街と好奇心
明け方、モールの街の北門には兵士たちが集っていた。
騎馬兵に護衛されるように並ぶのは、少し前から配備された魔道兵たちだ。弓よりも遠距離、かつ広範囲に攻撃できる魔法使いの兵士たちは、エルメルト王国全域でその有用性が実証されている。
兵士の総数、およそ五百。戦争を行うにしては少なすぎるが、それでも北門は緊張に包まれていた。
その原因は、昨晩高台の兵士から報告された内容だ。
『飛竜が森の方角へ飛んでいった』
飛竜は街にとって厄介な存在だ。広範囲を飛び回り、凶暴で、しかも動きが速い。
近付けばその巨体に吹き飛ばされ、かといって遠距離からの魔法や矢の攻撃も躱されてしまう。そもそも硬い鱗のせいで並の攻撃では傷すら付けられない。
それに、飛竜の得意とする滑空による攻撃は脅威だ。あれを受けては兵士達も壊滅的な損害は免れない。
だから、飛竜に対しては遠距離からの飽和射撃で警戒させ、街から離れさせるくらいのことしか出来ないのだ。
相応の損害を覚悟すれば討伐も可能ではある。しかし、犠牲に対して割りに合わない。だから現状を維持しているのである。
「飛竜は出てきたか?」
「いえ、まだ確認されていません」
「そうか、警戒を怠るな」
「はっ」
取り仕切る隊長の問いに、兵士が直立して答える。
一度森の方角へ飛行していくのを確認して以降、飛竜の存在は確認されていない。
「別の方角に飛んでいったか。或いは、森に寝床があるのか……」
隊長は思考する。何にせよ、長期戦であるだろうと予想した。
兵士達も一晩見張りを続けている。人員を増やして交代制に切り替えた方が良さそうだ。
「た、隊長!!」
その思考を、慌ててやってきた兵士がかき消した。
彼は確か、見張り台にいた兵士だったか。何か見つけたのだろうか。
「どうした?」
「そ、それが……」
兵士は口を濁した。余程言いにくい内容なのか、しばらく躊躇したのち、その内容を口にした。
「――――なんだって?」
「ですから……」
「『何だかよく分からんやつが飛竜の死体を引きずってこっちに向かって来ている』なんて訳の分からない報告を信じろというのか?」
「本当にそうなんです!!」
困ったことに嘘を吐いたようには見えない。
隊長は自分の目で確認するために、見張り台へと登った。
「一体そんなものがどこに……」
門の上にある見張り台に辿り着く。
そして、その景色を見て――――絶句した。
「何だかよく分からんやつが飛竜の死体を引きずってこっちに向かって来ている……」
あれは何だ? 隊長は困惑した。
まず先頭にいるのは、少女だ。長い銀の髪が特徴的で、まだ幼い。十になる自分の娘と大差ないだろう。
その後ろに……何だ? あれは何なんだ? 鎧? それにしては大きすぎるが。長い手足と、顔の部分にある謎の緑のバッテンが光っている、黒くて金属質な人型の、何か。
そして、その何かが右手に持ち、引きずるのは――――飛竜。
隊長は確信した。いや、否定しようがない。
あの何かが、飛竜を倒したのだ。ここ数年、モールの街が手をこまねいていたその存在を。
「伯爵に要請しろ――――『今準備できる兵の全てを出してくれ』と」
「ッ!! りょ、了解しました!!」
「急げよ。時間は無いぞ!!」
長い一日になりそうだ。隊長はそう覚悟した。
「――――なあ、兵士がめっちゃいるように見えるんだけど」
「手厚い歓迎でしょうか」
「いや、どう考えても『これ』のせいだろ」
俺は右手で引っ張っている『これ』……つまり、飛竜の亡骸を指差した。
「やっぱ持ってこなくても良かったと思うんだよ」
「いいえ、そういう訳にはいきません」
アトは頑として譲らない。意地でも飛竜を持ち込みたいらしい。
なぜかというと……
「『飛竜の肉は食べられるか』。それを知るためには、街に持ち込むしかないのです」
この少女――――飛竜の肉を食う気満々なのである。
それは、昨晩飛竜にとどめを刺した直後のことだった。
充電切れの俺に電力を供給したアトは、横たわる飛竜を見て一言、言った。
「飛竜の肉って、食べられるのでしょうか」
正気か、と俺は思った。
「……いや、どうだろう。やめた方がいいと思うけど」
「何故ですか?」
「だってトカゲじゃん。絶対不味いやつじゃん」
「そうですか?森で食べたトカゲは大丈夫でしたが」
嘘だろおい。食ったことあんのかよ。
「あー……そうだ、ほら。毒持ってるかもしれない。食ったら危ないかも」
「そうですか……。これだけの大きさなら食糧に困らないと思ったのですが」
アトは一気に落ち込んだ。ひとまず安心したけど、お父さんこの子の将来が心配です。
「まあ鱗とかはいい値段で売れるかもしれないから、その辺を剥ぎ取っ――――」
「――――街の人なら、知っているのはないでしょうか」
「て?」
名案です、とアトは思考を巡らせ始めた。
「そうです。街には飛竜に詳しい方がいるかもしれません。その方に教えてもらいましょう」
「で、でも、どうやって教えてもらうんだ? 知ってる人をここまで連れてくのか?」
「いいえ、それでは二度手間です」
アトは目を輝かせた。キラキラなんて可愛らしいものじゃない、好奇心と知識欲に塗れた、ギラギラとした眩しい光だ。
どうしよう。この電池、本体よりアグレッシブですよ。
「この飛竜を、街まで持っていきましょう」
それ持っていくの俺だよね? とはもう言えなかった。
「ねえ、兵士の数増えてるんだけど!? 明らかに警戒されてるんだけど!?」
「飛竜の死体を運ぶには人手が必要ですからね」
「……冗談だよ、な?」
アトはそれに答えない。というか明らかに上機嫌だ。「これだけ一杯の方がいるなら、きっと分かりますね」じゃないんだよ、おい!
「そ、そこの少女と……えー、その、何? ……と、とにかく、止まれ!!」
街の門まであと数百メートル、というところで、ついに向こうから声がかけられた。とりあえず命令通りに止まる。
しばらくすると、兵士の一人が馬に乗ってこちらにやってきた。すぐに攻撃する意図はないようだ。安心した。
「あー、その飛竜を倒したのは、お前たちか?お前たちは何者だ?なぜここに来た?なぜ飛竜の死体を持ってきた?」
兵士の口調からは恐怖と困惑が見て取れる。そりゃそうだよなぁ。なんだか申し訳ない気分になった。
「はい。私はアト、彼はエクサ。私たちは飛竜の肉が食べられるのか教えてもらいに来ました」
違えよ!? 街に滞在したいんだよ!?
「に、肉?食うのか、これを?」
あーほら、兵士さん驚いてるじゃん。
「はい……むぐ」
「あー、お騒がせしてすんません。この子、気になって仕方ないみたいで」
「お、おお……それで、お前は何者なんだ?」
アトの口をやんわりと押さえ、保護者として謝ると、兵士は困惑しながらも納得してくれたみたいだった。だけど、俺のことをどう説明しようか……。
「えーと、なんというか魔法のおかげで動いてるカラクリ、みたいな」
「……街を襲うつもりは?」
「とんでもないです、ええ。あのー、魔法使いギルド? っていうのに用事がありまして、できれば二人の滞在許可を貰えないかと」
可能な限り下手に出て、ペコペコと頭を下げながら話す。前にこんな風に話したのっていつだったかなあ。先生に課題忘れた言い訳したとき以来かもしれない。
「あ、ああ……すぐには出せないかもしれないが、安全が確認されれば、中に入れるはずだ」
「それで、飛竜の肉は食べられるのでしょうか……」
「分かった! それも聞いてきてやるから!! 待っていろ!!」
兵士は呆れたように答えると、反転して門へ戻っていった。
「まともじゃない見た目の奴の方がまともに受け答えしやがった……」
そんな呟きを、俺の感覚器だけがこっそりと聞き取っていた。