然だ。
天使は悪魔を感知する能力を持っているが、逆に悪魔は天使を感知することはできないのだ。
加えて今のティアマトは人に堕とされていることもあり、平常時は人間の少女と全く同じ。
ティアマト自身が洗脳された演技をしていた――楽しんでいたのは演技ではない――のもあり、全く警戒していなかったのだ。
「さて、悪魔。詫びて死ぬか、死んでから詫びるか、どっちにしますか?」
「どちらにせよ死ぬであろうが! そもそも妾がなぜ貴様に詫びねばならぬ! 貴様には大したことはしとらんであろう! あれだけ贅沢させてやったのだから、むしろ見逃……」
「うるさいですねぇ……」
「ギャッ!」
ティアマトの右ストレートがリリトゥの顔面にめり込んだ。
大きくバウンドしながら後ろへ吹き飛ぶ。
「悪魔は生きていることが罪です。とっとと呼吸を止めなさい」
「今のはちょっとかわいそ……」
「黙りなさい、駄トカゲ。死にたいですか?」
「悪魔は生きていることが罪だ! うん、その通りだ!」
ティアマトに同調するアダム。
なお、アダム自身も悪魔である。
「お、おのれ……妾は女じゃぞ! 女の顔を殴るなど……」
「うるさいですね……おっぱい丸出し蛇女が何を言ってるんですか? 風邪ひきますよ?」
「黙れ! 者ども、やつを殺すのじゃ」
すると虚ろな目の、明らかに洗脳されてます感満載の兵士たちが出現し、ティアマトに襲い掛かる。
が、ティアマトは軽く翼を振ってそれに対処した。
天使の力にあてられ、一瞬で洗脳が解かれる。
脱力したように兵士たちは床に倒れ込んだ。
「馬鹿ですね。天使の私に、悪魔の力で洗脳した兵が通じるとでも……」
「馬鹿はお主じゃ! この間抜け鳥女!」
リリトゥが勝利を確信したかのような顔つきで叫んだ。
そしてティアマトは気付く。
兵士のうち、三人が倒れていないことに。
三人の兵士たちがティアマトに対して剣を振るう。
ティアマトは翼で彼らを吹き飛ばそうとするが……
「なっ!」
翼は霧散してしまった。
同時にティアマトは強烈な吐き気に襲われた。
そう……彼らは純粋に、自分の気持ちでリリトゥに従った人間だったのだ。
「「「死ねぇ!!」」」
(ま、不味い!)
全身から汗が噴き出る。
ただの人間を相手にする時のティアマトは、見た目相応の力しかない。
十六歳の少女が、武装した成人男性三人に勝てるはずもない。
ティアマトは恐怖で目を瞑った。
が、しかし覚悟していた痛みはやってこなかった。
「……あれ?」
「大丈夫かね。ティアマト」
ティアマトが目を開けると、彼女を守るかのようにアダムが立っていた。
手には鉄製の剣が握られている。
剣からは血が滴り落ちており、そしてアダムの目の前には折り重なるように三つの死体が倒れていた。
「あ……」
安心したのか、気が抜けたように脱力するティアマト。
そんなティアマトを、アダムは優しく受け止めた。
「おっと……君は本当に危なっかしいな。油断は禁物だぞ?」
アダムは両手に抱き留めたティアマトの顔を覗き込みながら言った。
するとティアマトは少し頬を赤らめて言った。
「は、はぁ? 油断なんて、していません。ふざけないでください。あ、あんな痴女の姦計など、とっくに気付いていましたとも! わ、私はあなたが守ってくれると思っていたからこそ、あえて逃げようとしなかったのです」
「つまり私のことを信頼してくれていたということか?」
「な、なぜそうなるのですか! そもそも……あなたの仕事は私を守ることです。当たり前のことをしただけで、ドヤ顔をしないでください。腹が立ちます。去勢しますよ、この童貞トカゲ!」
「別にそこまで照れなくても……」
「照れていません! そもそも、初動が遅すぎます!! もっと早い段階で対応するべきでしょう? 全く、この役立たず!」
真っ赤な顔でアダムの脛を蹴ろうとするティアマト。
それを避けるアダム。
二人とも何だかんだで楽しそうだが……
「あの……リリトゥさんが怒ってるっぽいですよ?」
突如、ラブコメを始めた二人を諫めるようにニンリルは言ってから、リリトゥを指さした・
リリトゥは顔を真っ赤にしている。
ティアマトと違うのは、照れているからでも恥ずかしがっているからでもなく、怒っているからだ。
「お、おのれ……妾の前でイチャつきおって!! どうして、そんなに良い男がいるくせに、妾の……世界中の美男美女でハーレムを作るというささやかな夢を邪魔するのじゃ!」
「何が良い男ですか。こいつは童貞で変態でロリコンで触手でトカゲですよ?」
「いつまでも過去のことは引きずらないでほしいがね……しかし随分と俗っぽい欲を持っているな。あまり人のことは言えんが」
「というか、全然ささやかじゃないでしょう」
「こんなのに我が国は支配されかけていたのか……」
ティアマト、アダム、ニンリル、ルガンナトゥムがそれぞれ呆れ顔で言った。
これにリリトゥはさらに怒り狂うように声を荒げた。
「ええい、おのれ! 相手が天使だろうと何だろうと……食い殺すまでよ!」
そう叫ぶと、突如リリトゥの体が巨大化した。
みるみるうちに大きくなり、神殿の天井を突き抜けてしまう。
ティアマトは翼を広げて、瓦礫からニンリルやルガンナトゥムたちを守った。
「ふははははは! どうじゃ! ここ数年間、もしもの時のために貯めに貯めた妾の力は!」
「なるほど。随分と肥え太ったようですね」
ティアマトはウルトラマンの如く巨大化したリリトゥを見上げて、感心したかのように呟いた。
ティアマトが人々から信仰心を集めて力を貯め込めるように、悪魔も自分の信奉者から力を得ることができるのだ。
「ふははは! 重さは力じゃ! 押しつぶして……」
「取り敢えず、場所を移しましょうか」
ティアマトは自分を押し潰すために振り降ろされた尻尾をあっさりと掴み、空へと投げ飛ばした。
「ぎゃああああ!!」
リリトゥは悲鳴を上げながら空を舞った。
そしてニギシュ連合の首都ニギシュから十キロほど離れた平野部へと落下した。
「くぅ……お、おのれ! 調子に乗りおって」
「黙りなさい、この悪魔」
すぐにリリトゥへ追いついたティアマトは翼を大きく広げた。
太陽の光を受けて白銀に輝く翼から、無数の刃のような羽がリリトゥへと放たれる。
「くぅ……ええい、こうなったら!!」
血だらけになりながらも、リリトゥは呪文を唱えた。
すると人間の部分だった、裸の上半身までもが鱗で覆われた。
巨大な大蛇となったリリトゥはティアマトの羽を、その強靭な鱗で弾き飛ばした。
「ふははは! どうだ!」
「へぇー、パワーアップですか。良いですね、その方が私も気分が盛り上がります」
ティアマトは笑みを浮かべた。
ティアマトの纏う黄金のオーラがさらに輝きを増す。
一対二枚だった翼が二対四枚へと変化する。
同時にティアマトが解き放つ天使の力が跳ね上がる。
「っく、は、羽が増えたからってなんじゃ!!」
リリトゥは牙の毒腺から猛毒を噴き出した。
世界を蝕む凶悪な毒がティアマトを襲う。
だが……
「痛くも痒くもないですね」
ティアマトは下部二枚の翼でそれを防ぎ、そして上部二枚の翼を巨大化させてリリトゥへと叩きつける。
「ぐっつ、ぬぉおおおお!!! こうなったら、奥の手じゃぁ!!」
するとリリトゥの体が再び巨大化した。
それだけではない。
胴体から続く首がいくつにも枝分かれし、九つの首を持つ蛇の怪物へと生まれ変わる。
リリトゥはティアマトの翼を弾き返し、ぜぇぜぇと息を吐きながら叫ぶ。
「どうじゃぁあ!!」
「ほう……一時的とはいえ、上級悪魔と同等程度に力を高められるとは。凄いですね」
「あ、当たり前じゃ! 妾が夢のために、どれほど長い間、力を蓄えたと思ってる!」
「努力家なんですね。私、努力家は好きですよ」
ティアマトは笑顔を浮かべた。
さらに黄金のオーラが輝きを増す。
「え……」
「まあ。意味のない努力は徒労ですけどね。お疲れ様です」
気づくと、ティアマトの翼は三対六枚となっていた。
「種明かし……というほどでもありませんが、解説しましょう。私たち天使は、悪魔を倒すときに限り【世界】からバックアップを受けることができます。これが上位者権限の神髄です。あなたたちがどれほど強くなろうとも、それを容易に屠れるだけのエネルギーが無制限に供給されます」
ティアマトは嗜虐的な笑みを浮かべた。
哀れな蛇をティアマトは見下ろす。
蛇の方がはるかに巨大であるのに、不思議とティアマトの方が大きく感じられた。
「つまり……悪魔である以上、天使に勝つのは絶対に不可能ということですね。それが世界の法則です」
リリトゥは絶望の表情を浮かべた。
「しょ、しょんな……そんなの、チートじゃあ!! 反則じゃあ!!」
「バグ風情がギャーギャーとうるさいですね。大人しく削除されなさい」
そういうとティアマトは右手で宙を軽くつかむ。
すると黄金に輝く剣が出現した。
「じゃあ、行きますよ? 覚悟は良いですか?」
「ちょ、ちょっと待って……ゆ、許して……」
「まあ、答えは聞いてないんですけどね」
ティアマトは剣を振り下ろした。
剣から黄金の光が解き放たれ……それは大地を大きく抉った。
光が晴れた後には大きな大きなクレヴァスのような大地の裂け目が残った。
そして大地には先程までいた巨大な蛇の姿はどこにもなかった。
「ふぅ……正義は勝つ。はっきりわかんだね」
すっきりした顔でティアマトは言った。




