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第25話 天使ちゃん、罠に嵌る?

「どうぞ、ティアマト様」

「これはどうぞ、ティアマト様」

「お美しいです、ティアマト様」

「美味しいですか? ティアマト様」

「喉は乾いていませんか? ティアマト様」

「肩をお揉みします、ティアマト様」

「では私は足を」

「私は腕を」


「ぁあ……幸せ……」


 良い匂いの香が焚かれる中、ティアマトは目に濡れタオルを被せて貰いながら、たくさんの美男美女に食べ物を食べさせてもらったり、飲み物を飲ませて貰ったり、全身をマッサージしてもらったり、美辞麗句でひたすら褒めてもらいながら、至福のひと時を過ごしていた。


 だらりと手足を脱落させ、半分涎を垂らしている。


「……ティアマト様」


 ティアマトの右耳で男性が囁く。


「お願いがあるのですが」


 ティアマトの左耳で女性が囁いた。


「ん……にゃんですかぁ……」


 だらけきった顔でティアマトは答えた。

 男女は顔を見合わせ、そしてニヤリと笑う。


「鉄器の製造方法を……」

「教えていただくことはできませんか?」

「ん~」


 ティアマトはとろんとした声で答えた。


「まぁ……考えてあげましょう」





「ティアマト!」


 突然、部屋の中で男性の声が響いた。

 それはティアマトの飼いトカゲ……もとい使い魔のアダムの声だ。


 至福の時間を邪魔されたティアマトは不機嫌そうな声で答えた。


「ぁあ? 何ですか、今、私は忙しいんですが」

「いや……どう見ても忙しくはないだろう。というか、報告したいことがある!」

「ん……後じゃダメですかぁ?」

「ダメだ」

「じゃあ、今すぐここですませなさい」

「それもダメだ。二人っきりにさせてくれ」

「はぁああ……」


 ティアマトは深い深いため息をついた。

 そして乱暴に濡れタオルを目から取り除き、立ち上がった。


 そして手元に置いておいた上着を羽織る。


「全く……何ですか! この駄トカゲ!! くだらないことだったら、去勢しますからね?」


 ティアマトはそう言うとアダムに連れられ、人気のない裏庭へと移動する。

 途中、護衛を申し出てきたニギシュ連合の兵士や召使はアダムが追い払ってしまったので、この場では二人っきりだ。


「で、何ですか?」

「この国の神官長は悪魔だ」


 するとティアマトは不機嫌そうに眉を潜めた。


「また、くだらないことを……去勢決定ですね」

「君は洗脳されている! 私の言葉が信じられないのか!」

「はぁ……」


 ティアマトは心底呆れたという表情を浮かべた。


「あなたは、本当に馬鹿ですね。クルミサイズ並みの脳味噌しかないんですか? ステゴサウルス並みですか? というか、ステゴサウルス以下ですね。この脳味噌レーズン」


「頼むから私の言うことを信じて……」


「だから、知ってますよ。そんなことは」


「え?」


 アダムは目を見開いた。

 ティアマトはジト目でアダムを睨みつける。


「私は天使ですよ? 悪魔を感知できないはずがないでしょう」


 天使は悪魔を感知する能力を持っている。

 当然と言えば、当然だろう。


 天使は悪魔を討伐することが仕事なのだ。

 どこに悪魔が潜もうとも、それを見つけ出すことは容易だ。


「ニギシュ連合に来た時から、くっさい悪魔の臭いが国中からプンプンすると思っていました」


 ティアマトはすでにニギシュ連合全体が悪魔の影響下にあることに気付いていた。

 少なくともニギシュ連合の神官たちは軒並み洗脳されているか、深い暗示をかけられている。


 国王は洗脳されている……というほどではないが、しかし軽い暗示をかけられているのは間違いない。

 

「あなたのような竜型……暴力で被害を出すタイプではなく、蛇型……姦計を謀るタイプの悪魔ですね。能力も魔術や呪術の類に特化しているのでしょう。悪魔としての力は……まあ良くて中級程度ですね」


「……」


 アダムは一人で大騒ぎしていた自分が急に恥ずかしくなった。


「そ、そうだ。あ、あの美男美女の集団だが……か、彼らは魔術師や呪術師の類だ! 悪魔から力を受け取って……」

「知っています」

「……知っていたか」

「知らないはずがないでしょう」


 魔術、または呪術。

 悪魔が闊歩する【アンキ】で発達した技術で、何らかの対価を支払うことで悪魔から力を借り受ける技術だ。


 もっとも……美男美女たちはどちらかというと悪魔に操られているようだった。

 そのため厳密な意味での魔術師、呪術師ではない。


「言葉の一つ一つに魔力を帯びた暗示を感じました。加えて、あの焚いている香……あれは麻薬の類ですね」

「そ、そうだったのか……大丈夫か?」

「もし……純粋な催眠術と純粋な麻薬や毒物だったならば、私は見た目相応の人間としての抵抗力しかありません」


 それは純粋な人間の、自然の力だ。

 “天使”にとってはそれは守るべき対象ではなく敵ではないので、それに対する抵抗力は基本的に皆無である。


 しかし……


「彼らは暗示や麻薬に魔力や呪力を乗せていました。効果を高める狙いがあったのでしょうね。しかし……それは私に対しては悪手です。悪魔が絡んでいるとなれば、私は問題解決のための力を使うことができます」


 天使の力があれば暗示を跳ねのけることも、解毒することも可能だ。


「それで……」


 ティアマトはアダムを見上げつつ、軽く睨む。


「それだけ、ですか? 私が知っていることをようやく気付いて、嬉々として報告しに来てくれたのですか?」

「ぐぬぬ……はい、そうです……」


 アダムは脱力気味に答えた。

 ティアマトは腕を組み、ニヤリと笑みを浮かべる。


「正直なのは良いことです。今回は特別に許してあげましょう」

「……」


 何か言い返したかったが、今回ばかりは自分が間抜けだったこともあり、アダムは何も言い返せなかった。


「ところで……あの子は、ニンリルは大丈夫なのか?」

「あの子には私が加護を与えておきました。悪魔はあの子に手を出せませんよ」


 ティアマトは相手が悪魔の時はいくらでも、何の負担もなく力を使える。

 悪魔、もしくは悪魔の手先から身を守るためだけ(・・)の強力な加護を与えることはそこまで難しいことではない。


「そうか、なら良いのだが。しかし……教えてくれても良かったじゃないか」


「教えたら、あなたは『今すぐ、悪魔を倒そう!』とか言い出すでしょう? それにあなたにどれだけ演技力があるか分かりませんし」


「……今すぐ倒したらいけないのか?」


「ダメに決まっています。この数日間の楽しいひと時は、悪魔を倒していたら味わえませんでしたからね」


「……」


 どうやらティアマトはニギシュ連合で贅沢三昧な日々を過ごすために、悪魔を見逃していたようだ。

 ある意味、悪魔の計略は半分くらいは成功していたといえる。

 半分だけだが。


「しかし……あなたの迂闊な行動で怪しまれてしまうでしょう。そろそろ潮時ですね。正体を看破しに参りましょうか。その前に、ニンリルを回収してきてください。人質に取られたら面倒ですからね」


「あ、ああ! 分かった」


 アダムは頷いた。

 走り去っていくアダムを見送りながら、ティアマトは一人呟く。


「さて……どう説明しますかね。ルガンナトゥム王には」


 ティアマトは一人作戦を練るのであった。


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