出口と機能
「……」
「……」
遺跡の出口の前でふたり立ち尽くす。
「……あの」
「……分かっている」
あと一歩。それだけ踏み込めば、俺はついにこの遺跡の外に出られるのに。
「……まずくない?」
「……まずいですね」
だけど、その一歩が、限りなく遠い。
「「まさか、身体が大きすぎて扉を通れないとは……」」
俺たちの未来は、物理的に阻まれていた――――主にサイズの問題で。
盲点だった。遺跡から地上に続く唯一の出口は明らかに人間用に設計されていて、大人の男がギリギリ通れるくらいの通路しか開かれていなかったのだ。
対して、俺の身体は現在2メートルをゆうに超える巨体だ。小さい身体のアトと比較すると、縦も横も倍以上の差がある。
つまり、通れないのだ。出口に繋がる通路を。
「どうすっかなぁ……完全に忘れていたわ」
「私も、自分が普通に通れているので失念していました……」
そりゃそうだ。アトにとってはこの廊下だってそこそこの広さに感じているだろう。まさかこれを通れないやつがいるなんて、思わなかったはずだ。
だが、俺は通れないのだ。だって人間じゃないもん。
「さて、どうするか」
とりあえず頭を絞る。隣のアトもうーん、と考え込んだ。
「あっ」
そして、何かを思いついたようだった。アトはこの見た目からは想像もつかないほどに賢い子だ。もしかしたらいい方法が見つかったのかもしれない。
「私の魔法で天井を破壊したらどうでしょうか」
「馬鹿じゃねえのお前」
「馬鹿……」
コイツ頭いいように見せかけてポンコツか。しかし、現状これが唯一の手段かもしれない、というのもなぁ……。
隣でアトがちょっと凹んでいるが無視。
「ちょうどいい機能とかねえのかな、俺」
そうだ。俺は今ロボットなのだ。人間ではできない方法だって試すことができる。
例えば、そう――――
「――――変形、とか」
そうだ。変形だ。変形は男のロマンだ。いい感じにトランスフォームして抜け出せたりしないだろうか?
物は試しだ。やってみよう。
まず腕と脚は長いので折りたたむ。肩幅も問題になるので、縮こまるように収納。可能な限り高さを抑えるために頭も前に押し込む。そして腰を折りたためば……!!
「ど、どうだ……?」
「……ただ丸くなっているようにしか」
うん。俺も気づいた。
これ単に土下座してるだけや。
「駄目だ、このままだと本当に天井を破壊するしかなくなる……!」
でも出来ればやりたくない。ここが地下何メートルか分からないし、そもそも開けた後どうやってその穴から出ればいいのか。
「そういや俺、この身体の機能よく知らねえな」
前にも言ったように、以前俺は内部のプログラムに問い合わせたことがある。その時は『あとどれくらい充電が保つか』ということだったが……もしかしたら、このロボットの持っている機能も分かるのではないだろうか。
(えーと、検索『本体スペック』と……)
しばらくして、脳裏のイメージにひとつの画面が浮かんだ。自分の思考とは関係なく、画面は文字や図をつらつらと並べていった。俺はそれを心の中でひとつずつ読んでいく。
(ふむふむ、この身体は素体で、色んな装備を拡張していく前提なんだな……残念ながらそんなものはないが)
画面には背部ブースターだのビーム砲だのロマン溢れる装備がズラリと並ぶが、恐らくこの世界にはない代物だろう。というか逆に何でこんなロボットがこの世界にあるんだ。
(変形機能はなし……ん、これは)
目ぼしいものがないと思っていた矢先、ひとつの項目に目が留まる。
(分解、か)
これは使える、と思った。
「アト、頼みがある」
「はい、エクサ。どうしましたか?」
「村の人呼んできてくれ。力持ちのやつを、できる限りいっぱい」
そうして、俺は心の中でコマンドを入力する――――『分解』と。
瞬間、両腕が肩から零れ落ち、ガシャァアアン!!と大きな音を立てた。
「え、えええええぇぇえええええ!!!?」
「じゃ、よろしくー」
視界がぶれる。頭が落ちたせいだった。
日暮れ頃、役目を終えたキャロリは自宅で夫の帰りを待っていた。
今日の夕飯は村で採れた野菜と牛乳を使ったシチュー。キャロリの得意料理で、夫の大好物だった。
「はやく帰って来ないかなー」
料理はもう出来上がって、あとは帰りを待つだけだった。このもどかしくも幸せな時間が、キャロリは好きだった。
そんな中、コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
こんな時間に誰だろう。キャロリは訝しんだ。
「はーい?」
少し用心しながら、ドアに近づく。
「キャロリ。あの、アトです」
それは聞き馴染みのある少女の声で、キャロリは少し安心した。同時に、珍しい、とも思った。
アトは村に住む、自分の次の世話役になった少女だ。
彼女に家族はいない。父親は彼女が産まれてすぐに事故で死に、母親は邪神様の生贄に捧げられたからだ。
邪神様はお怒りになってその後生贄は取りやめになったが、母親のナノは結局餓死した姿で見つかった。
村人は反省したが、それは同時に遺されたアトへの後ろめたさを産むことにもなった。アトもそれを感じ取ったのか、ある程度成長するとかつて住んでいた家に一人で住み、極力村人と関わらないように生活していた。
キャロリは比較的歳が近かったので、姉代わりに面倒を見てやったことがある。だが、アトが真に心を開くことは、結局は無かった。
だから、キャロリは邪神様の世話役を引退するときに、アトを推薦した。ああ見えてアトは好奇心が旺盛だし、邪神様も喋りたがり屋なので相性はいいと感じていたのだ。
もしかしたら邪神様なら、アトの心を開いてくれるかもしれない。一年近く世話役をしてきて、そんな予感を抱いたからだ。
さて、そんなアトがこんな時間に何の用だろうか。
恐らくはさっき邪神様への挨拶を済ませて帰ってきたのだろう。少し遅いとは思ったが、話が弾んでいたとしたら思惑通りで、好ましいことだと思った。
世話役のことで相談があるのだろうか。キャロリはそう予想した。
「はーい。アト、どうしたの?」
ドアを開ける。キィ、と蝶番が音を立てた。
「あの、キャロリ、これ……」
視線を下げると、アトは非常に困惑したような表情を浮かべていた。普段表情をほとんど動かさない子だから、珍しいと思った。
そして、アトは視線を下げる。自分が抱えているものへと。キャロリもそれにつられるように視線をさらに下げ、アトの抱えているものを見た。
それは、黒い歪な球体だった。
例えるなら――――人の頭のような。
「――――キャァアアアアアアアア!!!?」
キャロリの絶叫が、小さな村に木霊した。
後にキャロリの夫は『叫んでる声も可愛いかった』と惚気たが、それはまた別の話。