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冬の夜

進学先を決めてから一か月が過ぎた、十二月末。冬休み真っただ中ではあるが、学校が用意した勉強合宿に参加している。



とは言え公立の推薦を受けるので、落ちた時のために受験勉強も多少はやるが、メインは面接や作文といった推薦対策の方だ。



そういうわけで一日の大半を、作文を書くか面接の練習をして過ごした。みっちり勉強をしている一般入試組には、これが楽なスケジュールに映ったと思う。勉強を殆どしてないんだから。



だけど、私にしてみたら勉強をしている方がよっぽど楽だったと思う。



作文では答えのない問題に答えるという不毛な作業を強いられ、面接の練習では言葉遣いやら立ち振る舞いやらで、普段使わない神経をフルに使わなくちゃいけない。



これなら、決まったことだけをやる勉強の方がよっぽど楽しいと思う。そんなことを休み時間に考えながら、推薦対策を何とか乗り切った。



しかし、そうやって普段使わないものを使いまくったお陰で、風呂に入ったあたりから眠気が私を夢の世界へ誘い始めた。



これで何もないなら布団にもぐるだけだが、あと二コマ分残っている。ここで眠るわけにはいかない。が、そうは言って眠いものは眠い。何分か置きに私の頭はガクッと垂れ下がった。



そうやって何度も落ちかけそうになったが、必死に耐え抜き最後の二時間はなんとか乗り切った。あとは眠るだけだ。



覚束ない足取りで部屋まで何とか戻る。この時、同部屋の人達がなにやらワイワイ騒いでいたようだが、気に留めることなく自分の布団を敷いて、眠りについた。これがとんでもないことになるとは知らずに。






ふと気がつくと、夕陽が眩しく射し込む学校の教室にいた。他のクラスメイトは誰もいない。教室にいるのは私だけ。きっとこれは夢なんだと思う。だけど夢にしては、妙にリアルな雰囲気がする。とにかく、この教室を出よう。そして誰かを探して今の状況聞き出そう。



そう思い、教室の扉を開けようとした時だった。


 

後方にある扉が開き、息を切らしながら誰かが教室に入ってきた。これで一人じゃないことは確定した。とりあえず、話はできる。私は後方の扉の方を向いた。そこにいたのは優梨華だった。



こんな時にこいつと会うとは。私はつくづくついてない。とりあえず、あっちは私に気づいてないら、無視しておこう。



「あっ、こんなところに居たんだね涼花ちゃん!」



げっ、気づかれた。どうしようか。このまま逃げるか。いや、待て。今優梨華が名前で、しかもちゃん付で呼ばなかったか。思いもしない言葉に、頭がこんがらがってしまう。そんな中、優梨華は私の方に駆け寄り、私の手を優しく握った。



「もーっ、随分探したんだよ?どこに行ってたの涼花ちゃん?」



「どこって、ずっとここにいたけど……。というか、お前私の呼び方変じゃないか?いつも、笠野さんって呼んでただろ?」



「えっ、どうしたの涼花ちゃん?私いつもこう呼んでたじゃない」



おかしい。あいつ絶対そんな呼び方はしないはずだ。でも、こうやって呼んでいる。もしかして、あいつのことをコピーした化け物なのか。そう考えると、目の前にいる優梨華のような人が怖くなってきた。


「ねえ?どうしてそんな怖い顔してるの?」


不意に、眼前に優梨華が迫る。私は声にならない声を上げてしまった。


「お、お前おかしいよっ。お前がそんなこと言うわけがない!」


「もう。おかしいのは涼花ちゃんの方だよ。とりあえず、一緒に帰ろっ」


優梨華は笑顔で無理矢理私の手を掴んだ。そして、私を引っ張るように、教室を飛び出した。






はっと目が覚めた。さっきの悪夢のような光景は夢だったらしい。まあ、夢で良かったと思う。あんな優梨華を現実で見たら、確実に吐き気を催すのは間違いない。



それはそうと、今何時だろうか。時計が無いのでわからないが、外から陽射しが入ってない様子からするに、多分まだ深夜なのだろう。なので、もう一眠りしておきたい。しかし、眠れそうに無い。それは冬の朝とは思えない暑さのせいだ。



原因ははっきりしている。左半身を誰かに強く抱きしめられているからだ。抱きついている本人は、なんとも心地よい寝息を奏でながら眠っている。



はっきり言って迷惑だが、安眠状態の人を起こすのはいい気がしない。だけど、引きはがさないとこっちは暑苦しくてたまったもんじゃない。仕方ないけど、起こして動いてもらおう。



かろうじて動かせる右手で体を揺さぶってみる。すると、眠りを妨げられたからか小さな呻き声が聞こえてきた。たぶん、起きてくれたはず。ならば、今がチャンスだ。



他の人を起こさぬよう、小さな声でどいてくれるように伝えた。ただ、中々動いてくれない。



仕方なく、もう一度体をゆすって声をかけるが、起きる気はない。ここまでして起きないんだから、こっちが我慢すればいいか。そう思いながらも、もう一度眠ろうとしたときだった。



「……やだぁ」



と、甘く幼い声が微かに耳に届いた。



そうか。嫌がっているなら仕方ない。ここは私があきらめよう。



……いや待て。こんな声を出す奴はこの中には一人しかいない。あいつならば話は別だ。



「おい! 起きろ、優梨華!」



ぐらぐらと強く優梨華の体を揺する。だが、優梨華は目を覚まさない。それどころか、さらに強く抱きしめてくる。



マズい。このままだと、こいつに抱かれた形で朝になる。それだけは嫌だ。死んでも嫌だ。何としてでもどかさないと。



しかし、引き剥がそうにも右手一本では厳しいし、こんなに強く抱き寄せられてるならなおさらだ。



困った。手はないのだろうか。徐々に熱さを増していくのに耐えながら、頭をフル回転させる。すると、ある答えに辿り着いた。



こいつ、自分が誰を抱きしめてるのかわかってない。



それならば、答えは簡単だ。私が嫌いなんだから、私だと気づかせればいい。これで万こと解決だ。



「優梨華、お前が今抱いてるのは、笠野涼花だぞ!お前の大嫌いな笠野涼花だぞ!」



これで、私を認識するはず。解れば絶対に離すはずだ。これで安眠を取り戻せる。あと、ついでに弄るネタも増える。朝が楽しみだ。



そう思って離すのを待ったが、まったく離さない。それどころか、えへへと気持ち悪い笑い声のようなものがかすかにだが聞こえてくる。



さっきまでの安心した気持ちが恐怖に変わり、暑苦しさから解放される代わりに、とてつもない寒気に襲われた。



「おい、離れろよ!お前が良くても私が耐えられないんだよ!」



必死に右手で揺りうごかす。すると、優梨華の手の圧が消えた。やっと離してくれたのか、今度こそ、解放される。そう思った矢先、今度は、右半身をグッと引き寄せられる。



突然のことに抵抗できず、優梨華の顔を真近に拝むような形になってしまった。



「涼花ちゃんと……寝たいの。だから、お願い」



涼花ちゃん?こいつ明らかにおかしい。エベレスト並みにプライドが高いあいつが、私をちゃん付けで呼ぶなんてあり得ない。だとしたら、寝ぼけてるに違いない。



目を必死に凝らしてみると、目がとろんとしていて、明らかに眠たそうな感じをしている。やはり、寝ぼけているらしい。だから、こんなあり得ない言動をしているんだ。これまでのことががようやく腑に落ちた。



とはいえ、こいつがこんな姿を見せるとは。バスケ部の合宿でも見たことがない。ということは、今日に限って上手く眠れなくて、それでやっと眠れたタイミングだったのだろうか。多分、そうなんだろう。



もうちょっと頑張れば起こせるかもしれないが、今回は無理に起こすのはやめてあげよう。流石に嫌いな奴とは言え、そんな状況で叩き起こすのは気がひける。なにより、私もそんなことされたくない。



自分の中で折り合いを付け、



「仕方ねえから今回は諦めて一緒に寝てやるよ。感謝しろよ」



と、言葉を吐き捨てこのままもう一眠りしようとした。



少し熱苦しいが、慣れてくると人肌特有の暖かみがして落ち着ける。これならもう一眠りできそうだ。そう思いながら、ゆっくりと目を瞑ると、ギュッと少し強く抱きしめた。



「えへへ……。ありがとう涼花ちゃん」



甘い声で寝言をつぶやく優梨華の顔は、何かいい夢でも見ているような、穏やかな表情だった。



まったく、人を抱き枕にするなんて。そのせいでこっちは叩き起こされたのに、こいつはスヤスヤと眠ってやがる。本当にムカつく奴だ。



しかし、寝ぼけてるとはいえ、なぜ私にこんなに甘えるのだろうか。私は不思議に思った。あの状態だから間違いなく、意識ははっきりしていないはずだ。それでも、嫌いな奴くらいは覚えているはずだ。



さっきのやり取りで、あいつは私の名前をちゃん付けで何度も呼んでいた。だから、意識はっきりしていなくとも、抱き着いていいるのは私だとわかっているはず。他人と間違えているとは思えない。



ならば、あいつは真っ先に私から手を離すだろう。でもそうしなかった。



ということは、あいつは私のことを嫌っているどころか、むしろ好かれている?



いやいやっ。そんなことはないはず。あいつが適当に誤魔化しているはずだ……。



目を開き、優梨華の顔を見つめる。



「優梨華。私と仲良くしたいのか?」



私の問いかけに返事は返ってこなかった。

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