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第2話 天使ちゃん、権力を手に入れる

 ウリグ国はキエンギ地方ではどちらかと言えば小国に分類される。

 その人口は三千ほどで、土で出来た簡素な城壁に囲まれている。

 国というよりは集落に近い。


 国の規模は小さいが、大河の畔にあるため農業は盛んでそれなりに豊か。

 ただしそのせいで蛮族に襲われ、食料を奪われることはよくある。


 政治体制は選挙王政。

 建前上は王権は(かみ)から降りてくるということになってはいるが、実際には降りてくることはないので、選挙によってもたらされた結果を天意――民意ではない――として、王を定めている。


 また国王とは併存する形で、神官たちもまた政治への影響力を持っている。


 王と神官長は時には主導権を争い、時には団結して国を動かしている……

 のは昨日までのこと。


 今では実質的に、ティアマトが支配者となっている。

 当然と言えば、当然の話だ。

 

 ウリグ国の軍隊をすべて石に変えてしまった竜を、ティアマトは従えているのだから。

 ちなみに石化の呪いはすでに解除済みである。


 これだけの力を持った幼い少女が、天意を得ていないはずがない……

 という民意を得て、ティアマトは王位についた。


「ふふ、仕事をしなくともご飯が出るというのは良いですね」


 ティアマトは寝っ転がりながら、デーツを口に運んでいた。 

 さらに奴隷たちが大きな団扇でティアマトを扇いでいる。


「仕事ね……以前は何の仕事をしていたのかね」


 アダムはティアマトに尋ねた。

 アダムは『ウリグ国にティアマトという絶世の美少女がいる』という話を聞いたため、ウリグ国へとやってきた。 

 まあ、つまりぶっちゃけティアマトのことは良く知らない。


 そもそも、こんなにも幼い少女だということも知らなかった。

 もし知っていたら、最低でも三年、できれば五、六年は待っただろう。


 アダムは誓ってロリコンではない。


「女性としては一般的な仕事……機織りとか、糸紡ぎとかですね。あとは、踊りと音楽をしていました」


「踊りと音楽?」


 踊りも音楽も祭事である。

 つまりティアマトの職業は神官ということになる。


「私の母は高名な神殿娼婦でした。ですから、私も巫女ですし……まあ神殿娼婦になるのが順当な流れなのでしょう。……なりたくはないですけど」


 神殿娼婦。

 宗教の儀式の一つとして、売春を行う巫女のことだ。

 

 ウリグ国は無論のこと、キエンギ地方では尊敬を集める存在だ。

 しかし同時に侮蔑の対象でもある。


 神殿娼婦にも心の底から神に仕えるために、信仰のために喜んで行っている者もいれば、経済的・社会的に追い込まれた結果、させられている者もいる。


 ティアマトはぶっちゃけ、やりたくない。

 もっとも、「娘なら母親の仕事を継ぐべきだろう」という風潮がウリグ国にはあるので、記憶と力を取り戻す前は内心で諦めていたのだが。


「……今回の件で、良い寄ってくる男が出てくるかもしれません。その時はあなたが、適当に追い払ってください」

「今回の件?」

「あなたを、祈りと献身で沈めた件です。私の母親の職業を考えれば、多くの者はそういう意味で捉えるでしょう」


 一回やったなら、二回目も同じだろう。

 俺にもやらせてくれ……


 などと言われるのは、ティアマトとしては少々、いや、かなり不愉快な話だ。


「ぶ、ぶひぃ! ティアマト様! ご命令の通り、食糧庫の小麦の量を計測してきました」


 と、そこへ小太りの人物がやってきた。

 彼の名前はブダン、この国の先王だ。


 先王はアンダリアム(あくま)と契約したことを理由に、国を追われてしまったのだが……

 すぐにティアマトによって罪を許され、この国に戻ってきた。

 

 確かに先王は悪魔と契約することで王位を手に入れた。

 この過程はとても王道とは言えないし、また王として私腹を蓄えていたのも事実だ。

 そしてウリグ国を危険に晒した。

 

 しかし同時に功績もある。

 ブダンの治世の下、ウリグ国は治水や灌漑に成功して農地を広げることに成功したし、また攻めてきた蛮族の撃退も成功している。


 ブダンの二十年の統治で国が豊かになったのは事実。

 

 その功績を無視し、彼を追い出すのは適切な裁きではない。

 そう主張したティアマトはブダンを呼び戻し、そして自分の下で働くことを条件に罪を帳消しにしたのだ。 


 ……まあ面倒な仕事を全て押し付けるためというのが、その本当の理由なのだが。


 ティアマトは粘土板に刻み込まれた報告を読み上げてから、ブダンに言った。


「よくやりました、偉いですよ。褒美として、私の足にキスをして良いですよ」

「こ、光栄です! ティアマト様! ぶひぃ……」

「……」


 アダムはすっかりティアマトに躾けられてしまった、かつての共犯者を半眼で眺める。

 かつての小悪党ながらも野心に溢れていた姿はどこへやら、すっかり躾けられ、犬……もとい豚になっている。

 まあ、魑魅魍魎が闊歩する【アンキ】に放り出されるということは死を意味するので、命の恩人であるティアマトに忠誠を誓うのは当然と言えば当然なのだが。 


「さて、ブダン。あなたには新たな命令を下します」

「は、はい!」

「暇な住民を集め、できる限り食料を高台に移すように。それと今からでも、食料の節約をさせなさい」


 唐突な命令にブダンは驚いたように目を見開いた。

 アダムもまた、ティアマトの命令の意味が理解できていなかった。


「どういうことだ、ティアマト。まさか、大洪水でも起こると」

「トカゲの癖に察しが良いですね。良い子良い子をしてあげましょうか」

「……本当かね」

「こんな面白くない冗談は言いません」


 ティアマトはそう言うと、淡々と解説を始める。

 ティアマトは王に即位する以前から――つまり天使としての記憶を取り戻す前から――日々の天候や雲の動き、風向き、降水量などを記録していた。

 それらの記録と、現在の天使としての知識と、天使的第六感が正しければ……


 この冬、河の上流では大雪が降ったはず。

 その積雪量は例年以上であり、雪解け水の量も膨大になる。

 また予測が正しければ、雪解けの季節と重なる形で、上流の降水量が増す。


 降水量の増加と、雪解け水の増加。

 これにより河の水量は堤防の許容量を超える可能性が非常に高い。


「ウリグ国のみならず、この辺り一帯が文字通り流される可能性があります。街と畑は諦めた方が良いでしょう。まあ……これを見る限りでは、幸いにも食料の備蓄は足りそうですね」

 

 ティアマトはそう言ってからブダンの頭を()で撫でた。


「あなたが二十年間、頑張って統治してきた結果です。偉いですね、いい子いい子してあげましょう」

「ああ……ティアマト様!! ぶひぃ!!!」

「……」


 大丈夫か、こいつ。

 アダムはブダンが非常に心配になった。


「さて、駄トカゲ。あなたにも命令を出します」

「……何だ?」

「ウリグ国以外の国々にも、警告を出しておきます。見捨てるのも忍びないですからね。そういうわけで、ちょっと空を飛んで声を掛けてきてください」

「別に構わないが、彼らは信じるかね?」

「ふん、神殿娼婦の戯言をどれくらい信じるか……まあ、見物ではありますね」


 信じてくれなくても良い。

 その時は死ぬだけなのだから……とでも言うようにティアマトは言った。


「はぁ……分かった。伝えれば良いのだな?」

「はい。私はじっくりと、英気を養いながら待っています。良い報告を期待していますよ」

「ゴロゴロしているだけじゃないか。少しは、何か働いたらどうかね?」

「果報は寝て待てと言います」


 ティアマトは柔らかい敷物の上に横になりながら言った。

 そして干し果物を口に運ぶ。


「それに、復興には私の力が必要になります。そのために力を温存する必要があります」

「力?」

「天使の物質創造の力ですよ。無から有を生み出す力です。これがあれば、農具も建物も食べ物も作り出せます」


 もっとも人間に堕とされた段階で、ティアマトは力の殆どを喪失している。

 アンダリアムをタコ殴りにできたのは、天使と悪魔という、相性の差によるところが大きい。


「いざという時に、力がないようでは困るでしょう?」

「……なるほど、一応納得はした」


 不満そうな顔でアダムは背を向けた。

 早速、警告しに向かうのだろう。

 またブダンもティアマトの命令を実行するために、一礼してからその場から立ち去る。


「まあ……温存したところで、少なくとも今の(・・)私では大したことはできないんですけどね」


 天使としての力を取り戻すには、信仰心が必要だ。

 そして信仰心は……


(本当に洪水が起これば、自然と集まるはずです)


 ティアマトはほくそ笑んだ。


世の中、始めが肝心と言います


天使ちゃん可愛いなと思って頂けたらブクマpt(信仰心)を頂けると天使ちゃんの力になります

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この小説めっちゃみたくて探すの超苦労した笑
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