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第18話 天使ちゃん、猫を貰う

「ふむ……」

「どうした、珍しく難しい顔をして」


 粘土板に書かれた地図を睨みながら唸っているティアマトにアダムは声を掛けた。


「何ですか? まるで私が普段から、お気楽そうな顔をしていると言いたげですね」


 するとティアマトは不機嫌そうな様子でそう返した。

 もっとも、アダムに対するティアマトの当たりが強いのは今に始まったことではない。


 人に堕ちて天使としての本能が薄くなっているティアマトだが、しかしその本能は確かに残っている。

 悪魔であるアダムに対し、ついきつく当たってしまうのだ。


「お気楽そうな顔とは言わないさ。ただ……まあ、そうだな。いつもは、ぐうたら絨毯かベッドの上に寝っ転がって、寝たり起きたりをしながら、食べてばっかりいる」


「私はまだ十五歳、成長期です。寝る子は育つと言いますし、食べ盛りでもあります。何か、問題が?」

「いや、別に問題はないがね」


 成長期。

 という言葉を聞き、アダムは一瞬だけティアマトの胸部を確認してしまった。

 お世辞にもまだ大きいとは言えないが、それでも育ってきている。


 もっとも胸の大きさを確認したことがティアマトにバレれば、怒られるのは間違いない。

 幸い気付かれなかったため、アダムはほっと息をついた。


「ティアマト様! トゥクルティ様がお越しになっております」

「通しなさい」


 ティアマトは官吏に命じた。

 すると満面の笑みを浮かべたトゥクルティが謁見の間に入ってきた。


「久しぶりですね、駄犬。今日はどんな芸をして私を楽しませてくれますか?」

「芸……というか、俺様はお前を口説きに来たんだが」


 トゥクルティは月に一度、ティアマトを口説く権利を与えられている。

 そのためトゥクルティの言い分は正しい。


 しかし……


「そうですか、私はてっきり、道化になって私を楽しませようとしているのかと。今までのは、私を口説いていたのですか? 全く気が付きませんでした」


「ははは! 相変わらずだな、ティアマトよ! しかし、今回は自信があるぞ? 吠え面を掻かせてやる」

「……口説く対象に吠え面を掻かしてどうするんですか」


 珍しくティアマトが真っ当なことを言った。

 しかしそんなティアマトのことは無視し、トゥクルティはパチンと指を鳴らした。


 するとトゥクルティの従者が籠を持って来て、トゥクルティに手渡した。


「それが今日の、私への献上品ですか?」

「そうだ。何しろ、お前は絹や宝石では中々喜んでくれないからな。趣向を変えてみた」


 別に喜んでいないわけではない。

 ティアマトも年頃の女の子なので、綺麗な宝石や服は好きだ。

 ただ喜んでいることを悟られるのが嫌という理由で、何でもないという表情を取り繕っているだけである。


 アダムならばそのあたりのティアマトの僅かな表情の変化を見分けられるが、また付き合いの浅いトゥクルティには難しい。


「さあ、開けてみてくれ」

「……なんですか?」

「開けてみれば分かる」


 ティアマトは籠をじっと見た。

 ごそごそと、何かが中で動いていることは分かる。


 もしトゥクルティがティアマトの暗殺を企んでいるとしたら、中に入っているのは毒蛇だろう。

 

 ティアマトは慎重に籠を開けた。

 するとそこには……


「ニャー!」


 猫がいた。

 小さな小さな子猫だ。


 黄金色の体毛に、ラピスラズリのようにキラキラとした美しい青色の瞳の……

 大変愛らしい子猫だ。


「な、な……こ、これは……」


「ふん、どうかね?」


「っく、わ、私が……こんな、小さくて、可愛くて、愛らしい、子猫ごときに、よ、喜ぶと思いましたか? ふん、所詮は駄犬ですね! 野良犬の方がもう少しまともなものをプレゼントとしてくれるでしょう」


「嫌なら返してくれても構わないぞ、ティアマトよ」


「い、いや……ま、まあ……い、今までのプレゼントよりは、マシですからね。仕方がありません。受け取ってあげましょう!」


 どうやら今回のプレゼントは相当嬉しかったようだ。

 ティアマトの表情がかなり緩んでいる。

 

「どうだ? 俺様に惚れたか?」

「いえ、それはないです」


 さすがに子猫をプレゼントされたくらいで堕ちるほどティアマトはちょろくはない。

 しかしティアマトを心の底から喜ばせることに成功したトゥクルティは、今回のところはそれで満足したようで、満面の笑みを浮かべた。


「そうか、そうか。では、またの機会としよう。……ところでだ、ティアマトよ」

「何ですか?」

「水源を見つけたのはこの俺様だ。その子猫のことも合わせて……何か、褒美をくれても罰は当たらないと思うが、どうだ?」

「……」


 非常に可愛らしい子猫をプレゼントされて機嫌が良いのか、いつもなら突っぱねるティアマトは珍しく、考え込んだ様子を見せた。

 そしてサンダルを脱ぎ、素足を差し出した。


「私の足を、好きなだけ舐めて良いですよ」

「ほう……好きなだけ? 本当に?」

「ええ、構いません」


 するとトゥクルティはティアマトの足をゆっくりと手に取った。


「では遠慮なく」


 そしてティアマトの素足に舌を這わせる。

 そんなトゥクルティを見ろしながら、ティアマトは鼻で笑った。


「何が楽しいのか、まるで理解できませんね。まあ、犬の生態など理解するつもりはありませんが」

「れろ……随分と余裕そうだな」

「はぁ?」

「何でもない」


 ぴちゃぴちゃという唾液の音が謁見の間に響く。

 時間にして数十分。

 最初は余裕そうだったティアマトの表情が、だんだんと崩れてきた。


「っく、ちょっと……」

「ん? どうした?」

「……何でもありま……ひぅ」


 足の指の間を舌でくすぐられ、ティアマトは悶えた。

 

「ちょっと、く、くすぐったい……」

「おや、降参か?」

「こ、降参?」

「負けを認めるか? 俺様に」


 別にこれは勝負でも何でもない。

 が、プライドの高いティアマトが駄犬に対し、負けを認めるなどあり得ない。


「は、はぁ? こ、この私が、あなたごときに負けるはずないでしょう!」

「そうか? それは良かった。あと一時間は舐めさせてもらうつもりだったのでな。くっくっく……では遠慮なく……れろ」

「っく……い、一時間って……い、いい加減にしなさい!」


 ティアマトは顔を赤くして叫んだ。

 するとトゥクルティはニヤリと笑みを浮かべた。


「いくらでも舐めさせてくれると言ったのは、お前だろう?」

「そ、それは……」

「ふむ……まあ、どうしてもというなら撤回させてあげてもいいぞ。その代わり、その猫の方は返して……」

「ギ、ギルガメシュは返しません!」


 ティアマトは金色の毛並みの子猫を抱いて叫んだ。

 すでに名前まで付けてしまったようだ。


「では……一時間ほど、舐めさせて……」

「トゥクルティ、そろそろ私のご主人様を許してやってはくれないかね?」


 見かねたアダムがトゥクルティを咎めた。

 するとトゥクルティはティアマトの足から手と舌を離し、肩を竦めた。


「ふん……まあ同じ家畜仲間の頼みだ」


 するとティアマトは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「私の勝ちですね」

「……」

「……」


 アダムとトゥクルティは思わず顔を見合わせた。


「ところでティアマト。先ほどから君は何に悩んでいたのだ?」

「おや、ティアマト。お前、何か悩み事があるのか? よし、未来の夫である俺様が相談にのってやるぞ」

「私は駄犬の妻になるつもりなど、毛頭ありませんが」


 ティアマトはそう言ってから目下の問題を話し始める。


「まあ、端的に言えば外交ですね」

「外交?」

「ええ……我が国も随分と大きくなり、周辺から周知されるようになりましたから」


 エレク国は規模は国としてはすでに大国と言っても良いレベルになっている。

 が、何しろできてから三年しか経っていない新興国だ。


 【アンキ】の情報伝達速度はすこぶる遅い。

 

「砂漠エルフとの交易や、トゥクルティたちを支配下に治めたことで、ようやく周知されるようになったみたいですね。まあ、付き合いというのは大切ですから。友好を結びましょうというのは歓迎ですが……」


 ティアマトは鼻を鳴らしてから、一枚の粘土板を二人に見せた。


「我が国に臣従しに来い……という不遜な態度の国とは、あまり仲良くしたいとは個人的に思えなかったので」


 それはキエンギ地方有数の大国。

 【ウルム国】からの親書であった。


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