第14話 天使ちゃん、判決を下す
「まず……当事者の二人。まず私を“侮辱”したとされる方ですが、あなたの発言を私は“侮辱”とは捉えません。よって、そのことそのものは罪には問いません。ですが、あなたは無抵抗だったわけではない。あなたも、殴り返した」
「それは……はい、そうです」
“侮辱”した方が罪を認めた。
それからティアマトは先に殴った方に視線を移した。
「たとえどのような理由があろうとも、暴力に訴えることはこの国の法に反します。最初に手を出したのはあなたです。つまりあなたの罪は彼より重い。違いますか?」
「……その通りです」
先に殴った方も罪を認めた。
さて、罪の確認はこれで終わりだ。
裁定はここから始まる。
「確か……慣習では殴り合いが起きた時は、先に手を出した方が棒打ち二十、殴り返した方が棒打ち十でしたね」
ティアマト自身は法律を定めたことはない。
ただ、地域全体の共通概念として「この罪を犯したらこれだけの罰を下す」という基準は、確かな慣習として存在する。
「ですが……殴られた方の言動に非があった場合は、手を出した方の罪を減ずるという慣習もあります。“侮辱”した側の発言が原因だったのは事実。よって、棒打ちは双方十ずつというのが妥当なところでしょう」
そう、普通に考えれば打倒なところだ。
しかし正解とは言えない。
このままでは双方に不満が残る可能性がある。
「ですが、“侮辱”した側の発言そのものには何の問題もありません。にも関わらず、殴られた、これを考慮に入れないわけにはいきませんね」
ティアマトはそう言ってから、先に殴った方に視線を移した。
「あなたは謝罪をするべきです。暴力で解決するべきではなかった」
「っく」
先に殴った方は少し不満そうに表情を歪めたが……
ティアマトに命令に逆らうわけにはいかない。
“侮辱”した側に頭を下げた。
「……殴ってすまなかった」
“侮辱”した側はしばらく硬直していたが……ゆっくりと口を開く。
「いや、俺も……配慮に欠けていた。ティアマト様にも……あなたにも、申し訳ないと思っている」
“侮辱”した側も頭を下げた。
ティアマトは満面の笑みを浮かべる。
「素晴らしい! よくお互いに許し合うことができましたね。お互い非を認め、謝罪し合った。それなのに棒打ち十回は重過ぎるでしょう。今回は罪に問わない……というのが私個人の気持ちではありますが、しかしそれでは示しがつきません。双方、五回の棒打ちとしましょう」
それからティアマトは笑みを消した。
「さて……この騒動、二人だけで起こったわけではありませんね? 何しろ乱闘騒ぎになったのですから」
「まあ、そうだな。逃げられてしまったが」
黙ってティアマトの裁決を聞いていたアダムが頷いた。
「まさか、彼らを無罪にするわけにはいきません。当事者でないのにも関わらず、感情に任せて暴動を起こした。その罪は決して軽くありません。誰かを傷つけた者は、全員を棒打ち十とします。ですが、素直に名乗り出た場合は棒打ち五回に罪を減じましょう。以上です」
「裁判、どう思いましたか?」
その夜。
ティアマトは少し不安そうにアダムに尋ねた。
「ふむ、どうとは?」
「察しなさい、駄トカゲ。私の裁定が適切であったかどうかです」
「不安なのかね?」
「……双方に不満が出るようなら失敗でしょう?」
ティアマトはどちらも納得する裁きを下そうとした。
だがもしそれに失敗していたとすれば……両者が不満を抱いていたとするならば。
それはどちらかを贔屓した方がマシだったということになる。
「最善とは言い難いな」
「……そうですか」
「しかし悪くはなかった。少なくとも、この国にはあれ以上の判決を下せる者はいないだろう」
最善ではない。
だが次善ではあった。
つまり“良かった”ということだ。
「ふん、相変わらず回りくどい言い方をしますね。あなたは」
「ふふふ」
「何がおかしいんですか?」
ティアマトが怒ったように言った。
アダムは笑みを浮かべる。
「いや、君も不安に思うことがあるのだなと」
「あなたは忘れているかもしれませんが、私はまだ十五です」
「だが天使なのだろう?」
「人として生きたのは十五年です。人生経験はそこらの十五歳の小娘と変わりませんよ。無論、心もそうです」
天使と人では精神構造が根本から異なる。
ティアマトは天使から人に堕とされた。
知識はあれども、人としての精神の成長は見た目相応だ。
「まあ、しかし今回は何とかなりましたが……」
アダムから見て問題なかったというのであれば、今回に限れば何とかなったと判断しても良い。
そう思いながらティアマトは言葉を続ける。
「今後、あのようなことが繰り返されるようでは困りますね。治安維持のための兵を増やした方が良いかもしれません」
「となると、騎兵か?」
「そうですね。馬に乗っての巡回は威圧効果もあるでしょうし」
無論、それだけでなく裁判制度や法律も整える必要がある。
様々な場所から人が集まってきているのだ。
慣習の細やかな違いも存在するだろう。
「はぁ……ぐうたらするのも楽ではありませんね」
むしろ最近は忙しくなってきている。
もっとも国が発展してきたおかげで香辛料を使った料理を食べたり、綺麗な服を着たり、宝石を身に着けたりできるようになってきたので、決して無駄に忙しくなったわけではない。
人材を育成し、ティアマトの仕事を押し付ければ、ぐうたら生活も夢ではないだろう。
「工事、進んでいるようですね」
「ぶひぃ……ひ、人が増えましたから」
工事の視察に来たティアマトにブダンが答えた。
エレク国では今、建築ラッシュが発生している。
人口が増えたことで新たな住居が必要となったからだ。
以前はティアマトが能力を使って建てていたが、最近は国民たちに建てさせている。
できるだけ力を温存するためと、技術力が低下しないようにするためだ。
無論、ティアマトが全く口や手を出していないというわけではない。
無秩序に建物が立ち並ぶことで都市環境が悪化しないように、都市の設計そのものはティアマトがしている。
「この建物は三階建てですか? 本当に高い建物が増えましたね」
「ぶひっ! 広さも限られていますから」
エレク国では丘に人が住み、平地を農地としている。
丘の面積はそこまで広いというわけではないため、人口がここまで増えてくると手狭になってくる。
解決策は二つ。
農地を住宅地に変えるか、もしくは建物を高くして一つの建物に複数の人が住めるようにするかだ。
ティアマトは最終的に農地を潰して住宅地に変えることを考えてはいるが、それをすると農地を城壁の外側にまで広げなくてはならない。
それは城壁の外側に蛮族が闊歩している現段階では好ましくない。
というわけでもう一つの解決策として、高い建物を建てるように指示している。
人口密度は上がるが、同時に建築技術も上がる。
しかし問題がないわけではない。
「ところで……ブダン。一つ聞いても良いですか?」
「ぶひっ、何でしょうか、ティアマト様」
「あれは何ですか?」
ティアマトはいくつかある高層の建物の下に落ちている物体を指差した。
「い、いや……あ、あれはですね、ひ、人のウン――」
「それは見れば分かります。……おかしいですね」
ティアマトは不快そうに鼻を摘まみながら言った。
「私は糞尿はしっかりと処理するように……少なくとも道に捨てないように定めたはずなのですが」
「ぶひぃー、申し訳ありません!!」
別に何一つ悪くないブダンは、なぜかティアマトに土下座した。




