森と飛竜
「どう考えても、キャロリの言葉を覚えてないエクサが悪いです」
不貞腐れたようなアトの声が、焚火の炎に飲み込まれた。
「いや、お前の旅だろ。お前がちゃんと覚えてないと駄目じゃないか」
「でも、最後に森に誘導したのはエクサじゃないですか」
「そもそもアトが疑問を挟まなければ普通に街道を――――いや、もうやめよう。不毛すぎる」
「はい、そうですね……」
二人並んで、焚火の前でしょんぼりと膝を抱えた。
二日で街に辿り着くはずの旅路――――その三日目の夜のことだった。
おかしい。その事実に気付いたのは、二日目の夕方になっても一向に森を抜ける気配がなかったときだった。
「エクサ……この森、長すぎませんか?」
「ああ、俺も同じこと思ってた……」
長い森は一向に終わる気配がない。
いやまさか。そんなはずが。
ひとつの可能性が脳裏をよぎる。
信じたくない。しかし信じざるを得ない。
――――もしかして、街道を行くのが正解だったのでは?
冷や汗が……いや、ロボットに汗は流れない。きっと冷却液が過剰に循環してるのだろう。あればの話だが。
まずい。これはまずい。頭の中はそんな思いで一杯だった。
「どうする?」
「どうしましょうか……」
俺たちの選択は――――とりあえず進むことだった。
「とりあえず森は抜けよう。話はそれからだ」
しかし森は続く。なぜこんなに長いのかも分からない。
もしかして、この道だと街に着かないのではないか。不安だ。
とはいえ、唯一安心したことは……
「どうしました、エクサ?」
アトは十分に火の通ったウサギの肉を頬張りながら俺を見た。
ウサギは、アトがさっき魔法で捕まえたやつだ。
『定義。其は突き刺す雷の針』
そう。アトは意外とサバイバル能力が高かったのだ。
電撃の魔法でサクッと野ウサギを一匹捕まえると、流れるような動作で血抜きと解体。あっという間に食料と毛皮が出来上がった。
「いや、ウサギ捌くの上手かったな、と」
「本で勉強しました」
いや本て。
「極力人を頼らずに生きてきたので。ウサギは食糧は勿論、毛皮も売れますから」
「逞ましいなぁ……」
ついでに火を起こしたのもアトだ。電気で高熱を出して木を燃やしていた。魔法って万能だなホント。
「しかし、この森いつまで続くのか……」
小さなぼやきは夜の森に溶けて消えた。
ガサガサ、と物音でアトは目を覚ました。俺はロボットなので寝てない。地味につらい。
「何の音ですか?」
俺はカメラとセンサーの精度を上げて、周りを探知する。視界が爆発的に広がって、色んなことが見えるようになった。こういう時自分の身体がロボットなんだと実感させられる。
センサーが熱源を感知。人が一人と馬が二頭。大きな何かを引っ張っている。
「これは……馬車だな」
「行商人、でしょうか」
ひとまず安心する。攻撃される可能性は少ないからだ。
街道の反対側、つまり俺たちが進む方角からガサガサと音がする。やがて暗闇から現れたのは、予想通り馬車を引いた行商人だった。
「おう?こんな森にガキと……うわぁ、なんじゃこりゃ!!?」
行商人のおっさんは……俺を見て大層ビビっていた。
そういえば俺、メカだったね――――邪神に間違えられるような。
「そうか、アンタら旅してるんだな」
「はい。モールの街に行きたかったのですが、道を間違えてしまったみたいで」
一応落ち着きを取り戻してくれた行商人に、お詫びとして焼いたウサギ肉を差し出す。行商人はそれに豪快にかぶりついた。
「それは大変だったな。だがこの道を真っ直ぐ進んでもモールの街には着けるぜ。なんてったって、俺は今朝モールの街から出てったんだからな」
「本当ですか!?」
それはよかった。明日か明後日には街に着けるようだ。こんな場所に長居したくないし、何よりアトを早く安全な場所に連れていきたい。
……そういえば俺、戦闘能力はどれくらいあるんだろうな。アタッチメントの内容からして戦う前提ではあったみたいだけど。
「とはいえ、あまりこの森に長居しない方がいいぜ。この森は――――出るからな」
……出る?
「出る、とは?」
「飛竜だよ」
飛竜?
ファンタジーで聞いたことのある名前だ。確か、翼が大きい、飛行能力に長けたドラゴンの一種……
って、ドラゴンん!!?
「え、そんなのいるの!?」
「お、おう。この辺じゃ有名な話だぜ……じゃ、俺は怖いからとっとと出るわ。肉ありがとな」
「い、いえ……」
行商人は手早く準備を済ませると、馬車に乗ったところで「そういえば」と俺たちを向いた。
「この先に村ひとつあったよな?」
「はい。私の出身ですが、どうかしましたか?」
俺たちがいた村は規模としては大きく無い。しかし、街に野菜を卸したりしてそこそこ安定しているらしい。
「村で魔法が使える子供の話、聞いたことねえか?」
「それは――――」
「――――いや、聞いたことないな。何かあるのか?」
アトを遮るように、俺が答えた。なんとなく、教えるのはやめた方がいい気がしたのだ。
「い、いや、別になんでもねえよ。ただ、モールの街では魔法使いを集めてるって話があるだろ?外の村で見つけるとスカウトすることがあるんだよ」
なるほど。街で集めている、という話は聞いていたが、外からも集めているのか。
「まあ、俺はそろそろ行くぜ……あんたらも飛竜には気を付けな」
「はい、ありがとうございます」
行商人は馬車を連れて夜の森に消えていった。
「……というか、何?飛竜なんているの?」
「いますよ?私も飛んでる姿しか見たことはありませんが」
アトは平然と答える。
「文献によると、魔法が発見されたのと同時期に見つかったと報告が出ています。ただのトカゲが魔法によって変異したのではないか、という説もあるそうです」
「やっぱり魔法なのか……」
こええな、異世界と魔法。
「もし飛竜に見つかったら、どうする?」
「そうですね――――」
アトが考え込むと同時、
―――――ガァアアアアアアア!!!
上空から、闇を裂くような咆哮が轟いた。
「……まずはじっくり観察したいですね」
カメラとセンサーを上空に向ける。感覚器が、その姿を確かに捉えた。
暗闇に光る、紅い瞳。
夜空を覆う、巨大な翼。
鳥のようにも見えるが、皮膚を覆うのは羽毛ではなく、褐色の鱗だ。
全長は10メートルほどだろうか。翼の生えた巨大なトカゲ、としか形容しようのないその姿は、まさしく――――
「――――飛竜」
噂をすれば影、である。
「まさかこんなに早く見れるなんて、思いませんでした」
「……アトさんや。アンタちょっと嬉しそうじゃない?」
「はい、ちょっと嬉しいです」
アトの翠の瞳がキラキラと煌めいて見えるのは、月明りを吸ったからだけではなさそうだった。
「ところで、アト」
「なんでしょう、エクサ」
「あの飛竜……こっち見てない?」
「見てますね」
「……どう思う?」
「向こうから近寄ってくれるなんてありがたいです」
「……あ、そう」
――――ゴォアアアアアアア!!!
危機感が無いのか、それを好奇心が遥かに上回っているのか。
なんにせよ、アトは嬉しそうに銀の髪を揺らした。
「とりあえず――――退避ぃ!!!」
飛竜がこっち目がけて突撃してくる。
俺はアトと荷物を脇に抱えると、全速力でダッシュを開始したのだった。