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魔法と契約

 魔法。

 話には何度か聞いたことがあったが、俺がそれを実際に目にしたのは、今回で二度目だった。

 そしてその一回目は――――ナノが見せてくれたものだった。


「君も、魔法が使えたのか」

「やっぱり、知っていらしたのですね。母が魔法を使えると」

「ああ。それが原因で生贄に選ばれたことも、知っている」


 俺がナノや世話役達から聞いた魔法の情報の中で特筆すべきことは、

『この世界において、魔法は発見されてからまだ15年ほどしか経過していない』

 ということである。

 ある日を境に、一部の人間が物理に反する事象を起こし始めた。それは突然に、そして世界中で起こった。

 各地で混乱が起こり、戦争まで勃発し、しかし徐々に収まり、世界は少しずつ新たな秩序を取り戻そうとしている。それがこの世界の現状だ。

 だが、その混乱の中で失われた人命も多い。

 そのひとつが、『魔女狩り』だ。


「当時、魔法の存在はまだ正式に認められてはいませんでした。母が使うそれを、誰もが異質なものと捉え……恐怖した」

「だから俺が目覚めて生贄が必要になった時、ナノが選ばれた。いや、むしろ……ナノを排除するために、生贄という方法を選んだ」


 そして、ナノはそれを受け入れた。



 ――――みんな、私が怖いんですよ。でもそれは、仕方がないことですから。



 ナノは苦笑いでそう話した。

 この遺跡の中でナノは、自分に降り注ぐ理不尽な運命を一度も呪うことなく逝った。


「私はそれを、もう恨んではいません。ただ……」


 アトは両の手のひらの上に、雷の球体を生み出した。淡く輝くそれはゆっくりと浮かび、遺跡を仄かに照らした。


「幼い私に、母は言いました。『いつか心から信頼できる友に出会えたら、魔法のことを話せ』と。私はこの村で、ついにその友と出会うことはありませんでした」

「それは……」

「分かっているのです。村のみんなが、私に後ろめたさを抱いていると」


 子供は大人が思う以上に賢い生き物だ。そして、アトは……それを上回るほど、聡明な子だ。


「私は知りたいのです。私の中にあるこの力が何なのか。何故私と母はその力に選ばれたのか。それが分かれば……もう誰も、私たちのような存在を怖がったりしなくなるから」


 アトの表情は変わらない。

 だけど、瞳が、声が、彼女の言葉の奥深くにある悲しみと、怯えを伝えていた。俺の機械の感覚器が、それをはっきりと感じ取っていた。

 だから、俺はそれに応えたいと思った。


「すまない、俺も魔法のことは分からない。ここにずっといるだけだからな」

「そう、ですか」


 声色が落胆に変わる。


「だから、一緒に調べに行こう」

「え?」


 アトの表情が、はじめて変わった。驚愕へと。


「俺もずっと思っていた。俺がここにいる理由。俺は何者で、どうしてここにいて、何をすべきなのか」

「邪神様……」

「だから、契約をしよう。そして、一緒に旅に出よう」

「でも、食べ物が無くて動けないんじゃ、」

「いや、見つけたんだ。たった今、見つかったんだ」


アトの翠の目が見開かれた。溢れそうなほどに、大きく。


「もしかして」

「ああ。君の魔法で、きっと俺は動けるようになる」


 簡単なことだ。

 ロボットは電気で動く。

 そして、目の前の少女は、魔法で電気を生み出せる。

 だったら、やることはひとつだ。



「俺の電池になってくれ。そうしたら俺は、この世界のどこへでも君を連れて行こう」





 ……とは言ったものの、本当にそれで俺が動くのかというと、正直博打である。

 だって、よく考えてみてほしい。


Q.電化製品の外側から高圧電流を流し込んだらどうなりますか?

A.壊れるに決まってんだろ馬鹿じゃねえのか。


 ということである。

 なので、少しずつ試してみるしかないのだ。


「まあ世話役の期間は一年あるから、ゆっくり考えてみて――――」

「いいえ、やります」

「ね?」


 アトは目をきっと鋭くすると その両手に光を貯め始めた。

 それはみるみる内に大きくなり、やがてアトの身長すらも越して……


「って、タンマタンマ!!こういうのは小さい電圧から少しずつ上げていって……!!」


 そう言ってみるが、少し興奮気味なアトの耳には入っていないようだった。というか電池って言葉知らないよね?何するか分かってるの?


「一度落ち着いて――――って、あ」



『定義――――其は闇を裂く雷の槍!!!』



 巨大な矢尻が、アトの手から生まれ……真っ直ぐに、俺の胸を貫いた。


「ぎゃぁああああああああああ!!?」


 痺れる。全身がめっちゃ痺れる。

 ロボットに感覚あったんだな、って思ってる場合じゃなく、身体の内側が痺れて、熱い。

 あかん。死ぬかもしれん。


「あっ」


 そして視界が、プツッと途切れた。




 ――――バッテリー容量84パーセント。全駆動機関の正常動作を確認。スリープモードを解除。通常モードに移行します。




「――――さま!!邪神様!!大丈夫ですか!!?」


悲痛な叫び声で、目が覚めた。メインカメラを起動させると、遺跡の天井をバックに、悲痛な表情のアトが映った。どうやら横になっているようだ。あの電撃の衝撃で倒れたらしい。


「あ、ああ。大丈夫だ」

「よかった……!」


 アトは安堵したようだった。というか、こんなに表情豊かになるんじゃないか。少し安心した。


「でもなあ、ああいうことはもっと注意してからやってくれ。危険なものなんだから!」


 俺は身体を起こし、アトを注意した。いや、マジで死ぬかと思ったんだから。


「は、はい。すみません……って、あ」


 アトが慌てて謝ったと思ったら、その表情をすぐにポカンと呆けたものに変えた。

 どうしたんだろう、と思いながら右手で頭を掻いた。

 右手にゴリゴリとした感覚を感じて、やっちまったと思った。人間の身体のときのクセだけど、機械の身体でやっても意味ないじゃないか。


「邪神様、あの……」

「ん?」


 首をアトの方に向ける。視界広いんだしこれも意味なかったな、と思った。

 ……ん?何か違和感があるな。


「身体、動いて……」

「あ」


 右手を顔面に向ける。細く、大きく、鋭い機械の右手が、自分の意思通りにガシャガシャと動いた。グー、パー、チョキ。左手のグーと合わせてカタツムリ。


「せ、成功したのか……あれで」


 マジかよ。すげえなこのロボット。こんな雑な給電方法で動いてしまうとは。

 とはいえ結果オーライ、作戦は成功だ。俺はアトの魔法で、自由に動く身体を手に入れた。

 ならば、契約を果たす義務が生まれる。


「邪神様、では……」

「ああ。一緒に、旅に出よう」


 でも、その前に。


「その邪神様っていうの、やめないか?」


 流石に外に出て邪神呼ばわりは色々と問題があるだろう。


「では、何と呼べば」

「えーと……」


 自分の名前を言おうとして、待てよ、と思った。

 俺、今ロボットなんだぞ。しかも、個人的にはめっちゃ格好いい見た目だと思ってる。

 なのに、純日本人風な名前で呼ばれるの……嫌じゃない?

 世界も違う。身体も違う。

 だったら、名前だって新しくしてしまおう。


「名前は今から決めよう。何かいい案あるか?」

「ええと……バッテン様とか」

「オーケー、名前は俺が考える」


 この子ネーミングセンスねえな?

 第一、バッテンじゃなくてX字だというのに……。

 ん?

 X字。エックス。それをちょっともじって……。

 いいかもしれない。


「じゃあ、俺の名前は――――エクサにしよう」


「エクサ、様?」

「様はいらない。もう俺たちは、対等な契約関係にあるからな」

「エク、サ……エクサ」

「そう、それでいい」


 俺は立ち上がると、全身の動きを確認した。

 形もサイズも人間とは違うものなのに、自分の身体と同じように馴染む。

 この身体なら、何だって出来そうだと思った。

 俺のために。そして、アトのために。


 俺は自由に動く身体を折りたたみ、アトの前に跪いた。

 そして、その異形の右腕を、優しくアトに差し出した。



「契約だ、アト。君が俺を動かしてくれる限り、君を世界のどこへでも連れて行こう」

「はい、エクサ。私を連れて行ってください――――私の問いに、答えてくれる場所へ」



 アトの手が添えられる。

 契約は、成立した。

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