第16話 天使ちゃん、下着を作ってみる
「……ニンリル。あなた、年はいくつですか?」
ある日。
ティアマトはニンリルと一緒にお風呂に入っている時に、唐突にそんなことを言いだした。
「十四歳ですけど」
「そうですか……そうですか……」
「……どうされました?」
「いえ、私より一歳年下なのに、私より大きいんだなと思っただけです」
ティアマトはじっとニンリルの胸元を見ながら答えた。
ニンリルは頬を赤らめた。
「いや……別にそこまで変わらないじゃないですか。僅差ですよ」
実際、ティアマととニンリルの胸のサイズはそこまで大きな差があるわけではない。
精々、一センチ程度だ。
「私が問題視しているのは、あなたが私よりも一年生きている時間が短いのにも関わらず、私よりも一センチ大きいということです。……最終的に私より大きくなったら許しませんからね」
「それは理不尽ですよぉー」
「主君よりも胸が大きいなんて、不敬ですよ」
そう言いながらティアマトは自分の胸に触る。
「今の私は……Bくらいです。最低C、目指すところはDです。そうでなければ、君主として、神官長として示しが付きません」
「そこまでティアマト様の胸を気にしている国民はいないと思いますが……というか気にしていたら気持ち悪いですし……」
まあ、ブダンやトゥクルティ辺りは間違いなく気にしているだろうなとニンリルは思った。
アダムもむっつりスケベなので、怪しい。
「それはそうと、BCDとは何のことですか?」
「ああ……そう言えば【アンキ】にはブラジャーはありませんでしたね」
ティアマトはそう言ってから、簡単にブラジャーの説明をした。
尚、キエンギ地方の人間は上半身に下着を身につけない。
下半身に色気もへったくれもないふんどしのようなものを身に着ける程度だ。
「……今思いましたが、作った方が良いかもしれませんね」
「そうですか?」
「形が崩れるような事態は避けたいですからね」
キエンギ地方で主に繊維として使われているものは三種類。
大麻、亜麻、羊毛だ。
このうち最も安価なのは大麻だが、服として着用するには肌触りが良くない。
基本的には袋やロープなどの原料として使用される。
そういうこともあり、基本的に衣服に用いられるのは亜麻か羊毛だ。
「まあ、使うなら亜麻でしょうね。柔らかいですし」
女性用下着である「ランジェリー」はフランス語で亜麻製品を示す単語から派生して生まれた単語だ。
生地の性質を考えても、地球に於ける歴史的な経緯を考えても、そしてティアマトが現在下半身に身に着けている下着の繊維から考えても、亜麻を使うのが適切だ。
「どうやって作ればいいんでしょうか?」
「……少し待ってください」
ティアマトはそう言ってから、額に手を当てる。
そして天使としての力を使い、情報を調べ上げる。
「……ノンワイヤなら、キエンギ地方の技術で十分に作れるみたいですね」
それも最低限裁縫の技術があれば、それなりに着れるものが作れそうだ。
こんなことで天使としての力を使うのも馬鹿らしいので、ティアマトは自ら針と糸を取り、ニンリルと一緒に作ることにした。
「ティアマト様、針仕事ができるんですか?」
「当たり前でしょう。糸を紡ぐのも、機を織るのも、布を縫うのも、女の仕事ですからね」
男は農作業。
女は針仕事。
というのがキエンギ地方では一般的に見られる作業分担だ。
針仕事ができない女性は、一人前と見做されない。
そういうわけで、基本的に生産階級ではなく司祭階級の人間であるティアマトやニンリルの二人もまた、最低限の針仕事はできる。
「まあ、確かにここ最近はやってませんでしたが……体は覚えています」
と、そこでティアマトは思いついた。
そう言えばこの世界、【アンキ】にはまだ「糸車」が開発されていなかったと。
(天使としての記憶を思い出して、王になってから一度も糸を紡いでいなかったせいですっかり忘れてた……)
【アンキ】では糸は手紡ぎが基本だ。
紡錘という棒のような道具を使い、コマのように回転させながら糸を紡ぐ。
別に紡錘だから悪いというわけではないが……糸車を利用した方が効率は良い。
後で職人に作らせてみようとティアマトは考えた。
が、しかし今はそれは後回しだ。
「ニンリルも、当然針仕事はできますよね?」
「はい。お母様に教わりました」
「よろしい……では何着か試しに作ってみましょう」
それからティアマトとニンリルは二人でチクチクと針と糸と布で、下着を作成する。
数時間と何枚もの布を犠牲にして試行錯誤を重ねることで、ようやくまともに自分の胸の形に合う下着が完成した。
「……違和感がありますね」
試しに装着してみたティアマトは服越しに自分の胸に触れて呟いた。
天使はノーパンノーブラがデフォルトなので、胸に下着をつけるのはこれが初めてだ。
しかしティアマトの技術が疎いのか、それとも元々そういうものなのか、若干の鬱陶しさを感じる。
「うーん、確かに変な感じがします。……でもサイズは合ってますよね?」
ニンリルもティアマとと同様の違和感を覚えているようだ。
二人はお互いの胸と下着を見比べ、サイズが正しいことを確認する。
「どうやら、これはこういうもののようですね。まあ……慣れるでしょう」
「寝るときもつけないとダメなんでしょうか?」
「ん……みたいですね」
額に手を当てて、情報を“検索”しながらティアマトは答えた。
「何着か同じものを作ったら……今度は下の下着も作ってみますか?」
「下も作った方が体に良いんでしょうか?」
「いえ、特に変わらないと思いますが……今のは控え目にいってもダサいでしょう」
「そうですか?」
このあたりはキエンギ地方の下着しか知らないニンリルと、一応日本担当の天使として多少は地球の下着事情を知っているティアマトとの認識の差である。
「ダサいとおっしゃられましたが……見せる予定があるんですか? 誰かに」
「今のところはないですね」
ニンリルの問いにティアマトは首を左右に振って答えた。
ただ……別に見せる相手がいないからお洒落しなくても良いというわけではない。
そもそもそれなら「どうせ見えないのだから着なくてもよい」という理論が成立してしまう。
「逆に聞きますがニンリルには見せる予定の人はいませんか?」
「私ですか? いえ……今のところはいません。……いつかは誰か、見せることができる人を見つけたいとは思っています」
ニンリルが神殿娼婦になりたくなかった理由として、結婚したかったからというものがある。
神殿娼婦になるということは神にその身を捧げるということなので、当然結婚することはできなくなる。
「ティアマト様は? ご結婚なさる予定……というか、結婚してみたいというお気持ちはありますか?」
「あまり考えたことはないですね。ただ……私は世間一般的には今でも神殿娼婦という立場ですから、難しいかもしれません」
ティアマトは女王兼神官長として権力と権威を掌握している。
女王はともかくとして、神官長という立場は神殿娼婦という職業から発生している。
邪悪竜を鎮めたのも神殿娼婦としての力を使ったから――つまり性交渉をした――と、多くの人々は思いこんでいる。
ティアマトもその辺りは信じ込んでもらった方が都合が良いので特に否定はしていないが……
結婚をするとなると、これを否定しなければならなくなる。
「ただ……恋をしたり、好きな人の子供を産んでみたいとか、そういう気持ちはありますよ。まあ、結婚に関してはしなければ良いだけのことです。別に夫婦関係を公にしなければならないという道理も、結婚式を盛大に挙げて幸せアピールをしなければならないという道理も、生まれた子供の種が誰のものかを公表しなければならない道理もありません」
例え妊娠したとしても「これは〇〇神との子供です」とでも言い張ればキエンギ地方の人々は信じるだろう。
むしろ誰の子供か分からない方が、神秘的で好ましいという可能性すらあり得る。
ティアマトの場合、ティアマトの胎から産まれた子供は間違いなくティアマトの子供なのだから、王位継承も――ティアマトは血統による王位継承には拘っていないが――問題にはならない。
「話が逸れました。さて……じゃあ下の下着も試しに作ってみましょう。結婚願望があるなら……役に立たないということはないでしょう」
「はい!」
それからティアマトとニンリルは上下セットの下着をそれぞれ四着ずつ作成。
そして最後にサンプルとして作ったものを、国中に広げるための第一歩として神殿娼婦の一人に渡した。
二人がデザインした(ということになっている)下着は神殿娼婦に大変好評で、その後エレク国中に……そしてキエンギ地方、さらにそれを飛び越えて【アンキ】全土に広がることになるが、それはまた別のお話。




