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第21話 天使ちゃん、妙案を思いつく

「あの男に負けたのが気に食わないです」


 ティアマトは帰ってきて早々にそんなことを言いだした。

 

「あの素人童貞……まるで人に『どうだ我が国は? 君の国のような、ド田舎貧乏国よりも遥かに豊かだろう? ところで君の国には何か特産品が? え、バッタ? バッタが特産品? はははは!!!』」とでも言うように見せつけやがって……」


「それは明らかに君の被害妄想だと思うが」


 アダムにはシュルギが何を考えてティアマトを歓迎したのか分からなかった。

 しかし美味しい物を食べたり、演劇を見て楽しんだり、可愛い服を着て喜んでいるティアマトを見て、楽しんでいたことだけは分かる。


 シュルギはティアマトが嬉しそうに、楽しそうにしている姿を見るのが好きなのだろう。

 ……もっとも同じくらいティアマトを怒らせたり、揶揄ったりするのが好きだったようだが。


「被害妄想などではありません。明らかに……明らかに、あの男は私を見下していました!」


 そう言って拳を握りしめるティアマト。


「決めました。あの男に……ウルム国に絶対に勝ちます。完膚なきまでにボコボコにして、屈服させ、どちらが上なのかをはっきりさせて、私の靴の裏を舐めさせてやります」


 物騒なことを言い始めるティアマト。

 これにはアダムも苦笑いを浮かべるしかない。

 

「戦争でも仕掛けるのかね」


 するとティアマトはドン引きしたような表情を浮かべた。


「うわぁ……物騒な発想ですね。さすが、駄トカゲです。暴力でしか物事を解決できないとは。野蛮にもほどがありますね。去勢してあげましょうか? 少しはあなたの暴力性も薄まると思いますが」


「君はたまには鏡を見るべきだな」


「鏡? 鏡を見たところで、絶世の美少女しか映りませんけど」


 アダムにはティアマトの、その自分への絶対的な自信がどこから湧き出てくるのかまるで理解できなかった。


「それで……具体的にはどうやって勝つつもりかね?」

「それをこれから考えるのでしょう? あなたは馬鹿ですか」

「……」


 物凄くイラっと来たが、アダムはグッと堪えた。


「まあしかしそれで勝てるかどうかは分かりませんが、やらなければならないことはいくつかあります。少し早いですが……そろそろ実行に移すときが来ました」


「何をするつもりだ?」


「それは氏族長たちを呼んでから話しましょう」


 そう言ってティアマトは玉座の間に氏族長たちを招集した。

 各氏族長たちに、それぞれ粘土板が配られる。


 粘土板に描かれているのはどれも共通。

 エレク国の地図だ。

 


      壁壁川

    壁壁  川

  壁壁  5 川 

壁壁      川 

壁      2川

壁 7  41 島  

壁      3川  

壁壁      川  

  壁壁  6 川

    壁壁  川

      壁壁川 





「知っての通り、現在我が国は農地が不足しています。既に城壁を飛び越えて、農地は広がっています。……ですがこれ以上農地を城壁の外側へと拡大すると、居住地から遠くなってしまいます」


 居住地から一キロ、二キロ程度の距離ならば歩いて通うことができる。

 しかし三キロ、四キロを超えてくると……少し、いやかなり面倒だ。


「そこで河の向こう岸まで橋を掛けて、そちらに農地を広げます。向こう岸の方が今の農地よりも近い、という住民もいるはずですからね」


 それからティアマトは『1』の丘から真っ直ぐ東にある、河の中州を指さした。


「三年前の大洪水の時、この中州の頂上には泥が被っていませんでした。実際、この中州の標高はかなり高く、そしてまた地盤も堅いようです。ここに橋を架け、そしてさらに向こう岸に橋を通します」


 向こう岸へと直接、橋を通すよりも中州を一度跨いだ方が橋の長さが短くなり、求められる技術水準も低くなる。

 

「そして中州には船着き場を設置します。ウルム国とは通商協定を結びましたからね」


 エレク国とウルム国はどちらもブラヌナ川という大河の畔に位置する。

 エレク国の方が八十キロほど上流に位置しており、両国は水上交通で行き来が可能だ。


 ブラヌナ川は河の流れが穏やかなので、船で遡ることができる。


「良いですか、これから我が国の標語は『ウルム国を追い越せ追い抜けボコボコにして屈服させろ』です。国民にこの標語を伝えなさい」


「「「……」」」 


 それを標語にしたら外交問題になるのでは?

 そう考えた氏族長たちは『追い越せ追い抜け』だけを標語として、自分の民に伝えることにした。





「むむむ……」

「何を悩んでいるんだ、ティアマト」

「ウルム国をボコボコにする方法です」


 ここ最近、ティアマトはずっと『エレク国を発展させる(ことでウルム国よりも大国となり、シュルギよりも自分の方が優れていることを証明する)方法』をずっと考え込んでいた。


 アダムはため息をつく。


「あまり根を詰め過ぎない方が良いんじゃないかね。真面目に働くなど、君らしくない」

「あなたは人を何だと思っているんですか?」

「ぐうたら寝て過ごすことが目標なのだろう? 違うのかね」


 するとティアマトは目を見開いた。


「……そう言えばそうでしたね」


「忘れていたのか」


「はい。私としたことが、初心を忘れていました。冷静に考えてみると……必死に努力して、勝利などしても何一つ面白くありませんよね。ぐうたら寝て過ごしながら、必死に働いているシュルギを嘲笑いながらの勝利でなければ、面白くありません」


 普通は「必死に努力した上での勝利」の方が達成感があるのではないか?

 と思ったアダムだが、ティアマトに常識は通用しないので敢えて突っ込まなかった。


「というわけで、何かアイデアはありますか?」

「それはどういうわけなんだ?」

「努力するのはやめました。代わりにあなたが努力してください」

「……」


 とてつもない暴論にアダムは眩暈がした。

 しかしこれでもご主人様だ。

 考えてやらないわけにはいかない。


「そうだな……先達に習うというのが、一番確実な方法ではないか?」

「つまりウルム国をパクれということですか? それはもうやってますよ」


 ティアマトは港の建設を始めつつ、様々なところへ親書を出し、本格的な公益事業に参入しようとしていた。

 一応、それは上手く行っている。


 実際、ここ数か月でエレク国にやって来る人の数は増大し、税収も跳ね上がっている。


「ウルム国以外にも見習える国があるんじゃないか?」

「ウルム国以外ですか? ウルム以外の国も大して変わりませんよ。どこも、産業は似たり寄ったりですからね」


 キエンギ地方は資源が少ない。

 しかし土地は肥沃で農業は盛ん。


 となれば農産物を生産し、代わりに資源を得るという活動そのものはどの国も同じになる。


「君の天使としての知識と能力で、何か新しい技術を導入できないのか?」


「できるできないかで言えばできます。鉄器の時と同様に、適当な職人の頭に知識と技術を強引に焼きつければ良いわけです。ですが……」


 ティアマトはため息をついた。


「咄嗟に思いつくものとなると、陶磁器やガラスの生産です。どちらも価値が高い。ですが、これらの工業品は火を必要とします。火、つまり薪です」


 キエンギ地方は木材が乏しい。

 ただでさえ鉄器の生産により、エレク国では木材が高騰気味になっている。


 これに加えてさらに薪を消耗すれば、エレク国の国民の生活を圧迫する恐れがある。


「結局、全ては資源不足に繋がります。資源がなければ何もできません。……資源? 資源……資源……資源……」


「どうした?」


 唐突に『資源』と連呼し始めるティアマト。

 壊れてしまったのかと、アダムは心配になった。


「いえ、何か、こう……喉の奥に小骨が引っ掛かるような感じがしまして……何か、今、妙案が思いつきそうな気がします。……資源資源資源」


「そんなに資源、資源と呟いたって意味はないだろう。呪文じゃないんだから……資源と呟いても地面から湧き出たりしないぞ」


「……今、何て言いましたか?」


 ティアマトはアダムに詰め寄った。

 アダムは顔を青くする。


「あ、いや……すまない。別に君のことを馬鹿にしたわけじゃないんだ。だ、だから怒らないで……」

「良いから早く言いなさい。去勢しますよ、このロリコン触手黒トカゲ」

「わ、分かった。あー、資源と呟いたところで意味はない。呪文じゃないんだから……と言った」


 するとティアマトは怒ったように目を吊り上げた。


「そこではありません。そのあとです」

「そのあと? ……あー、地面から湧き出たりはしないと、言ったかな?」

「それだ!」


 ティアマトは満面の笑みを浮かべた。

 そしてアダムの頭に手を伸ばした。


 思わずアダムは目を瞑る。


「……何をしているのかね?」


「良い子良い子をしているのです。偶然ではありますが、功には答えなければなりませんからね。よくやりました。偉いですよ。褒めてあげましょう」


「……」


 アダムには突然ティアマトが上機嫌になった理由が分からなかった。 

 ただ『地面から湧き出る』というフレーズで、何かを思いついたようだ。


「まあ、何はともあれ役に立てて嬉しいよ」

「ええ、全くです。さて……ブダン!」


 ティアマトは唐突に叫んだ。

 するとぶひぃぶひぃと息を切らしながら、小太りの男が走ってきた。


「ぶひぃ……ぶひぃ……な、何でしょう? ティアマト様!」

「エレク国の近くで、『燃える水』『土から染み出てくる黒い液体』などの目撃情報を集めてきなさい。良いですね?」

「ぶひぃ? そ、それは一体……」

「良いですね?」

「は、はい!」


 あっという間にブダンは駆けていく。

 ブダンに命令を出し終えたティアマトは絨毯の上に寝転がった。


「ふぅ……アダム。あなたに褒美として私の背中をマッサージする権利を与えます」

「……はいはい」


 アダムはため息をつきながら、一仕事終えたという顔をしているティアマトの背中に手を伸ばした。


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